第46話 サーシャの決意

 サーシャは銀色の髪を振り乱し、レンリと裸のセリンをにらみつける。


「れ、レンリ様……そういうことは、その……お控えくださいませんと」


「どうしてですか?」


 鋭く問い返したのは、セリンだった。赤髪の美少女は、サーシャをにらみ返す。


「そ、それは……レンリ様は皇女リーファ殿下のご主人ですし、軽々しく普通の女を抱くべきではありませんから」


「普通の女ね。わたしはレンリ兄さんの婚約者セレカの妹です。わたしには、兄さんに寵愛される権利があると思います」


「レンリ様はやがて国君と同等の地位に就く方です。『兄さん』などと呼ぶのは礼儀に反しています」


「そういうあなたは何様なの? その『レンリ様』の判断を「軽々しい」なんて異議を唱えるつもり?」


 セリンの言葉に、さすがにまずいことを言ったとサーシャも思ったらしい。主君・上官への反抗と取られてもおかしくない。


 顔を青ざめさせて、サーシャは頭を深々と垂れた。


「申し訳ありません、レンリ様。差し出がましいことを申し上げました」


「いや、いいんだよ」


 かつて辺境では、自分に反抗的だったサーシャだが、今ではすっかりレンリに従順になっている。レンリに尊敬と好意を向けているのも明らかだった。


 サーシャも側室にして良い、とリーファが言っていたことをレンリは思い出した。


 セリンもからかうようにサーシャに「そういうあなたも女性なのだから、『レンリ様』にご寵愛いただきたいんじゃないの?」と尋ねる。


 セリンは昔から明るくて聡明な少女だった。だが、戦禍で悲惨な目にあって、少し意地悪な性格になってしまったのかもしれない。


 サーシャは顔を赤くしながら、しばらく黙り込んだが、やがて首を横に振る。


「あたしは、レンリ様の側室になるわけにはいきません」


「なぜ?」


 セリンが意外そうに問い返す。サーシャは微笑んだ。


「あたしはただの辺境の娘にすぎません。レンリ様の側室になるような家柄ではないんです。それに、もう一つ。あたしには使命がありますから。蒼騎兵として戦って勝利に貢献すること。それこそがあたしにできる最大のご奉仕です」


「へえ……」


 セリンが見直したというような表情で感心していた。たしかにサーシャの言う通りで、現在はサーシャは貴重な戦力だ。

 レンリの側室として、リーファ同様妊娠してしまっては、戦場に出られない。精鋭の蒼騎兵を任せられる人間が一人いなくなる。


「でも、戦いが終わったその時は……」


 サーシャは言いかけて、ふたたび顔を耳まで真っ赤にして、「こ、これで失礼します……!」と言って出て行ってしまった。


 それからふたたびすぐに戻ってくる。


「申し上げ忘れていました。翼人に動きがあったようなので、軍議をご招集ください!」


 サーシャは叫ぶように言って、姿を消した。

 レンリは立ち上がった。


 そう。リーファやセリンたちを愛することだけをしているわけにはいかない。


 セレカの仇を討つ。そして、帝国を再興する。それがレンリの最大の目的だった。



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