第20話 父の死

 自由で気楽な生活を送るようになった私でしたが、25歳の時。

 仕事の昼休憩中に母からメールが届いて、内容は「父さんが死んでる」でした。


 自宅の布団の中で亡くなっていたようで、死後硬直が始まっていると。


 ――私この時に初めて知ったんですけど、自宅で人が亡くなった場合、なかなか面倒くさいんです。

 救急隊員だけでなく警察まで呼ばないといけないんですよ、遺体の検死が必要でして。


 仮にかかりつけ医が居れば、自宅まで来てくれて死亡診断書も出してくれるらしいんですが……あいにくと父には居ませんでした。

 だから、救急隊員に「ご臨終です」と確認してもらったら刑事さんがやってきて、そこから検死や死亡現場の検証や、家族の事情聴取までするんです。


 ウチの家族はサイコパスだらけですから平気ですけど、これ普通の家庭だったら結構辛いですよね。

 ただでさえ家族が亡くなって「ウワー! そんな、嘘だー!」ってなっているのに、刑事に尋問までされるんですから。


 他殺かどうか調べるのが刑事の仕事だとは言っても、辛いものがあるでしょうねえ。


 卯月家は、所謂「ゴミ屋敷」ぐらい足の踏み場がない家になっていました。

 外で稼ぐことだけでなく、家の掃除も私の仕事でしたから。


 祖母は痴呆で別居、母は掃除嫌い、姉は自分の生活スペースさえ確保できれば問題ない人で。

 父が掃除なんてできるはずありませんし、兄も「掃除したところで自分以外に汚されるのがバカらしいから、無駄」と。


 ……その「無駄」なことをやっている、世の主婦、主夫の方を尊敬しますよ私は。


 兄曰く、そのせいで刑事さんには父の虐待を疑われたそうです。

 ――結局、生命保険も何もかも支払い滞納で解約済みでしたし、外傷もなかったため、嫌疑は晴れたみたいですけど。


 とにかく昼下がりに「父死亡メール」を受け取った私は、「それって、どうすればいいの?」と訊ねました。

 すると母から返って来たのは、「ましろは仕事で忙しいよな? 今日のお通夜はお母さんたちだけで済ませるから、明日の葬式は参加できる? 無理ならいいよ」です。


 家族だけでなく私も十分にサイコパスでして、「無理ならいいよ」と言われて真に受けました。

「ふ~ん。葬式の作法よく分かんないし、「いい」なら行かなくていいかな」ぐらいに思っていました。


 そもそも父が亡くなったと聞いてもひとつも取り乱さず、「え~、そうなんだ~。知ってる人が死んだって聞くの、不思議~」ぐらいのもんでしたよ。私やべーな。


 とりあえず上司に報告しておこうと思って、「父が亡くなったみたいです~」と告げたところ、すぐさま「いや、こんなトコで何やってんだ! 早く行って通夜の準備しなよ!」と叱られます。


 叱られた理由がイマイチ分からぬまま、「でも母が「無理に来なくていい」って言ったのに」と主張すれば、「さすがに非常識すぎる、ちゃんと送ってあげなさい。忌引きで明日から5日ぐらい休め」と、至極真っ当に注意されて。


