3:突破する課題

 大ぶりな拳、それを左頬に受けて地面に崩れ落ちる。

 平行線の世界に移り変わったとしてもいじめられているという事実は変わらない。

 前の前の世界で殺された主犯は同級生でクラスメイト、相手にとっては好条件、こっちにとっては不利ときている。

 移り変わりで林間学校の際に俺を殺しに来る。だが、俺がこいつを追い出さなければ危害を加えられるのは彼女達に移り変わる。アリスなんて良い例だ。

 俺が通訳として活動する間、主犯はアリスを狙う。可憐な北欧の美少女、小学五年生にもなれば性への知識もある程度は増える。現に主犯を追い出さず、アリスを助け出した先に望まぬ妊娠という結末も大先生の世界では確認できた。

 世界は腐ってる。

 だが、こうも取れる。

 ――林間学校以外でこいつが動けるタイミングはない。

 そう、こいつが転校していったタイミングから林間学校までの間隔は比較的長い。

 あの日、俺がこのタイミングで襲撃されることは過去になかったと隙きを見せたのがいけなかったのだ。同い年で俺より身長の低い男子生徒なんて気を張り詰めていたら対処はどうとでもなる。


「なんだその目は!?」

「……くだらない奴だよ、おまえは!」


 素早く立ち上がり、体を大きく見せて威嚇する。

 ――俺は、噛ませ犬オマエに二度も屈しない……!



 図書館の新聞を見て思わずガッツポーズをしてしまった。

 平行線の世界一回目では達成することができなかった宝くじの当選、今回の世界では寸分違わずピッタリと数字を的中させた。金額は今までと同じ三十億、これで父さんもこのみも救うことができる。


「早く帰ろう」


 足早に帰宅し、酒瓶を抱きしめながら泣いている父を何度も揺すぶって起こす。焦点の定まらない酒飲みの目で俺のことを見つめるが、その二つの眼からは滝のように涙が溢れている。


「ごめんな……父さんが駄目人間だから……」

「父さんは駄目人間じゃないよ……今日、奇跡が起こったんだ……」


 図書館から拝借してきた新聞紙と三枚の宝くじを父に見せる。酔の頭痛で数字を確認するのに時間をかけるがそれが一等の当選番号だとわかると同時に青ざめて、本物の宝くじかどうかを隅々まで確認しはじめた。

 そして、それが本物の奇跡だとわかると酒臭いながらも優しく俺のことを抱きしめてくれる。


「ごめんな……あきひろ……」

「父さん……ずっと辛い思いしてたんだから……」

「うぅ……とうさんたすけてもらっでばかりで……」

「いいんだよ、父さん。これは神様が与えてくれたチャンスなんだ」


 この世界に神様なんていない。もし、神様に該当する存在がいるとすれば、俺という存在を作り出してこの体を譲った大先生。宝くじを当選させるという発想も、行動も、すべては大先生の歩みを真似た行為。


「父さん、お酒やめられそう?」

「うん……やめる……」


 変わらない涙脆い父は力なく俺を抱きしめる。大先生も最初は父親を救うことが目的だったんだろうな、そこから派生してヒロイン達を救う。その際にどれだけの絶望と諦めを感じたのだろうか、俺にとっての相沢明広は大先生以外は存在しない。一人目の自分がいるという事実はあるが、それでも、自分が思う自分という存在の頂点は大先生だ。

 父さんは本当に弱い人だ。だからこそ、救う必要がある。

 その後は移り変わる前の世界と同じようにどこからか宝くじを当選したという情報が流布して親族から金の無心の電話が引っ切り無しに鳴り叫ぶ。

 学校に登校することはできるのだが、一応は誘拐を心配して父さんは引っ越しの準備の為に俺を学校に行かなくていいようにした。いつものことだ。

 そして俺が提言したセキュリティが万全なマンションに引っ越してようやく金の無心、工面の攻撃が鳴り止んだ。人間、警察を呼ばれないという心理状態なら何でも出来るが、呼ばれるならリスクに似合わないと折れるのだろう。携帯電話もこのタイミングで番号変更、この時代では珍しく俺も携帯電話を与えられた。


「明広、もっと休んでてもいいんだぞ」

「駄目だよ、勉強に追いつけなくなるからさ」


 寂しそうな顔をしている父を尻目にくたびれたランドセルを背負って通学路に向けて歩みを進める。平行線の世界、前のトライでは宝くじの番号を当てることができなかったが、今回は父さんを救うことができた。

 大先生のルートと同じように小学生に到底対応できるものではない事件が数多く起こる。平行線の世界、似て非なる世界。結末はどうなろうと、俺はまだ主人公の顔すら見ていない。

 ――挑むしかない。

 この世界の不条理に。



「成金のとうじょーう! 財布見せろや」


 比較的遅く登校したのだが、クラスの大半が揃っていて主犯の大きな声がよく響く。

 俺は心底残念そうな表情をしているだろうか? どの世界でもこの主犯という少年は俺のことを下にしか見ていない。捕食対象の草食動物程度にしか見えていない。だが、俺は何度も繰り返す時間の中で弱肉強食の世界に矛盾した存在になっている。俺を止められるのは世界だけだ……。


