第3VRA 雪舞うイヴのパラトゥーラ:『ラブライブ!』の「スノハレ」

 二〇二一年十二月二十四日・午後四時――

 東京メトロの新御茶ノ水駅のB1出口の階段を上がった隠井は、聖橋を渡った所にある、近代教育の発祥地〈昌平坂学問所〉の跡地に立っていた。

 この場所こそを「国立音ノ木坂学院」の位置的なモデルと見なしていたからである。


 「音ノ木坂学院」とは、東京都・千代田区にあると設定された架空の女子高で、『ラブライブ!』の登場人物たちが通っている学校である。


 その『ラブライブ!』の第二期・第九話「心のメロディ」では、そのエピソードの物語内容である、「ラブライブ!」の東京都・最終予選が行われる十二月のとある冬の日、東京は大雪に見舞われた。

 その日、一年生と三年生の六人は、最終予選の会場に直接向かったのだが、生徒会役員である二年生の三人は、「学校説明会」のために学院に残らなければならなかった。

 行事が終わった後、二年生は、急ぎ会場に向かおうとするのだが、勢力を増した大雪のせいで、列車は運休、交通規制のため車での移動も不可能となってしまったのだが、「開演まで一時間ある」ので、三人は、諦めることなく、走って会場に向かおうとする。

 するのだが、雪が強く吹き付けてきて、三人の心は折れかけてしまう。

 しかし—―

 「音ノ木坂」の全校生徒が、雪で足元が悪い中でも、三人が移動できるようにする為に、学校から会場までの道の雪掻きをして、彼女たちを会場まで誘導したのである。


 アニメの背景と現実の空間を比較してみると、三人が、日本大学の理工学部と歯学部が面している〈御茶ノ水仲通り〉という坂を下り、〈靖国通り〉を渡った後、靖国通りと接している〈本郷通り〉をまっすぐ進み、首都高の〈神田IC〉出口近くにある〈神田橋〉に向かったことが分かる。

 昌平坂学問所から神田橋までは、一.五キロ、徒歩で約二十分の距離で、これならば、一時間以内に、女子高生が雪道を走って移動するとしても走破可能であり、こういった点に、取材に基づいた写実性が認められるように思われる。

 

 この日、午後四時に昌平坂学問所跡地を出発した隠井は、二年生の三人をRA化させて、彼女たちと一緒に、一年生と三年生が待つ神田橋まで向かったのだが、ゆっくり歩いても、およそ半時間で到着することができた。

 そして、隠井も、九人と一緒に、神田橋にて、無事に合流できた喜びを分かちあっていたのだが、「ラブライブ!」の開演は間もなくだ。そこで、会場に急ぎ向かうことにした。


 アニメの中では、具体的な名称こそ明らかにされてはいないのだが、出場者たちが控室として利用しているビルは、JR東京駅の丸の内口から皇居方面へと続く幅広の〈皇居前東京停車場線〉に面している〈丸の内ビルディング〉なので、どうやら、最終予選の会場は、神田橋から徒歩圏内の、〈丸の内仲通り〉に設置された特設ステージであるようだ。


 二〇〇〇年代の前半に、東京都・千代田区の丸の内では、年末・年始に〈東京ミレナリオ〉というイルミネーションの祭典が催されていた。

 これは、丸の内仲通りから、東京国際フォーラムまでを電飾するもので、一九九九年以降、毎年開催されていたのだが、二〇〇五年の年末から二〇〇六年の年始にかけての第七回を最後に、東京駅・丸の内口の復元工事のため、残念ながら取りやめになってしまった。

 この東京ミレナリオの開催時期は、毎年、クリスマス・イヴの十二月二十四日から一月一日の間で、イルミネーションの点灯時間は、最終日を除いて、十七時半から二十一時までであった。

 東京ミレナリオの特徴である、アーチ形のイルミネーションは〈パラトゥーラ〉と呼ばれ、毎年、異なるデザインが採用されており、それは、今なお、『東京ミレナリオ』の公式サイトで閲覧可能で、また、写真集も出版されている。


 ミレナリオの写真を見ていると、「ラブライブ!」のステージの背景になっている、円を基本的な構成要素にした、弓なりのイルミネーションは、そのパラトゥーラを模したものであるように思われる。

 これは、今なお東京ミレナリオが開催され続けているという〈IF〉になってしまうのだが、もしかしたら、「ラブライブ!」の東京都・最終予選は、十二月二十四日の午後五時半からの〈東京ミレナリオ〉の開始に先駆けた、イヴェントのオープニング・セレモニーだったのかもしれない。

 そんな推測というか、妄想をした隠井は、陽が落ち、クリスマス・イヴになった、十二月二十四日の午後四時五十分に、タブレットを片手に、皇居前東京停車場線内の丸の内仲通りの入り口正面に立っていた。


 そして、五時になった瞬間、一時停止ボタンを解除し、「μ's」をRA化させたのである。

 

 九人に降り注ぐパラトゥーラの青白い輝きは、夜闇の濃紺とのコントラストによって非常に映えていた。

 最終予選で披露する曲は「Snow halation」、そのサビの前に、演者たちは、何か大切な音を聴こうとするかのように、一人一人が次々に耳に片手を当ててゆく。そして、センターの「高坂穂乃果」のサビの独唱に入ったその瞬間、イルミネーションは消え、場が真っ黒になる。

 その数瞬後――

 最奥の電飾にオレンジ色の光が灯り、それが輝きの波となって、ステージ上の「μ's」に押し寄せ、さらに、その〈輝跡(きせき)〉は観客の方にまで拡がってきたのだ。

 

 隠井は、宵闇に包まれたクリスマス・イヴの丸の内仲通りの前で佇みながら、RA化させたライトブルーやウルトラオレンジのパラトゥーラを背景に、「μ's」による、二分四十秒間の「Snow halation」のパフォーマンスを、最前にて心ゆくまで堪能したのであった。


〈参考資料〉

〈アニメ〉

「第九話 心のメロディ」,『ラブライブ!TVアニメ第二期』第五巻,BCXA-0843,二〇十四年十月二十九日発売.

〈WEB〉

「ラブライブ! School idol project μ's」,『ラブライブ!Official Web Site』,二〇二一年十二月二十四日閲覧.

『東京ミレナリオ 公式ウェブサイト』,二〇二一年十二月二十四日閲覧.

〈書籍〉

横山啓治『東京ミレナリオ 祝祭の「輝」跡 』.東京:オレンジページ,二〇〇六年.

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