試験当日 1/2

早朝――

ミアはカーテンを開けて、眩しい光を部屋に入れた。

「起きなよ~!」

振り返って、まだベッドにいるレグに声をかける。彼は目をこすりながら上半身を起こした。


「いい天気――」


窓を開け、見慣れた景色を見回す。それからはっと目を見開いた。

ギルドの方向、遠くの空に高くて白い塔が建っていた。昨夜までは無かったはずだ。


「レグ!レグ! あれって!」

「今年の試験会場か……!」


興奮気味にはしゃぎながら塔を指さすミアの隣で、窓の外を見ながらレグは言った。

ミアは嬉しそうにスキップしながらキッチンに行き、エプロンを付けて言う。


「用事済ませてから行くんだっけ? あとでお弁当持って応援しに行くわ」


金髪を揺らしながら、ミアはウィンクして笑った。


■■


町は多くの人でごった返していた。各地から集まった、様々な恰好の客が歩いている。魔獣の着ぐるみが風船を売り歩き、道に沿って屋台が並んでいた。

他の用事を無事に済ませて会場へ向かうレグは、喧騒の中を歩いていく。


中でも、ひときわ盛り上がっている屋台があった。レグはそちらに近寄って、人混みを覗き込んだ。


大きな看板に、冒険者たちの名前と、配当倍率が書かれている。煽るような店員の声がした。


「さあさあ、誰に賭ける?!」

「一番人気はAランク冒険者、レッドナイトだよ!」


どうやら、誰がMVPに選ばれるかで賭博をしているようだ。

試験では毎年、参加した冒険者の中から一人選ばれ、MVPとして表彰されるのだ。


わずかな期待に胸躍らせながら、レグは看板の名前を見ていった。しかし、自分の名前はない。

落ち込んでいると、人混みの中に赤い髪を見つけた。コウである。


「やっぱり本命はレッドナイト……でも大穴を狙うなら……」


酒瓶と新聞を手に持って、真剣な顔で看板を睨んでいる。

(相変わらずだ……)

レグは呆れながらその場を離れた。




会場の正面につながる一本道に出たところで、ロイドに会った。

彼はなにやら元気がなかった。会場に向かう足取りも重そうに見えた。


「なんかあったのか? ロイド」

「いや……昨年のことを思い出してな」

「ははは……嫌な思い出……」


試験には一次試験と二次試験がある。

一次試験は、毎年試験内容が変わる。毎年、S級から選ばれた一人が試験内容を自由に決め、取り仕切るからだ。一昨年はS級戦士による喧嘩祭りで、去年はS級召喚師によるお化け屋敷だった。


去年は難易度が高く、歴代で最も一次試験合格者が少なかった。


「今年はこれか……」


二人は立ち止まって、上を見上げた。


道の先にそびえ立つ、白い塔。空を裂きそうなほど高く、てっぺんは雲に隠れて見えない。

強剛とした塔は、冷たい輝きをたたえていた。きっと上から見下ろせば、自分たちなど点にしか見えないのだろう。


不安を誤魔化すように、二人はまた歩き始めた。ロイドが明るく言った。


「しかし、すげえな、10万ポイント貯めたのか!」

「まあラッキーみたいなものだったんだけど……」


あの後、フラワー町で酒を安く買い、他の町で売った。利益率が大変良く、コウに頼んで往復していたら、あっという間にお金が稼げたのである。

おかげで、お金と必要ポイントを交換でき、無事にランクアップ試験を受けられるようになった。


入り口で受付を済ませ、参加者用控室に向かう。

塔の周りを囲うように低い建物が建っており、それが観客席や待合室になっている。建物の内側につながる入場門に行けば、塔の建つフィールドに入れるような構造だ。

観客入口とは離れているので、すれちがうのは関係者ばかりだ。


特に多いのは、白い服を着た医療担当たちだ。試験中の怪我に対応するために、各地からかき集められている。ヒーラーも試験に参加するので手が足りないのである。

みんな白いマスクとフードをかぶっており、タンカや医療道具を運んでいく。


待っていたら、花火が上がった。開始の合図である。

ロイドと連れ立って、レグは会場に入場した。参加者は50人ほどで、みな緊張した面持ちだ。


観客席は人で埋まっていて、会場は熱気にあふれていた。


レグはまた上を見上げた。


すぐ近くで見ると、塔はますます大きかった。ぐるりと塔を回るような階段が塔の側面に作られており、上までつながっているらしい。階段の途中には、塔の中に入るための無数の扉があった。


