第26話 大都督ザルギの破滅
大都督ザルギは、皇女リーファを翼人の人質にせずとも済む方法を知っているという。
しかし、ザルギは信用ならない人物だ。
八柱国の一家という大貴族の生まれであるが、国のために動いているとは言えない。
北辺での戦いでも、我が身可愛さに真っ先に逃亡した。
「わたしが人質にならずに済むというのは、たしかな話なのですか?」
リーファが戸惑うようにザルギに問いを投げかけた。
皇女自身も、自分が犠牲にならずに済む方法があるとは思えないのだろう。
ザルギは濁った瞳を見開き、大きくうなずいた。
「八柱国の名にかけて、嘘は申しませぬぞ。ただ、私の考える策は秘中の秘。ここでは話せませぬし、このレンリという男にも聞かせるわけにはいきません」
「立ち聞きされないところに場所を変えましょう。ですが、レンリさんはわたしの信頼する方です。彼を抜きにして、大事を話すわけにはいきません」
リーファが綺麗な声できっぱりと言った。
ザルギは舌打ちしたが、しばらく考え込み、「それもまた良し、か」と不気味な声でつぶやいた。
ザルギはリーファの提案に同意し、内親王府の奥で、レンリを交えて話すことになった。
ザルギの護衛の大男数人とともに、レンリたちは内親王府の客間に腰を下ろした。
最後に入った大男が、客間の引き戸を強く締め、腰に下げる剣がガシャリと揺れる音がした。
リーファは当然、上座に座ることになるが、その後ろに掛け軸があり、「己を知ること無きを憂えず。知らるべきことを為すを求む」と書かれていた。
自分が他人に認められていないことを嘆くのではなく、自分が世に認められるように努力するのが重要だ、という意味で、『聖論』のなかの聖賢シレンの言葉だった。
リーファの人柄にぴったりな言葉で、レンリは少し感慨を覚えた。
一方のザルギたちも並んで下座に腰掛け、その隣にレンリも座る。
「それで、わたしを救う秘策とはなんですか?」
リーファは緊張した面持ちで、ザルギに尋ねた。
そんな策があるのであれば、レンリも知りたい。
ザルギは大げさに手を広げてみせた。
「殿下を野蛮な翼人どもの手にかけず、その誇りをお守りする方法はありますとも! これがその方法です」
言うやいなや、ザルギたちは大剣を抜き放った。
リーファの目が大きく見開かれる。
ザルギは剣を振りかざし、リーファの華奢な身体を切り裂こうとした。
だが、その動作は緩慢だった。
次の瞬間には、ザルギの剣は、レンリの剣で受け止められていた。
「これは何の真似だ、ザルギ殿?」
「殿下にはここで死んでいただく。そうすれば、皇女リーファ殿下が翼人どもの手にわたることもなく、そして戦争は続く」
ザルギは悪びれることもなく、そう言い放った。
彼らの目的に気づき、レンリは暗然とした。
「尚書令トーランの差し金か。この戦争が敗勢のまま講和となれば、トーラン閣下ら貴族派は権力を取り戻す可能性はなくなる」
「ああ、そのとおり。我々帝国が蛮族に負けるなどありえぬ! なのにシスムの奴は臆病風に吹かれおって……」
「シスム様も、北辺で逃げたあなたに臆病者と言われたくはないだろう」
「黙れ! ともかくあのような屈辱的な条件でこの戦を終らせるわけにはいかぬ」
「皇女を差し出すのが講和の条件だから、その皇女を殺してしまえば講和は破綻する。そういうことかな?」
レンリの後ろのリーファがびくりと震えるのを感じた。
一方のザルギは大笑いした。
「わかっておるではないか。代わりの皇女はみな貴族らの後ろ盾があり、シスムとはいえ無理やり人質にすることはできないからな」
「だが、皇女を殺したとなればこれは大罪だ」
「翼人の慰みものとされる未来をはかなんで、皇女自ら命を絶った。そのように処理すれば露見はせぬ。あるいは……」
ザルギは下卑た笑みを浮かべた。
「レンリと二人並べて裸の死体を置いておこう。そうすれば、皇女はレンリと姦通しており、情事の最中に心中したということになる」
「よくも下劣なことばかり思いつくものだな」
「なんとでも言え。そういう貴様もすぐに物言わぬ死体になるのだからな」
その言葉を合図に、ザルギの部下たちが一斉にレンリに斬りかかった。
護衛は三人。
数という意味では、圧倒的に劣勢だ。
しかし彼らの足並みは揃っていない。
リーファをかばう位置に立ち、レンリは剣を一閃させた。
護衛の一人がレンリの剣を受け止めきれず、剣を取り落とし、体勢を崩した。
レンリが軽く蹴りを入れると、その後ろの護衛を巻き込んで彼らは後ろへと倒れこんだ。
そのままレンリの剣は二人の護衛をとらえ一筋に斬り伏せた。
返す刀でもう一人の男にも斬撃を放つ。
最後に残ったこの護衛が、一番の手練れのようだった。
「さすがは北辺の英雄だな。だが……」
彼はまっすぐにレンリに剣を向け、斬りかかってきた。
実力だけで言えば、この男にレンリが勝つのは難しくない。
ただ、一瞬で倒せるほどひ弱な敵でもないことも確かだった。
一方、護衛二人を一瞬で倒され、ザルギは茫然としていた。
だが、やがて我に返ったのか、ザルギは剣をふたたび構えた。
その剣が向けられたのは、レンリではなく、リーファだった。
「先に皇女殿下を葬ってやろう」
「殿下……!」
レンリが声を上げるのとほぼ同時に、ザルギの凶刃がリーファに迫った。
リーファが血を流して倒れる光景を思い浮かべ、レンリは慄然とした。
だが、現実にはそうはならなかった。
ザルギは剣を取り落とした。
「はへ……?」
ザルギは不思議そうな顔をして、自分の体を見つめた。
その胸には、短剣が深々と突き刺さっていた。
「……身の程を知りなさい! わたしは皇女リーファ。あなたごときにいいようにされる人間ではありません!」
リーファは震えながらも、決然とした声でそう言い切った。
ザルギに短剣を突き立てたのはリーファだった。
ザルギは油断したのだ。
力なき皇女と思い、侮り、そして予想外の反撃を受けた。
ザルギは顔を青ざめさせ、何か言おうとしたが、そのままその場に倒れた。
ほぼ同時にレンリの剣が護衛の胴を貫き、彼も血を吐いて絶命した。
物言わぬ死体が四つ転がっていた。
リーファは糸が切れたように、その場に崩れ落ちた。
「殿下!? ご無事ですか!?」
「大丈夫です……ちょっと……疲れただけですから」
そういって、リーファは目に涙をためてレンリを見上げた。
レンリはリーファの肩に手を置いた。
「……殿下がご自身の手でザルギを処断してくださらなければ、危ういところでした。殿下を危険にさらしてしまい申し訳なく思います」
リーファは首を横に振った。
「レンリさんがいなければ……あの男たちにわたしは殺されていました。守ってくださってありがとうございます。これからも……」
リーファの言葉はそこで止まり、嗚咽をもらした。
声をあげて泣くリーファの肩を抱き、レンリはリーファにささやきかけた。
「これからも殿下をお守りいたします。それが私の役目ですから」
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