回文の日


 ~ 十二月二十一日(火)

       回文の日 ~

 ※以夷制夷いいせいい

  他国同士を戦わせて自国は武力を

  温存する外交戦略




「まったくお前は……っ!」


 昨日、突如校庭に生まれた巨大クリスマスツリー。


 どうせうちのクラスの誰かがやったものだろうと。

 そう高をくくっていたら。


「卒業生がツリーを持って来るというから許可してみれば。まさか杉の木一本持って来るとは恐れ入った」

「犯人が生徒じゃねえなんてな」

「それより貴様は何を騒いでいる」

「ツリーの飾りを持ち寄るって話になってたんだが、こいつろくでもねえもの持ってきやがったんだ」

「ろくでもない物?」

「百万とびまくって三百円のぬいぐるみ」

「…………ロッカーに入れておけ」


 言われるまでもねえ。

 俺は廊下に出て、ちびらびをロッカーに閉じ込めると。


 どこか浮足立った、クリスマス気分が蔓延する教室に戻る。


 テストが終わって消化試合のような一週間。

 先生も、多少の私語には目をつぶっている。

 そんな授業中の小さな騒ぎ。


「保坂ちゃんが授業中に廊下から入って来るなんて、新鮮なのよん!」

「あの扉は俺にとって一方通行路だとでも言いたいのか?」


 きけ子の軽口にも腹が立ったが。

 それよりこいつが問題だ。


 金銭感覚がおかしいお嬢様。

 舞浜まいはま秋乃あきの


 平気な顔して連れて歩くなばかやろう。


「ちびらびは外に出すなと言ってるだろうが」


 そう怒っても。

 なんでって顔を右斜め四十五度に傾ける。


 まったくもって。

 立て板に水。


「しかし、ツリーと言い、立たされなかったことと言い。意外や意外だな」

「立哉~。意外や意外って、回文だって知ってた~?」

「いがいやいがい。……おお、ほんとだ」


 なにそれくだらないと鼻を鳴らした俺に対して。

 なにそれ面白いと食いついたきけ子。


 新聞紙やら竹藪焼けたやら。

 小学生みたいな回文をいくつも披露していると。


 秋乃は、今更目を丸くさせて。

 話に混ざって来た。


「まさか……。さかさま?」

「そうだけど。さすがに休み時間にやろうぜ? 先生がちらちらこっち見てる」

「平気だよ今日は~。それともあれか~? 立哉は回文のレパートリー無いから話題を変えたいのか~?」

「失礼な。高尚なの一つ知ってるぞ」

「聞きたいのよん! どんなの?」

「よき仲は 絶えたり絶えた はかなき世」


 なんと五七五になっている回文だ。

 さぞや感動すると思っていたんだが。


「……なにそれ」

「なにそれ~」

「なんという猫に小判」

「なんだと!?」

「なんだと~?」

「じゃあ、どんなのがいいんだよ。言ってみろパラガス」

「わしの股の玉のシワ~」

「最悪っ!」


 さすがに女子二人がどん引いたパラガスのネタ。

 でも、いつもはこいつ、女子の反応なんかお構いなしなのに。


 今日は慌ててフォローした。


「まってまって~! 他の思い出すから~!」

「お前、そんなだから女の子が寄って来ねえんだからな?」

「ひで~。でも確かに今のは悪かった~」

「いつも女子追っかけまわしてるけど。そんなじゃ一生モテ期は来ねえ」

「来てもよい頃だろ~? 来いよモテ期~」

「…………お前。それ、回文になってる」


 あまりの奇跡に。

 きけ子が爆笑すると。


 当然のごとく雷が落ちて。

 パラガスとセットで寒い廊下へ送られた。


 やれやれ、俺たちも気を付けねえとな。

 お前も真面目に……。


「なぜスーパーの年末セールのチラシ広げてる!」


 こいつ、タガが外れるとホント面倒だな!

 全教科赤点回避したからって。

 そんな事じゃすぐ成績落ちるぞ?


「ママが私にしたわがまま……」

「赤丸ついたの買って来いってか? 買い物なら付き合ってやるから今はしまえ!」


 俺は強引に取り上げて。

 チラシを畳んだんだが。


 他の丸と違って。

 ピンクのハートマークでくくられているものに思わず目が行った。


 秋乃の机にはピンクの蛍光ペン。

 おそらくこいつが欲しい物。


 買ってあげたいと思わなくはないが。

 も少しムードはねえのか?


「……なぜお弁当」

「鉄火丼、今度買って?」

「やかましい。今月ピンチなの知ってるだろ? 朝、お金借りたじゃねえか」

「確かに貸した」

「弁当なんかじゃなくて、美味い鉄火丼出す店知ってるから連れてってやりてえとこだが……」

「……食い逃げに行く?」

「行くわけあるか! 腹減ってるからこんなもんに心が奪われるんだ。今日は許されると思うから早弁してろ!」

「シナモンパンもレモンパンもなし」

「ん? そんな弁当持って来た覚えは……」


 教科書で隠して。

 ふたを開けた秋乃の弁当箱の中身。


 そうそう。

 今日はひつまぶしにしたんだよな。


 それが、パンって。

 なんのことだ?


「ウナギなう」

「あ! うはははははははははははは!!!」


 分かった!


 でも、あれ? どこから?


 こいつがしゃべってるの。

 全部回文じゃねえか!!!


「何を遊んどるのかと思えば……。小学生か貴様らは」


 どこから聞いていたんだろう。

 意外にも、興味を持った感じで先生が話しかけて来たんだが。


 小学生とか言うな。


「失礼な! 今のこいつの高尚な笑いを理解できないのか?」

「ふむ。高尚と言うなら、この程度の物を披露してもらわないとな」

「なんか言いたそうにしてると思ったらそういう事か。じゃあ教えてみろ」

「まだ恋し仲は遠のきて、消えた言葉と答え、汽笛の音は哀しいこだま 」


 う。

 突っ込みてえところだが。

 確かにこりゃ凄い。


 クラスの連中も、おおと拍手喝采。

 そんな中、照れる先生の気持ち悪さよ。


「自分で考えたわけでもねえだろうに。何照れてるんだ」

「立っとれ」

「くそう。出たり入ったり」


 文句を付けたらすぐこれだ。

 俺は仕方なしに席を立ったんだが。


 その時に気付いた秋乃の視線。

 妙にそわそわしてるけど。

 さてはお前。

 何かいい回文思いついたな?


 どうするべきか、ちょっと考えたが。

 今日の騒ぎっぷりなら平気だろう。


 俺が一つ頷くと。

 秋乃は、元気に手をあげた。


「ふむ。舞浜も高尚な回文を思い付いたか? では披露してみろ」


 にわかに始まった回文合戦。

 勝者はどっちだ?


 期待に胸を膨らませたクラスのみんなが見つめる中。

 秋乃は、透き通るような美しい声で。

 胸のすくような回文を披露してくれた。




「世の中ね、顔かお金かなのよ 」




「「「うはははははははははははは!!!」」」




「……立ってろ」

「先生が遊び始めたから乗ったまでだ。先生も立ってろ」

「ふむ。一理あるか」


 そう言いながら。

 軽い足取りで教壇に登って、一旦気を付けの姿勢を取った先生が。


 そのまま椅子に座る。


「立たねえのかよ!」


 思わず突っ込んだ俺に。

 先生は、待ってましたとばかり、会心の笑みを浮かべて。


 こう言った。


「たった今、舞い立った」



 ……もちろん。

 クラス全員で、冷めた目で先生を見つめることになったわけなんだが。


 その腹いせに。

 全員翌朝、地元の新聞配達を命じられた。

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