8日 【掌編/コメディ】聖バチコーン☆修道院の日常
シスター・アリアは、今日から聖バチコーン☆修道院にて修道生活を行うこととなった。修道院長のテレーゼに連れられ、昼下がりの陽光さしこむ修道院の廊下をゆったりと歩く。これから共住するシスターの仲間たちに初めましての挨拶をしに行くのだ。
(どんなお方がいらっしゃるのでしょう。きっと未熟なわたしよりも優れた方々に違いありません)
アリアはまだ幼き少女ではあるが、カトリック教会のシスターとして清貧に、貞潔に、そして強く信心を持ちなさいとの教えを誰よりも固く守っていた。それでも自らを未熟と評するのは、アリアにはそそっかしいところがあり、肝心なところでミスをしがちだからだ。以前いた修道院ではそれで叱られてばかりいた。
(でも……努力するわたしをきっと
「ここが食堂です、シスター・アリア。ここにあなたの仲間であるシスターたちが集まっています。挨拶の準備はよろしいですね?」
「はいっ、シスター・テレーゼ」
食堂のなかからは賑やかな声が漏れ聞こえてくる。
なにか、盛り上がっているのだろうか。
テレーゼが軋む扉を開ける。アリアはなるべく堂々と、入室の挨拶をした。
「失礼いたしま……」
「南無阿弥陀仏!! 南無阿弥陀仏!!」
「えええーーーー!? 仏教徒が数珠をジャリジャリしていますよ!? シスター・テレーゼ、あれは!?」
「あの子は仏教徒のシスターです」
「シスターの概念が崩壊していますが」
「アッラーの神よ……」
「えええー!? イスラム教徒が礼拝してますけど!? シスター・テレーゼ!」
「ムスリムのシスターです」
「だめだと思います」
「かしこみかしこみもうす~」「नमस्ते」「シャァァイニング!! ブラスタァァァァァア!!!!」「出るまで回せば排出率100%」
「シスター・テレーゼ! この方々は!?」
「神道のシスター、ヒンドゥー教のシスター、シャイニングブラスター教のシスター、フレポ教のシスターです。他にもバラエティ豊かなシスターがいますよ」
「帰ります」
「待ちなさいシスター・アリア。いま自己紹介してもらいますからね。……シスターたち! 聞きなさい!」
テレーゼが厳粛な声を張り上げる。
その声色に、アリアはハッとして気を取りなおした。クリスチャンとしてあるまじき姿がたくさん見えた気がするが、これはテレーゼ流のジョークであり、シスターたちによる新人歓迎会のようなものなのかもしれない。この後、『ドッキリ大成功☆』の看板とともにシスターたちがクラッカーを鳴らし、全員まともなキリスト教徒に戻るのだ。それならばギリギリ納得がいく。
テレーゼの装いも、きちんとした修道服だ。キリスト教徒でないわけがない。
「私ですか? 私は空飛ぶスパゲッティ・モンスター教の信徒です」
「助けて……」
「えー、さて皆さん。こちらが先日お話ししたシスター・アリアです。今日からあなたたちの仲間として一緒に生活しますから、異教徒同士ではありますが、仲良くしてあげてくださいね」
「ドッキリじゃないんですか?」
「さ、シスター・アリア、自己紹介を」
テレーゼが一歩下がり、アリアに発言を促す。
アリアは頭が真っ白のまま、硬直している。
どうしてこんなことに。
敬虔なクリスチャン同士で高め合えると思っていたのに……異教徒しかいないこの場所で、どうしろというのだろうか。
(……いいえ。わたしは、それでも)
主イエスを神と信じる。
どしゃ降りの雨に打たれていたあの日、体の芯まで冷え切ったアリアを、赤の他人のはずだった神父が助けてくれた。神などいない、ばかばかしい、そう思って生きてきたアリアの頑なな心を、出会ったばかりのシスターがほぐしてくれた。気のすむまで教会で暮らしなさいと言われて、その優しさに戸惑った。〝どうして素性も知れないわたしなんかにスープとパンをくれるのですか〟訊ねると、神父とシスターは微笑んだ。
〝かけがえのない隣人だからさ〟
すべての人に
(わたしはあの日のスープのあたたかさを信じる。だからこそ、この人たちを否定しない。肯定も否定も、神のなされることであり、わたしに判断できることではありませんわ)
んんっ、と咳払いをして、アリアは食堂を見渡す。
自己紹介をするべく、口を開いた。
「わ、わわたしは、あ、あり、アリアと申しまちゃっ!!」
アリアは肝心なところでミスをするタイプだ。
「きゅぅりすと教徒でちゅ!!」
こうしてキュウリスト教の信徒と相部屋にさせられたアリアは死んだ目でシスター・カッパからもらったキュウリをシャクシャク食べたのであった。
【続くかもしれない】
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