第2話 Cランクパーティから追放されました

 

「レイリー。お前はクビだ」


 冒険者ギルド近くの酒場に打ち上げに来ていた。

 冒険者ギルド内にある酒場は、冒険者達の利用者が多い分メニューの値段が高い。

 だから少し寂れた酒場の方で打ち上げするのが、俺達の決まりだった。


 本当は人付き合いが苦手な俺は、冒険の打ち上げに参加したくない。

 酒を飲むと、みんな酔って同じ話をループするのだ。

 それに酔った連中を介抱するのはいつも俺の役目だ。

 それを毎日のようにしている。

 そんなの楽しいわけがない。


 だが、パーティのメンバーが、先に帰ろうとするといつもキレるので、今日も渋々空気を読んで参加していた。

 なのに、いきなりのパーティの解雇通知は青天の霹靂だった。


「え?」


 脳の処理が追い付かない。

 思い返せば、今日は最初から空気が重かった気がする。

 話の途中で黙り込んだと思ったら、パーティのリーダーである斧使いのギランが言葉を開いた。

 声は届いていても意味が分からない。


「冗談、だよな?」

「冗談じゃない。いい加減、お前の使えなさに俺達は呆れてるんだよ」

「な、何を……」


 周りを見渡すと、パーティメンバーのみんなが気まずそうに目線を逸らす。


 こ、これは……。

 確実に俺以外には事前に話をしている。

 リーダーのギランが独断で話している訳じゃない。

 みんなで相談し終わってから全員の了解を得て、解雇通知をしている。

 俺……が? クビ……? 使えない……?


 瞳に涙が溜まってきた。

 今にも零れそうだ。


 冒険者ギルドに所属する我らがパーティ名は『ドラゴンクロー』。

 竜の鉤爪のように強くなろう。

 そんな意味を込められたパーティで、俺は創設メンバーの一人だ。

 パーティ名だって話し合って決めて、十六歳だった俺が冒険者になってから五年。

 ずっと、このパーティに所属していた。

 多少、そりが合わない時はあっても、このパーティに骨を埋めるつもりでいた。


 なのに、いきなりクビを言われても心の準備なんてできない。

 長年ずっといたパーティから抜けて、これから他のパーティに入っても上手くいく気がしない。


「今日のダンジョン攻略だって、俺はちゃんとやっていた!! 何が不満なんだ!?」

「いいや、お前はサボっている」

「え?」

「お前はまともに戦闘に参加していないだろ。後ろでただ同じ魔術スキルを、馬鹿の一つ覚えみたいに使っているだけだ。お前はみんなのように命懸けで戦っていない。そうだろ?」