塔の横には小さな祭壇があり、そこにギルドマスターと魔導士が立っていた。

参加者が全員集まると、ギルドマスターは祭壇の真ん中で一礼した。開会のあいさつを話し始める。


「勇気ある冒険者諸君、この一年、自らを磨いてきたことだろう。君達にふさわしい舞台を今年も用意しておる。……皆、塔が気になって仕方ないという顔じゃな。ま、ルール説明は主催者に任せるとしよう」


マスターが横の魔導士を促す。彼はS級魔導士、スレイである。

藍色のローブを全身すっぽりとかぶった初老の男だ。だがローブの下は、誰にも見えないように隠蔽魔術がかけられており、『戦いの傷跡を隠している』だとか『実は女顔』だとか、様々なうわさが立てられていた。


魔法石が二つ埋め込まれた大きな杖をつきながら、彼は前に進み出た。塔を指さす。


「あれは、追想の塔。お前たちには、好きな扉を選んで中に入ってもらう。奥に進み、制限時間内に青い魔法石を探せ。それを然るべきところで掲げよ。そうすれば一次試験合格だ」


魔法石は魔力の宿った宝石である。魔力増強・体力回復に使われるほか、闇の力を祓うことができるため、冒険者に人気のアイテムだ。しかし扱いが難しく、使い方を誤れば簡単に割れてしまう。また、強い魔力の宿った魔法石ほどまばゆく光る。最高級の魔法石は、人一人が一生困らないほどの力を宿していると言われていた。


スレイは冒険者たちを見回した。


「試験といえど、死は等しく隣にある。

塔での生死に、我々は干渉しない。お前たちの未来を保証しない。それを了承した者だけが、中に入れ」


凍てつくような低い声に、会場の空気が幾分冷えたようにレグは感じた。

スレイが杖で地面を突いた。杖から光が溢れ、巨大な砂時計と無数の水晶が出現する。


「進む先で、お前たちは幾度も選択を迫られるだろう。それら一つ一つの積み重ねが、冒険者を作る。お前たちの雄姿を、私たちに見せてくれ」


魔導士の言葉が終わると、冒険者たちは塔の階段を登った。彼らは勘や好みで扉を選んでいく。

レグが選んだのは、質素な木の扉だった。扉を開いたが、中は闇に包まれていて先を見ることができない。


首を伸ばして中を覗き込んでいると、急に風に背中を押された。バランスを崩し、落下するように扉の中に入る。


――砂時計がひっくり返り、試験が始まった。


■■


体に衝撃が走り、レグは目を開いた。落ちたのは草むらの上で、痛み以外に外傷は無かった。自分にヒールをかけながら立ち上がり、あたりを見回す。


そこは塔の中ではなく、森の中だった。空と無数の木と、それから、古びた門があった。


レグは自分の手のひらに視線を落とした。そこには砂時計が表示されており、制限時間が分かるようになっている。

魔法で作られた塔とスレイは言っていた。おそらく塔の中には無数の空間があり、扉はどれかにつながっていたのだろう。

どうやら、ここがレグの一次試験の舞台のようだ。


「青い魔法石か……」


レグは門に近づいた。装飾彫刻の凝らされた石膏の門は、しかしひどく古びていた。

枯れたツタをかき分けて、ぼろぼろのアーチをくぐる。

レンガの敷かれたでこぼこの道を進んでいくと、城があった。美しかったであろう外壁は黒ずんで、いたる所が劣化している。周りには、立ち枯れた樹木が物言わず立っていた。


城の入り口に、レグの背丈の倍ほどある大きな扉があった。その隣に、黒い大きな石が鎮座している。すぐそばに、白骨化した死体が腰まで土に埋まっており、カラスがつついていた。


