仕事と家庭

 なぜだ、なぜなんだ……俺はなんでこの場所に座っている……。

 俺は絶対にアリスの叔父さんの誘いは受けないと魂に刻んだ筈だ。それなのに俺の隣になぜ――アリスの叔父さんが座っている!?


「やあ、少年……サウナは素晴らしいだろ……」


 最近我が家の妹様がご乱心されておられるので家に滞在することが一種の恐怖に昇華しはじめた一週間、土日なんて『気持ちいい』ことされる可能性が高確率、お母さんは小学生とか笑えない冗談だ。

 ――いや、隣の大男がそれをしてくる可能性はないだろうか?

 やめてくれ! 童貞を男で捨てるなんて絶対にいやだ!! それだったらまた一ヶ月を繰り返した方がマシだ!!



 最近我が家の妹様がご乱心されておられるので家に滞在することが一種の恐怖に昇華しはじめた一週間、土日なんて『気持ちいい』ことされる可能性が高確率、お母さんは小学生とか笑えない冗談だ。


「あれ? もう一回言いそうな気がする」


 なぜだか近い未来にもう一回くらいお母さんは小学生発言しそうな気がする。まあ、うちの妹がそれだけヤンヤンデレデレしているのは事実、特別おかしいことではない。

 だが、なぜだろう? 今回の人生はイレギュラーが多い。自分の行動一つで未来は変わるがここまでの変化は珍しい。アリスの叔父さんなんて写真でしか見たことのない存在が――眼の前にいるわけだし……。


「やあ、少年。サウナに行かないかい?」

「すいません、お使いなんです」

「何のお使いなんだい? 帰りに買ってあげるよ」

「それ、俺以外に言ったら通報ですからね……」


 アリスの叔父さんとしか言っていなかったが、この人はジャック・オーグレーンさん、アリスの叔父さんで絶賛男子小学生に声をかけている変態だ。

 それにしても、S30Zに乗ってるのか……いい趣味してるが、首都高を300kmで爆走する漫画の影響で綺麗な一台なら500万くらいする。どこで仕入れてきたかわからないが、少しだけ乗ってみたいという男の子心が出る。

 旧車好きなんだよね……。


「ふふっ、私が警察程度に屈するとでも? ロス警官100人に囲まれても逃げ切った男だぞ……日本の警察官に負けるものか……!」

「どうして国家権力に勝負挑んでるんですか……潔く捕まってください……」

「なに、仕事の都合で殺すことと逃げることは慣れてる。今は仕事から逃げるのが仕事だがね」

「何者ですか貴方……」


 財団の人間だということはわかるのだが、どうにもこの人がわからない。弟のアリスのお父さんの方がまだ人間味があるような気がする。まあ、あの人も結構人間やめてるが……。


「さあ、早くこの車に乗るんだ。私が快感の世界サウナに連れて行ってあげるよ」

「遠慮……本物ですかそれ……?」


 向けられる一ヶ月と数週間前に財団のバンをバーストさせるために使ったSIG製の1911、GSRを構えられる。.45ACPを使用する拳銃らしく銃口は6mmBB弾のほぼ倍。アメリカ人が好きな理由はここだろうな。


「弟のコレクションさ、.357MAGがなかなか手に入らなくて借りパクしてる」

「弟から借りパクとか……いや、借りパクとかいう日本語だれから教わったんですか?」

「ふふっ、乗ってくれたら教えてあげるよ」

「はぁ、アリスの叔父さんが指名手配されるのはアレなんで乗りますよ……」


 助手席に回って年季の入ったレザーシートに腰掛けてシートベルトを装着する。この人の趣味は嫌いじゃないが、底が知れない部分には不信感。


「さて、行きつけの健康ランドに行こう。パンツはアリスの物を履いてくれ」

「なに男の子に女の子のパンツ履かせようとしてるんですか……履きませんよ……」

「昨日拝借した勝負パンツだぞ? 履きたくないのか」

「いや、俺はダイレクトな方が好きなんで」

「ふむ、日本人は下着だけでも興奮できると財団のコンピューターが示していたが、誤りだったようだ。いやはや、日本人はわからないねぇ」

「職場の機械で遊んだんですか……」


 スッと鋭い視線を向けられ、右足にGSRが押し付けられる。


「――財団を職場だとなぜ知っている? 誰がゲーしたんだい……」

「やめた職場のことを気にかけてどうするんですか。本当にわからない人ですね……」

「ふふっ、それはそっくりそのまま返すよ」


 GSRの引き金を何度も引いているがハンマーをコックしていないから発砲されることはない。1911ガバメント系列の銃は一部の例外を除いてシングルアクションオンリー、ハンマーを倒した状態じゃなければ使用できない。付け加えてセーフティが大きく少しの衝撃で外れやすいという欠点もあり、まあ、ハンマーを倒してセーフティを入れて携帯する人間は非常に少ない。それだったらハンマーレスかリボルバーを持つ人間の方が多いだろう。


「オートは嫌いだ。脅しにも使えない」

「本当に掴めない人だなぁ……」


 スライドを引いて撃ってくるか試してみる。

 すると降参だと銃口を上に向け、マガジンを抜いてもう一度スライドを引いて排莢。


「アリスが気にいるのもわかる。実際に私も気に入っているのだから」

「やめてくださいよ、その目……」

「今の時代、男と男でも許されるぞ……!」

「年齢的に逮捕ですよ」

「なーに、私は君を守りながら愛し合うことができる!」

「いや、俺が貴方のこと好きな前提で語らないでくださいよ」

「嫌いなのかい? 悲しいなー」


 脅しとブラックジョークを織りながら健康ランドに到着、タオルなどは事前に用意していたのだろうそれなりの枚数が用意されてる。


「本当にアリスのパンツいらないのかい? ちょっと黄色いところあるよ」

「いりませんよ……どうせ弱みとして暇な時にサウナ付き合えとか言うんでしょ……」

「バレてしまったか! 本当は弟の嫁さんのパンツだ」

「くだ――いえ、いりません」


 ――欲しかったのは内緒だ!