「そ、それは……」


 俺は無能だ。

 俺が魔術師として使えるスキルはただ一つ。

 《遅延》。

 対象の動きをスローにすることができる。

 他にも使い道はあるが、大体それだけだ。

 魔術師ならだれでも使える初級魔術火球ですら、まともに扱えない。

 使っても、ロウソクの火ぐらいなら出る程度。

 実践じゃまず使えない。


 でも、無能だと自覚しているからこそ、俺は戦闘面じゃなく、それ以外でもパーティの為に尽力してきたつもりだった。

 みんなが嫌がる面倒な仕事は全部してきたつもりだった。


 だけど、無能な俺は、いつもパーティメンバーにすら馬鹿にされていた。

 そんな時は、本当は悔しいが、愛想笑いをして流していた。

 その頻度は多く、一日に数回は必ず言われた。


 だけど、こいつらの鬱憤晴らしの為に、俺の出来損ない具合が話のネタぐらいになるならそれでいいと思っていた。

 自分が何もできない人間なのは自分が一番よく分かっていたから。

 だけど、


「俺にも考えがあって……」

「考え? お前みたいなFランク冒険者なんかが、俺達Cランク冒険者に何を言うんだよ!! ええっ!? 寄生しているだけの雑魚がよっ!!」


 バン!! と、ギランがエールを置く音で周りがこちらに視線を集中させる。

 人があまりいないのに、大きい声を出し過ぎだ。

 俺の顔に唾まで飛ばすし。

 汚すぎる。


 というか、ギランの物言いはショックだった。

 初めてこうも正面から見下された気がする。

 確かに俺はパーティメンバーで唯一のFランク冒険者だ。


 だけど、功績を評価されて冒険者ギルドから、俺達はCランクの冒険者パーティだと認定を受けている。

 それを寄生していると思われていたらしい。


「それは、その……」

「ああっ!? なんだよ!?」

「…………」


 俺とギランの考え方は違っていた。


 俺の考えではこうだ。

 前衛は前衛を。

 後衛は後衛を。

 という風に専門分野を分担する形で連携を取った方がいいという考えだった。


 だけど、ギランは正反対の考えを持っていた。

 ギランは前衛後衛なしに、向かってくる敵を全員で正面突破するのが好きだった。

 特に何も考えず戦えるし、矢継ぎ早に攻撃を繰り出せば、ダンジョン内にいるモンスターは何もできない。

 それはそれで一つの立派な作戦だ。


 だけど、それは数の有利がこちらにある場合のみ有効なことだ。

 ダンジョン内で広い場所に出た時、大量のモンスターと戦う場合がある。

 そんな時に猪突猛進で戦えば、周りを囲まれて袋叩きに合う。


 だから、俺は前衛後衛の布陣を敷いてから、効率的に戦う方が理に適っていると思っている。

 モンスターが単独であっても、こちらより戦闘能力が高かった場合も同様だ。

 一辺倒な戦い方ではいつか動きを読まれるし、単純な力勝負だった時に負けてしまう。


 実際、パーティが壊滅しそうな時だって何度かあった。

 その時に教訓として学んだと思ったけど、そうではなかったらしい。


 俺は常にリーダーの方針に従っていた。

 口答えしたのは、本当に死にそうだった時だった。

 だけど、それでも鬱憤は溜まっていたんだろう。

 とんでもない剣幕だ。


 言い返したかったが、上手く言葉が出なかった。

 いつもそうだ。

 俺は何度も戦い方の危険性を言っているのに、聴く耳を持たなかった。

 また言っても同じことの繰り返しだろう。


 言い返せない俺に気をよくしたのだろう。

 酒の力も借りてギランはまくし立てる。


「正直、同じスキルしか使えないFランク冒険者といるだけで恥ずかしいんだよ。それでも今まで我慢して使ってやってたのに、まともに働かないお前はクビだ!! クビ!! なあ!?」

「……そうであるな」


 風向きは完全にギラン。

 どれだけ言っても、俺から反論がないと思ったのか、パーティメンバーの男が口を挟んできた。


「まっこと、ギラン殿の言う通りである」

「そうそう! レイリーってぜーんぜん、仕事していないよね! それなのに報酬の金をパーティの運営費を除いて五等分しないといけないのって、おかしいと思ってたんだよね」