石は墓石のようで、表面に無数の名前が刻まれている。レグは名前を目で追っていった。


「一番上の……リジー・エメラルドとジェイ・エメラルドは血縁者か……?」


エメラルドは、古くに存在した貴族の姓だ。城の主だろうか、とレグは首をかしげた。


「ママママタ客ダ」


ふいに声がして、レグはたじろぎながらそちらを見た。声の主は骸骨であった。

カラスがばさばさと飛び立った。骸骨の頭がぐぐぐと動いて彼を見た。顎の骨が動き、また言葉をつむぐ。


「マァタ死ニニ来タ! 仲間仲間仲間!」

「な、何……?」


ものすごいスピードで、骸骨の頭がぼとりと落ちた。地面に転がりながら、大口を開けて笑いだす。


「ヒャハハハハ! オ前モ仲間入リダァ!」


骸骨の腕が墓石を指さした。レグがそちらを見ると――墓標の一番下に、じわじわと滲むようにレグの名前が現れた。


―――ギィィィィィイイイ


不気味な音がして、城の扉が開いた。レグは息を詰めて、墓石の影に隠れる。

だが、それから何か起こることはなかった。扉はそのまま微かに揺れているだけだ。


警戒しながら、レグはそっと中を覗き込んだ。中は玄関フロアのようだ。破壊された装飾品が転がっており、荒れ果てている。一つ息を吐いて、体を中に滑り込ませた。


瞬間、周囲の蝋燭から火が燃え上がった。レグがはっとそちらを見たとき――――ベタベタベタベタッ!と凄いスピードで這いよってくる音がした。


何かが飛んできて、レグはさっと身をかがめた。代わりに当たった床が、ジュッと音を立てて溶けた。独特で嫌なにおいがして、レグは口元を抑えた。


見返ると、さっき入ってきた入口の上の壁に、棘だらけの、大きなトカゲの魔物が張り付いている。

トカゲは避けた口でゲゲゲと鳴いた。紫のよだれが垂れている。闇から、一匹また一匹と這い出してきて、壁一面が動く棘で埋まった。口をがぱりと開けると、玉状のよだれを飛ばしてきた。


無数の攻撃だが、統率の取れた動きではなかった。トカゲ達から目を離さないようにしながら、レグは倒れた石膏オブジェの影に隠れた。息を吐いて彼が魔術を唱えると、手に光が集まり、銀色に光る散弾銃が現れた。


レグはじっとその銃を見つめた。不安げに瞳が揺れる。

だがじっとしてはいられなかった。よだれを浴びたオブジェが溶け始めている。レグはそろりとトカゲたちの方を覗き込んだ。途端、よだれが飛んできて、レグは意を決して発砲した。

小さな弾丸が一直線に飛んでいく。


弾とよだれがぶつかった瞬間、電撃が飛んだ。広範囲に広がってトカゲ達に正確に走り、全身を貫いた。


「ギャアアアア!」


直撃したトカゲが悲鳴を上げ、黒焦げになって床に落ちた。ひっくり返った死体は、灰になって消えていった。


他のトカゲたちが息を潜めるのが分かった。戦う気は無くしたようで、再び闇に消えていく。


レグは冷や汗の浮かんだ額をぬぐって、体の力を抜いた。


「ウラミラミ草って名前だけあるな……」


銃が光に包まれ消える。この銃は、丸いものを入れると発射できるおもちゃの銃を改造してもらったものだ。

弾はウラミラミ草の種だ。他の攻撃用の種も弾として準備している。銃にヒール魔術を込めて引き金を引くと、種と魔力が一緒に発射される。衝撃が加わると発生する種の攻撃が、レグのヒールで強化されて相手へ襲いかかる仕組みである。ウラミラミ草は種にも麻痺効果があり、草より種の方が攻撃的だった。


