第18話 Fランクダンジョンの第一階層(2)


「――《遅延》―――」


 ヒトトリグサの動きが鈍くなって、ほとんど動かない状態になる。

 人間の身体ぐらいの大きさだが、関係ない。

 Fランクレベルのモンスターならば、いくらでも《遅延》できる。

 葉と葉が口みたいに開いていて、取り込んだ人間を溶かすようにできている。

 蔓にも溶解性の分泌物があって、微妙にリュミの服が溶けている。


「今の内に、二人とも攻撃して!! 特に、リュミは絡みついている蔓を切り刻んで!! モンスターから離れていないと、衝撃に巻き込まれる!!」

「し、承知!!」

「分かりました!!」


 リュミはさっきまで振り回されていたから剣が使えなかったが、敵が止まっている今なら斬り放題だ。

 宙づりになっていた状態から自由の身になると、回転して着地する。

 それから剣を、ヒトトリグサの全身に振るう。

 思ったよりも剣筋がいい。

 昨日今日で剣の鍛錬を始めたという訳ではなさそうだ。


 弓矢は遠距離から射ることによってダメージが増大するし、ピンポイントに狙う武器だ。

 この状況下だといまいちどこを狙えばいいのか分からないのか、シャンデが困っていたので、自分の持っている短刀を手渡す。


「使う?」

「は、はい」


 シャンデが短刀で、俺は杖で叩いていく。

 二人は必要以上に力強くしているが、意外に力いらないんだよな、これ。


「そろそろ効果が切れるから、離れていて!!」


 そう注意を促してすぐに、今まで与えた衝撃、斬撃が一気に解放され、ヒトトリグサがグチャグチャになる。

 やはりやり過ぎたようで体液がそこら中に散らばって、俺等にもかかる。


「う、うわあ!!」

「き、気持ち悪いですね……。あれ、これ、大丈夫ですか? 服溶けてません!?」

「大丈夫。表面が溶けているだけだから。ヒトトリグサには二種類の体液があって、これは服や装備品だけを溶かす体液の方だから心配しなくていいよ」


 服や装備品を溶かす体液と、人間の骨や皮を溶かす体液の二種類を持っている。

 蔓に浸していたのは前者の方だ。

 ヒトトリグサは人食植物なので、鞄や靴などは食べられない。その食べられないものを溶かしてから、ゆっくり人間を食す習慣を持っている。


 全身に白い液体がかかっているので、布で拭いていく。

 ベタベタしていて気持ち悪い。

 俺はそこまでかかっていなかったが、魔法スキルが解放されるタイミングがつかめなかったリュミとシャンデは液体が多めにかかっている。

 肌が所々露出していまっているが、命に別状はない。

 シャンデが嫌そうな顔をする。


「着替えたいですね」

「着替えは二人とも持ってきてる?」

「はい。ですが、やっぱり、着替えない方がいいですよね?」

「そうだね。ここで着替えるのは危険だし、それにまた同じようなことが起きて、その度に着替えていたら、服がなくなるからね」


 第一階層だから当たり前だが、今のは一番弱いモンスターってことになる。

 粘り気のある体液で装備品を溶かすのは脅威だけど、動きそのものは鈍い。

 装備品と人間を溶かしきるのに一日以上かかるので、誰かが捕縛されてもその間に助ければいいだけだ。


「私がさっきの植物の捕まっている時に最高だとか言っていた気がするが、まさか下着が見えたからそう言ったのではないな?」

「…………え? 違う、違う!! ヒトトリグサがいたことによって、ここがどこなのか分かったから最高って言っただけだって」


 まあ、リュミが宙づりになった時に、下着が見たのは事実だけど。

 そのせいで、目を逸らして対応が遅れてしまったのは申し訳ないと思っている。


「ヒトトリグサがいるってことは、今、俺達がいるのはここだね、きっと」


 地図の隅っこの方を指差す。

 既に印が付けてある場所だ。


「分かるのか?」

「うん。ヒトトリグサが生息しているのは、ここしかないからね」

「なるほど。モンスターの生息地でここがどこなのか分かるのか……」


 初見だと知らないけど、俺は何度もダンジョンに挑戦しているから知っている。

 魔法スキルを一つしか使えない魔術師でも、知識は何百、何千とあるから色々教えられる。

 ちょっと、自信がついてきた。


 俺は、印からスススッ、と指を滑らせる。

 止まった先は、第二階層へ続く階段だ。

 直線距離だと近いが、道なりに行くとかなりの距離を感じる。


「これで俺達が進むべきなのは北西っていうのが分かったね」


 これで方位磁石を使って、北西を目指して行くことになる。

 ただ、その前にやることがある。

 モンスターを倒せたので、その後処理だ。


「それじゃあ、採取しようか」


 動物系のモンスターよりも、植物系のモンスターの方が劣化しやすい。

 早めに採取して《遅延》の魔法スキルを使っておきたい。


「うわあ……」


 ヒトトリグサが体液を周囲にまき散らし、葉や草は千切れている。

 グロテスクな光景になっているせいで、リュミが踏鞴を踏んでいる、


 女性からしたら気持ち悪いものかもしれないけど、動物系のモンスターを解体する時よりかはましだ。初めてやる時は血や骨を見るだけで気分が悪くなる人だっているのだから。


 三人で採取したので、かなり時間を短縮して終わることができた。

 やっぱり、協力して冒険すると負担も少なくなる。

 あの頃に比べたらかなり楽になったな。

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