「私も賛成よ。攻撃魔法が使えないせいで、杖で戦う魔術師なんてアンタぐらいなものでしょ? よくギランも我慢してくれたと思うわ」


 ハンマー使いでドワーフ族の男――ロウ。

 トンファーも拳も使う女の武闘家――リップ。

 回復魔術が使え、錫杖で戦う女僧侶――ミレイユ。


 俺はこのパーティの古株だが、数ヵ月の新人であるリップでさえ見下されていた。

 あまりにも惨めだった。

 自分なりに縁の下の力持ちでいたつもりだった。


「そうだ、そうだ!! ほら、さっさと出て行けよ!!」


 ギランは皿をひっくり返して、俺に投げつけてきた。

 服に料理がかかって、ズボンまで汚れた。


「アハハハ!! 汚―い」


 リップが面白おかしそうに笑う。

 すると、奥の方から店主が飛んできた。


「お客さん!! あまり騒がしいなら出て行ってもらうよ!!」

「分かってるよ!! もうすぐ終わるって!!」


 俺は黙って、落ちた皿の破片やら料理を拾う。

 ギランは腕組みをして、そんな俺を見ながらニマニマ笑って酒の肴にしていた。

 店内を騒がして汚した張本人なのに、エールを飲み、飯を食べていた。

 それを咎めることなく、他のパーティメンバーも食事を再開していた。

 これ以上ここにいると気が狂いそうだった。


「……お客さん、怪我すると良くないから、俺の方で掃除しとくよ」

「すいま……せん。ありがとう、ございます」


 そう礼を言うのが精一杯だった。


「おい! 誰か早く箒持ってこい!!」

「は、はい」


 店主が、店の従業員を大声で呼ぶ。

 俺は店主と従業員に片づけを任せた。

 服の汚れを落とすために布巾まで貸してくれた。


 ギランの大声である程度事情を察してくれていたらしい。

 大分優しい声色で気遣ってもらった。

 これ以上ここにいて、店の人や他のお客の迷惑をかけるのが心苦しい。


「分かった。出て行くよ」


 俺は邪魔だったらしい。

 前からこのパーティのノリは苦手だった。

 仲がいいように見えて、トイレなどで誰か一人がいなくなった途端、他の全員で陰口をずっと言っていた。


 陰湿なメンバーで、俺から見ればみんな相性がいいとは言えない。

 まとまっていたのは、俺を標的にしていつも笑い者にしていたからだ。

 集団がまとまるためには、いじめの対象を作るのが一番簡単なのは昔から変わらない。

 ある意味、俺がいることでみんなストレス解消できていたはずだ。


 俺が抜けたら戦闘面はともかく、精神面では不安要素が残る。

 だけど、まあ俺にはもう関係ないか。


 きっと大丈夫だろう。

 ヒーラー役もいるし、タンク役もいる。

 前衛、後衛を考慮しなければ、いいパーティだと思う。

 俺のようなお荷物がいなくなった方が、伸び伸びやれていいかも知れない。

 俺の為にも、みんなの為にも、これがベストな選択なんだろう。


「ああ、そうだ。今回の報酬金置いていけ」

「…………え?」


 冒険者ギルドでモンスターの討伐の報奨金を分けたばかりだ。

 まさかそれを渡せと言っているのか?

 流石にそれは意味が分からない。


「今回、お前何の活躍もしてないだろ!! いいから寄越せ!!」

「ああ」


 もういいや。

 この人達とは話にならない。

 俺はもう投げやりになっていた。

 ポケットをまさぐると、金の入った麻袋をテーブルの上に置いた。


 自主退職ではなく、パーティからの解雇通告の場合。

 退職金をもらうという暗黒の了解というものがある。

 それなのに、こちらが反対にお金を払わないといけないのか。


 理解できないリーダーの横暴ぶりに、俺はもう抵抗する気力すらなくなっていた。


「ああ、今身に着けている装備品ならいらないぞ。本当だったら返してもらうけど、お前の汗くさいからな」

「アハハハハハ!! やだー!! しかも、今は残飯の匂いまでついるもんねー!!」

「プッ!! リーダー、ひ、ひどい物言いでありますな」

「まあ、本当のことだからねぇ。私達の力がなきゃ、Fランク冒険者如きがその装備品は買えていないんだから」


 俺が身に着けている装備品の上から下まで、全てパーティの運営費から購入したものだ。

 足りない分は俺だって金を払っているが、私物とまではいかない。

 退職時に、身に着けている装備品を全て返却しないといけないパーティもあるのは耳にしたことがある。

 取り上げられなかっただけでも、俺はありがたかった。


 背中を丸めながら俺は酒場と、所属していたパーティの『ドラゴンクロー』から出て行った。


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