17:存在した悪夢

 俺は同じ人生を繰り返している。

 繰り返す世界の中で何度も地獄を見ている。

 人間、死ぬことは覚悟でどうにかできる。他人に死なれるのは……案外、覚悟できないものだ。


『お兄ちゃん……抜け殻のわたしを愛してくれてありがとう……』


 二回目の人生、それは俺にとっての地獄だ。

 上手くいってたと思う。

 二回目にしては十分過ぎる進行状況だった。

 あの日までは……。

 その日は、そうだな、今日みたいに大雨が降り注ぐ……。


『駄目だ! やめろ!!』

『次に生まれ変わったら……お兄ちゃんのお嫁さんにしてね……』


 汚された自分の存在を憂いて身投げした。

 別に、汚れていても兄妹として見捨てることはしない。それなのに、このみは自らを舞台から強制的に下ろした。それは、俺にふさわしい少女達がいたからか、それとも――売女に落ちた自分に愛される資格が無いことに気づいてか……!

 一度しか経験していないが、あれは彼女が中学生になった日だ。

 新品のセーラー服を着て恥ずかしそうに写真に映る姿は普通の中学生、なにも問題はなかった。家族でレストランに行った。そう、レストランだ。結構高級な店で、そこには金持ちそうな人間が沢山いて、少しばかり場違いな雰囲気もあった。

 見たんだ。なんとなく見覚えがある姿、会ったこともないのに嫌悪感を感じさせる小太りな男。そいつを見た瞬間、このみは吐いた。

 その時、俺も体の芯から冷える何かを感じたんだ。

 ――ああ、あの男がこのみを買った屑かと……。

 お祝いできる空気じゃなかった。すぐに店をでて家に帰った。


『綺麗に育ってる……食べごろだ……』


 地獄耳というのは本当に嫌だ。

 ――俺は、彼女を救えたと思っていた。

 母親は父さんから金を奪い、このみの純潔も奪い、さぞ快適な生活をしていただろう。本当に、嫌になる……。

 このみは不登校になった。過去の記憶がフラッシュバックし、自傷行為も目立った。

 それでも、兄として……妹に寄り添い続けた……。

 少しずつ回復していき、ようやく外に出られるようになった。


『お散歩いってくるね……』


 彼女は一人で散歩にでかけた。俺もついていこうか、そう聞いたが、一人でお散歩できるようになりたいと返事が帰って、それを受け入れた。

 ついて行けばよかった。

 その日からこのみは散歩をよくするようになった。いや、散歩をしなければならない理由ができたと表現した方がいいか? ――あの男だ……!

 あの男は……! あの日、このみを攫い喰らった!!

 関係をバラせば兄に行為の映像を送りつけると脅されて、彼女は受け入れることしかできない存在にされた!!


『うそだよ……いやだよ……』


 このみは妊娠三ヶ月だった。

 父親はあの男、無責任でどうしようもない極悪人。

 望まぬ妊娠、俺という存在、そして――絶望。


『このみ!!!』


 俺は、あの日の光景を目に焼き付けては思い出す。

 亡骸を見ることができなかった。

 写真も見ることができなかった。

 存在を思い出すことができなかった。

 葬式が終わり、家に帰ると封筒がポストに差し込まれていた。

 それは男とこのみの関係、そして、


『僕の子供を産んでほしかったんだけどね』


 笑えるな、本当に。

 俺はその男を大通りで殺した。

 多くの叫び声に包まれ、サイレンの音が響いた。

 その後は覚えていない。



 そうだな、今度はアリスのことを思い出してしまった。

 彼女の死も酷いものだ。

 あの時はアリスのお父さんに物資の設置をお願いしていなかった。普通に考えればわかることだ。人間は食料と水がなければ衰弱し、死んでしまう。

 山の中で迫る財団の私兵、武器の鹵獲は成功し、食料や水も現地調達こそできていた。


『アキヒロ! 水が冷たくて気持ちいいよー!!』

『大声を出すな、どこに奴らがいるかわからない……』


 水浴びをするアリスを眺めながら、鹵獲したMP7の残弾数を確認していた時だ。

 相手も同じサイレンサーを装備した同じ武器、アリスのか細い体が鮮血に染まる。俺は即座にフルオートで制圧射撃を行い、撃たれたアリスを回収し、比較的安全な場所で止血を行う、でも……溢れ出る血……。


『アキヒロ……体がふわふわするよ……』

「くそ! 輸血!? 俺はO型だ……輸血をすれば……」

『アキヒロ……大丈夫だよ……』

「何を言ってるんだ!? このままだと!!」

『人は……死んでも……』


 ――天国に行くだけ。

 そんなの……わからないじゃないか……。

 失敗した。

 殺されたというのに安らかなその顔を思い出す。

 俺には永遠に理解できない。



 結衣にも悲惨な結末がある。

 リトルリーグを卒業し、中学で野球部に所属した。

 中学までは男女混合で野球ができる。

 男勝りな性格から中学までは絶対に野球をやめない。そう誓って彼女は投げ続けた。

 それがいけなかったのかもしれない。

 むさ苦しい野球部に美少女が一人、気さくな性格で彼女と付き合いたいと思う奴らは多かった。でも、彼女は……断り続けた……。

 それが上級生の安いプライドを傷つけたのか……彼女は右肩をバッドで殴られ二度と球を投げることができなくなる。それだけならよかった。


『やめなさい! やめて!!』


 複数の野球部員は彼女を性処理玩具のように使った。

 さくらが結衣の帰りが遅いと連絡をいれてくれた後には、もう、遅かった。

 彼女は転校していった。

 数週間後には、葬式の案内が……。

 大好きな野球をできない体にされ、そして、奪われて……。

 野球部の奴らはどこかに消えた。もし、このみを喰らったようにノウノウと俺の前に出てきていれば……。

 ――指を全部切り落としてやっていたさ。


『明広があたしに勝負を挑むなんて珍しいわね?』

『ああ、おまえみたいな美少女が男子に混ざって野球なんてしたら末恐ろしいからな? 女子野球にしてくれ』

『は、はあ!? び、美少女……おだてても容赦しないから!』

『俺が勝ったら……女子野球部に入れよ? 打つのと投げるの、どっちがいい』

『あたしが投げるわ! ホームランを打てたら考えてあげる』


 俺は打ったよ、一球目でね……。

 先手を打ったさ。



 もちろん、さくらにもこれから先、悲しい結末が用意されている。

 それは彼女が本屋から帰宅する際に電車に乗り込んだ時、刃物を持った男に刺される。

 無差別殺人、仕事も家庭もすべて失った男が起こした事件。

 こういうのを無敵の人とか言うらしい。


『あきひろくん……きてくれたんだね……』


 さくらはうわ言で家族にそう呟いていたらしい。


『あきひろくん……はじめて話した時からずっと……』


 ――好きでした。

 俺が彼女の病室についた時には白い布が被せられていた。



「はっ!? はぁはぁ!! ……最悪の夢だ」


 呼吸を整える。

 あれは目を逸らすことのできない現実。

 まだまだ彼女達に死神の鎌が伸びる。

 俺は、死神を殺し続ける……彼女達が幸せになるその日まで……。

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