「あぁ!? 成金で何が悪いんだよ……喧嘩なら買うぞ……!」


 ドスの効いた声で逆に恫喝してみる。すると弱い犬ほどよく吠えると言わんばかりに笑って腹部に向けて拳を叩き込んできた。

 この少年はある意味では無敵なのかもしれないな、俺という存在を捕食し続けた結果、どんなに環境が変化しようとも自分が捕食者であるという圧倒的な自信をもっている。


「誰に舐めた口聞いてる? またぼこぼ――ゴッ!?」

「おまえだよ、羽渕……」


 仕返しの拳を叩きつけて自分の席に戻る。この世界の俺はいじめられっ子という特性上、大それた筋力は存在しない。それでも体の動かし方一つでこの拳は凶器に変わる。体を十分に捻った一撃、それは小学生の未熟な精神をへし折るには十二分だ。

 俺からの宣戦布告、それに教室内がざわついた。

 その後は主犯の強がりで教師連中に報告されることもなくHRが終わり、授業に備える。後ろの席から見える主犯の貧乏ゆすりは上級生に頼んで俺のことを痛めつける算段をつけているようにも見える。

 いつものこと、だからこそ今回は強気に立ち向かうことを選択してみる。

 ――俺は弱者じゃない。

 ――そして、一人でもない。



 すべての学校活動が終わりくたびれたランドセルに教科書類を詰め込んで教室の壁に掛けられてあるカレンダーを確認する。二日後、前の人生では今まで通りに強姦魔が結衣とさくらを襲う。

 だが、強姦魔の毛色が違った。いつもならドスを使用し、危機にさらされたら拳銃を抜き取るというのがテンプレートだった。それが平行線の世界ではドスじゃなく拳銃だけを使用して行為に至ろうとする。

 奴が使うトカレフ拳銃は非常に貫通力が高い。教科書が入ったランドセルを貫通はできないが、小口径高速弾という特性上、反動が少なく連射も容易だ。ヤケクソでヒロインに弾丸を撃ち込まれたら……。


「おい、つらかせよ……」


 カレンダーを睨みつけていたら主犯がドス黒い笑みを見せて上級生数人を引き連れて俺をいつもの場所に連れて行こうとしている。 

 本当に困った奴だ。まだ平行線の世界に移行したと気がついてない頃は面倒くさい奴だと思ったが、平行線の世界だと理解してみると面倒くさいを通り越して殺意すら抱いてしまう。

 まて? 教室で暴れれば自宅待機なんかの処置になるかもしれない。

 今まではいじめっ子を対処してから結衣とさくらを襲う強姦魔と対峙する。だが、自宅待機なら? フリータイム……!

 馬鹿とハサミは使いよう、見落としていた部分だ。


「用事があるならここで済ませろ、上級生ゾロゾロと連れてさ? 一人で何も出来なくて恥ずかしくないの」

「ッ!? もう場所なんて関係ねぇ!! おまえだけはぶっ殺す!!」


 体重の乗った重い一撃、それを顔面で受けて思い切り机に向かって吹き飛ぶ。

 この学校の教師は一人残らず事なかれ主義、教室がグチャグチャになろうが俺が悪いと決めつける。そらそうだ。主犯の兄は半グレ集団に所属していて、家庭があるなら反社の人間と関わりたくない。教師だとしても一人の人間だ。

 ――逆に好都合!

 上級生達が大丈夫か? なんて表情は見せず、追撃を入れようと踏み込んでくる。

 その足を掴んで思い切り転ばせる。


「遊んでやるよ……鬱憤は溜まってるんだ……」


 今の家はオートロックのハイ・セキュリティのマンション、いくら反社でもそこを襲撃しようなんて思わない。もし、万が一が起こっても自分一人でどうにでもなる。さあ、この訛った体を駆使して鬱憤を晴らさせてもらおう。

 顔や腹部に飛び込んでくる拳をすべて弾き、陸自仕込みの日本拳法を駆使して柔道と空手のミックスのような動きで行動不能にしていく。


「まだやるかい?」

「舐めやがって!!」


 大振りな拳を受け止めロック、そのままロックを解除して机に向かって思い切り押しつぶした。

 女子生徒の叫び声が響き、教師連中がゾロゾロとやってきた。

 これで停学は確定。

 その後は警察、両親を絡めた事情聴取、俺は上級生を引き連れた主犯が俺のことを殴って、上級生達が追撃を加えようとしたのでやり返した。そう事実だけを語ったのだが、反社が怖い生徒連中は俺をどうにか悪いように持っていこうとしている。


「わ、わたし……ずっと見てました……」


 あの時、悲鳴を上げたのはさくらだった。教室に忘れ物を取りに来ていたのだが、上級生を引き連れて主犯が俺を殴り、教室の机にダイブ。その後は袋叩きしようと詰め寄った全員を時代劇のように大立ち回りで撃退し、最後に主犯の顔を机に押し込んだと。

 言ってしまえばリンチ私刑に抵抗しただけ、警察もそのことを聞いて過失は無いと言ってくれた。だが、学校側は反社が怖く俺のことを一週間の停学処分。主犯は音沙汰なし、これが教育に携わる者の行動とは思えない。


「ごめんね……相沢くん。わたし、助けること……!」

「いいんだよ、見てくれるだけで助けになったから」


 無力な自分を悔いているさくらに微笑みを見せて自分は大丈夫だと主張する。

 一週間の停学、これで備えられる。

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