第26話 チャンス到来
田所に言われ、佐々木は、営業スマイルを見せた。でも、顔が少し気持ち悪い。根っからの悪人顔なのだ。
「素性調査には5日間が必要で、それに対し日当が3万で15万円、あと、交通費や諸経費の4万円を足して計19万円となります」
「頼みたいが、もう少し値引できないでしょうか?」
田所は、手を合わた。
「う〜ん。 2回目の依頼なので、勉強して …。 17万円でどうです? 但し、これ以上は無理です」
佐々木は、両方の手のひらを見せた。
「分かりました。 それで、お願いします」
「ありがとうございます。 では、新たな分の契約書にサインをお願いします。 半額の8万5千円の振り込みを確認後、ご連絡のうえ調査を開始します。 これとは別に、今回の完了分については、残額17万5千円の振り込みを確認後、報告書や保証書一式を、ご自宅の住所に、本人限定受取郵便でお送りします」
「分かりました。 よろしくお願いします」
田所は、神妙な面持ちで頭を下げ、事務所を後にした。
そして、外に出た所で立ち止まった。
「菱友家の、姉妹のどちらかを、必ず俺のものにしてやる。 そうすれば、バラ色の人生が開けるぜ!」
田所は、小さく独り言を言った後、薄ら笑いを浮かべた。
◇◇◇
望月 沙耶香に復縁を迫られてから、約一ヶ月が過ぎた。しかし、その後、彼女から連絡は来ない。
良かったと思う反面、少し寂しい気もする。決して未練がある訳でないが、心のどこかに彼女を懐かしむ気持ちがあるようだ。
自分が情けなくなる。
土曜の、夜の事である。
スマホが鳴った。何気なく見ると、母からだった。
俺は、驚いた。そして、戸惑った。
資産家の男と再婚してから、母とは音信不通のような状態だ。
正確に言うと、京都を出て関東の高校に入学した時に、遠くから見かけたのが最後で、それ以降は会ってない。
多分、俺の事が邪魔なんだと思う。もしかして、相手の男との間に子どもが出来たのかも知れない。
仕送りについても、顧問弁護士とやりとりをするから、継父に連絡する事はなかった。
俺は、天涯孤独に等しい身の上なのだ。
捨てられたと思った母から、7年ぶりに電話が来たのである。俺は、驚くとともに、意地でも出たくなかった。
無視していたら、呼び出し音が25回鳴ったところで切れた。
俺は、安堵したが、なぜか涙がこみ上げて来た。そして、声を上げて泣いてしまった。
「中途半端に捨てるな!」
俺は、ワザと大声で言って、自分を鼓舞した。母は、俺に取って最悪な存在なのだ。
しばらくは、落ち込んで何も手につかなかった。
そんな状態でいると、再びスマホが鳴った。
母だと思い、一瞬、期待と怒りが込み上げてきた。
しかし、着信を見ると、大学の奥村教授からだった。
これは、これで緊張した。
「奥村だが、電話良いかね?」
「はい、だいじょぶです」
「どうした、鼻声だが風邪でも引いたのかね?」
泣いて鼻声だったのを、奥村は、風邪と勘違いしたようだ。
「アレルギーだと思います。 風邪ではありません」
俺は、適当にごまかした。
「なら良かった」
「それより、突然、何かあったんですか?」
「ああ、至急案件だ。 国がやってる、産官学若手研究技術者育成事業を知ってるだろ」
「はい。 将来、国を担う技術者の育成と、新たな産業技術の創出を目指している事業ですよね」
「そうだ。 今回は、京西大学において、半年の期間をかけて実証実験を行う。 もちろん、旅費交通費、必要な経費は、全て経済産業省が出す。 いわば、国が行う若手エリート研究技術者養成プログラムだ」
「それが、何か?」
教授が、なぜ俺に言うのか分からなかった。
「百地君を、そこへ派遣したいんだ」
「それでしたら、確か、佐藤助教が行かれると聞いていましたが? それに、自分は、まだ学生の身です」
「実は、佐藤は、今朝ジョギング中に足を骨折して行けなくなったんだ。 それで、急遽、君を選んだという訳だ。 この事業は、研究者であれば大学院生も可能だ。 君の論文を読んだ上で推薦してるんだ。 3次元アルゴリズムのAIプログラムを引っ提げて挑戦して来なさい」
「自分の理論を、評価していただけるんですか?」
「ああ。 まだ完成の域に達してないが、発想は良いと思う。 それに、今回の座長となる京西大学の、鈴木准教授も興味を示してる」
「本当ですか? 確か、鈴木准教授は、ロボット工学において世界的に評価された方です。 凄く光栄です」
俺は、興奮した。
「そう畏まるな。 確か君より2歳上なだけだ。 25歳で、難関国立大学の准教授だから確かに凄いがな。 彼女から多くを学んできなさい!」
「はい、分かりました。 それで、参加するための手続きは、どうすれば良いんですか?」
「当大学の推薦状を持って、京西大学に行くだけだ。 全て準備は整っている。 明日の夕方に歓迎セレモニーがあるから、それに間に合うように出発してくれ。 新幹線の切符も含め、必要な物を全て渡すから、明日の午前9時に、認印を持って大学の私の部屋に来てくれ」
「承知しました。 光栄です」
俺は、嬉しさのあまり声が裏返ってしまった。
「参加するのは、産官学から選ばれた優秀な者ばかりだ。 そこで、存在感を示す事ができれば、君の将来にきっと役立つはずだ。 このチャンスを逃がすなよ!」
そう言うと、奥村は電話を切った。
俺は母の事などスッカリ忘れ、飛び上がって喜んでいた。
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