 思い出した。よくよく考えると銃で脅されて無理矢理に連れてこられた。

 別にハンマーを見て撃たれないという確信はあったが、探りを入れることを考えて同行したんだった……。

 サウナ室に入って二十分、確かサウナって8~10分入って水風呂に入ったり色々するんじゃなかったか? なんで想定以上に入ってるんだ……。

 体中から汗が噴き出し、冷たい空気と水を欲する。

 ――隣の大男はヌルいと言いたげな表情でテレビを眺めているのだから不思議だ。


「日本のサウナは凄いな、テレビが置いてある。熱で壊れないのだろうか」

「日本産のテレビは頑丈ですから……」

「そうか、流石は日本製。ところで、少年?」

「なんですか」

「とくさんかい?」


 俺は立ち上がりその場を去ろうと体の力を振り絞るがどうにも熱で力が出ない。

 アリスの叔父さんはニンマリと不敵な笑みを浮かべて腕を引っ張る。

 ――やめて! 本当に童貞は女性で捨てたいの!! どの世界でも男に手を出したことないから!? マジで許してください!!


「ふふっ、君は本当になんでも知っているようだ。こんなネットの海に少しだけしか漂っていない情報まで仕入れているとは! やはり君は面白い」

「サウナに二十分も入って飄々としてる貴方も大概ですよ……」

「砂漠を一週間彷徨った経験さ、君もどうだい?」

「常人なら死にますよ……それ……」


 どうにか開放してもらい、水風呂で冷却、その後に外のベンチで外気浴。地獄かと思った……。

 でも、心臓発作になるまで入り続ける人間もいるのだからサウナは凄い……。


「少年、アリスのことをどう思ってる……?」

「天真爛漫な女の子、そのくらいですね」

「そうか、まあ……叔父としては悲しいが、父親としては嬉しいか……」

「――どういうことです?」


 叔父さんが父親? いや、アリスのお父さんも叔父さんも青い瞳をしている。血筋として継承しているだけで、この人の冗談の可能性も……いや、この顔は嘘の顔じゃない。

 ジャック・オーグレーンは静かに口を開いた。


「私には民間人のフィアンセがいた。そりゃもう、弟の嫁さんの三倍くらいは美人のな……」

「人の奥さん蹴落としてしっぺ返しが怖くないのかこの人は……?」

「まあ、聞いてくれ。私だって人の子、感傷というのがある。馴れ初めは長くなるから割愛する。そうだな、アリスが生まれた日のことを語ろうか……あの子が生まれたのはそう、今日みたいな晴天。病院で娘を抱き上げた時――自分は父親になっていい存在なのか? そう自問自答したものさ、でも、彼女が私を見た時……まあ、悲しいが自分が父親だと実感してしまった。この子の父親は自分しかいない。自分だけがアリスの父親だと実感した。それが今では姪だ」


 叔父さんは流れる雲を眺めてからまた語りだした。


「私の職業柄、まあ、彼女と結婚はしていなかった。家族がいると発覚してしまっては色々と仕事に支障が出る。だからずっと伏せていた。でも、彼女が財団の存在を知ってしまった。そして……私に家族がいることを知られた……」

「……殺したんですか?」

「いや、殺してない。殺したのは他人だ。つい先日までアジア人マフィアが殺したと洗脳されていたがね……」

「どうして殺される必要が……」

「簡単さ、私のフィアンセが半分日本人だから。財団の人間にアジア人の血は必要ない。だから……殺された……」


 財団。やはり白人至上主義者の組織なのか……それでも、ハーフだと言えど白人の血が入った人間を殺す。これだけ恐ろしい男の内縁とはいえ妻を……。


「私は彼らが作った薬を投与され、アリスを姪だというサイコセラピーを受けた。記憶から妻と娘の記憶を消し、財団の使い勝手のいい兵士として仕事をこなしていた。もちろん、成長したアリスと会っても自分の娘だと思わなかった。弟も仕事の都合で私の本当の記憶を思い出させるのは危険だと判断した」

「じゃあ、どうして思い出したんですか……」

「君との短い戦い、君が私の愛銃を噛み締めた時だ。最愛の人が消えていた筈の記憶から……そして、聞こえたんだ『娘の愛する人を殺して、娘すら殺すのか』いやはや、彼女が天国、地獄、どちらにいるかわからないが……」


 ――最初に感じたのは懐かしさと虚しさ。


「まあ、私はこれからもずっと姪の叔父さんだ。それ以上でもそれ以下でもない。悲しいが、仕事に家庭をすべて奪われた存在ということさ……」

「――歯を食いしばれ! そんな大人修正してやる!!」


 隣の席に座っている馬鹿父親を思い切り殴り飛ばす。

 酷いじゃないかと頬を撫でるが、悲しそうに雫を頬から落としている……。

 本当に、この世界は相沢明広と主人公以外には冷たいもんだ! 嫌気がさす!!


「……彼女が結婚するまでに自分が父親だと明かせ、そうしないと俺がアンタを殺す」

「……言ってくれるね」

「……仕事で家庭をほっぽりだした罪だ。殺されないように釈明の言葉を考えておけ? そして――娘の結婚式まで死ぬな、命令だ……!」

「ふふっ、君は……本当に私好みだ……」


 好かれたくもないけどな! アリスの本当のお父さん……。

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