 それでも当時の私は「なんか好きな人が超怒るから、とりあえず言う通りにしておくか~」ぐらいの意識しかありませんでした。


 早上がりするに当たって、同僚や先輩方に「父のお通夜に行ってきま~す、あと明日からしばらく休みます、すんませ~ん」と声をかけましたけど――。

 他でもない私がへらへらしているにも関わらず、みんな泣いて同情してくれました。


 とっくに父に対する「情」すら失くしていた私は、なんだか泣いてもらって悪いなと思いつつ実家へ帰ります。


 そうして母から聞かされたのは、お通夜は「身内や限られた人しか来ない」「別になんの準備もしなくていい」「やることはお坊さんが読経するぐらい」ということ。


 ほぼ初めてのお通夜お葬式で、なんにも分からないなと思いながら、時間が過ぎるのを待ちました。

 この時既に父の遺体は斎場へ運び込まれており、家族で私だけ対面していない状態です。


 母はあれだけ生前の父をこき下ろしていたのに、いざ死んだとなるとメソメソしていました。

 気丈に振舞っていましたけど、ふとした瞬間に思い出したように泣いて。


 姉だって父のことが全く好きじゃなかったくせに、母が泣いているのを見ると釣られるのか、メソついていました。


 私と兄の目は乾いており、「あの2人はどうして泣いているんだ」と首を傾げるほどです。

 普段の接し方を見ている限り、父の死を悼むような立場に居ないのでは? そんなに泣くくらい好きだったなら、普段からもっと優しく接すれば良かったのに――と。


 どちらが異常なのか、どちらも異常なのか分かりませんけれど。


 そうしてお通夜開始の18時直前、私たちは斎場に到着しました。

 ――が、ここで予期せぬ事態が起こります。


 母は「限られた人間しか来ない」と言っていましたが、父の死を知った近所中の人が集まっていたのです。50人近く集まっていたでしょうか。

 これは父に人徳があった訳ではなくて――そもそも借金まみれですから――田舎特有の、古い慣習みたいなモノだと思います。


 近所の人間が死んだら、絶対に通夜、葬式に参加する。不参加なんて世間体が悪いと。


 参列者が少ないから茶や菓子の準備は不要、出迎えの準備も不要という話だったのに、卯月家が誰よりも遅れて到着しました。なかなか酷い状況です。


 そもそも、何故こんなにも人が集まったのかと言えば、もちろん田舎特有の口の軽さもありますが――実は母が、わざわざ地域放送を頼んでいたらしいんですよ。

 身内や限られた人にしか呼んでないと言い張った意味が、全く分かりません。


 亡くなった方が居ると、「どこそこの〇〇さんがお亡くなりになりました、お通夜はあの場所で、18時からです」みたいな放送がされるんですね。

 ……そんなもん、集まるに決まっていますよ。


 私たちは参列者の方々から、散々文句を言われました。

「普通、遺族は誰よりも早く来て、茶菓子の準備をせにゃおえんじゃろ(しなくちゃダメでしょう)」

「香典を持ってきてるのに、芳名帳すらないんか?」

満中陰志まんちゅいんしも用意してないんか、非常識すぎるじゃろ!」

「オイ、もう18時ぞ、どうすりゃあええんな!」――と。(せっかくなので岡山弁でお送りしました)


 正直、私と兄は「そもそも呼んでねーのに、勝手に来ておいてなんなんだ? こわ~……」という気持ちでしたが、母が放送を頼んでいる時点で呼びかけているんですよね。


 明らかにこちらの不手際です。

 こんなに参列者が居るなんてこと、ひと言も知らされていませんでしたし――騙し討ちにあった気分でしたけどね!


 斎場の方が慌てて芳名帳とやらを渡してくれて、私は急いで受付に立ちました。

 もうとっくに開始の18時を過ぎているというのに、参列者の方がずらりと並んで香典を渡してくれます。


「お通夜に来てくれてどうもありがとう」的な満中陰志とやらを用意していなかったため、「明日の葬式に来りゃあ、満中陰志くれるんか!? 今日しか来れん人には郵送せえよ!」と文句を言われました。マジでごめんね。


 お通夜も葬式も本気で作法が分からず、人が来るとも思っていなかったため――ネットで調べることさえしなかったのが悔やまれます。

 満中陰志と聞いても「マ、マンジュー……何それ!? なんか、美味しいヤツですかい!?」と思っていたぐらいです。無知は罪ですね……。


 ある時期から、ピタリと親戚付き合いを辞めていたせいもあるのでしょうか。

 お陰で、大人になってから人の冠婚葬祭に呼ばれることがなかったのです。


 母はずっとパニック状態で、参列者の方々と一言二言交わしてはメソメソ泣いていて、使い物になりませんでした。

 父を亡くして泣いているせいか、近所の人も母には強く当たれなかったようです。


 私はホテルフロントで培った接客スキルでもって、受付役を全うしました。


 しかし笑みさえ浮かべて受付をする私を見た親戚には、「ましろ、斎場の係員みたいになっとるが。父親が死んだとは思えんな」と言われました。


 そんなに褒められたら、いよいよサイコパス待ったなしです←

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