改造は、ファミリーファームの毛刈り機を作った機械工が一晩でやってくれた。頼んだ際、なにやら職人のツボにはまったらしく、外見までそれっぽく改造してくれている。


朝受け取って試し打ちしただけだったため正直不安だったが、機械工の腕は確からしい。


レグは手のひらの砂時計を見た。それからぎゅっと手を握り締め、顔を上げる。

それから大きく足を踏み出して、廊下を進んでいった。


■■


先は一本道の長い廊下だった。石壁は、傾いた絵画が揺れ、折れた燭台が垂れていた。ぽっかりと空いたところには、もともと絵画があったのだろう。盗まれたのかもしれない。

レグの姿を、蝋燭の火がちらちらと照らしていた。


「魔術じゃない灯りだ……」とレグはつぶやいた。


魔術の人工的な灯りではなく、火事の危険がある上に取り換えが必要な蝋燭を使っている、とレグは思った。貴族の城なら使用人が面倒を見るのだろう、などと邪推する。


途中、ひときわ大きな額の前でレグは足を止めた。

それは油絵で、子供を抱いた座った女と傍に立つ男が書かれていた。紋章の書かれた剣を男は帯剣している。裕福そうな服は皺の一つ一つまで繊細に描き込まれていた。レグは上の方を見上げて目を凝らし、ぎょっとした。

女と子供だけ、首から上が焦げて真っ黒になっている。絵を描いた後に、意図をもって燃やされたようだった。


まるで今燃やされているような――そんな気がして、ぞわりと背筋が凍った。目を逸らした時、燭台の火がふっと消えた。


辺りが闇に包まれる。同時に、ドシンドシンという足音が聞こえた。音は廊下の先から響いてくる。レグは腰を低くして、銃を構えた。


ぬっ、と暗闇から石のゴーレムが姿を表した。


大きな石を、乱雑に積み上げて人形にしたような姿だった。石どうしがしっかり組まれていないようで、天井にぶつかってグラグラ揺れながら形を保っている。手に、体と同じ長さの棍棒を持っていた。


床を踏み鳴らしながらゴーレムが近づいてくる。その足元にレグは撃ち込んだ。


ガチンッと固い音がして、ゴーレムがつんのめるように前に倒れた。床のトラバサミが、ゴーレムの足にがっちりと噛み付いたのだ。バランスを崩し、組まれていた石が床に散乱する。


「上手くいった!」


先ほど足元に撃ったのはコウダングサの種だった。この植物の種はトラバサミのような皮を持っており、動物の表皮にくっついて広まる性質がある。この種を潰してレグのヒールをかけると、本物のトラバサミのように噛み付いて対象に仕返しをするのである。セルパンには恐ろしい植物が大変多かった。


レグは走ってその脇を通り過ぎ、廊下を逃げた。散弾銃でのヒールは多くの魔力を使うため、真っ向勝負は避けたかった。


どこかに入れる部屋がないか、レグは廊下の途中にある扉を開けようとした。だがどれも鍵がかかっているようで、びくともしない。彼は諦めて、廊下をまた走り出した。


――ドオオン!


レグの真横の壁が、外側から壊れた。慌てて、レグは頭を両腕で庇った。飛び散った破片が肌をえぐり、血が飛んだ。

壁をぶち破ったのは、別のゴーレムだった。手に持った石の棍棒を振りかぶり、一歩でレグと距離を詰めてくる。


逃げようとした瞬間、後方に圧を感じた。

振り返らなくてもわかった。先ほどの一体目のゴーレムが、レグのすぐ後ろにいる。


(挟まれた!)


不安定な石の腕から、棍棒が振り下ろされる。ぎゅっと唇を引き結んで、レグは正面のゴーレムに飛び込み回避を試みた。間一髪、ゴーレムの股の下をすり抜けたが、頭に根棒がかすめてぐらぐらと視界が揺れた。足にも激痛がした。それでも体勢を立て直す。


棍棒が床にめり込み、2体のゴーレムは正面衝突した。土煙とともに、ばらばらになった石が宙を飛んだ。レグは新しい弾丸を装填した。2体の足元の床に向かって、腕の痛みに耐えながら撃ち込む。

石が落下し種を押しつぶすと、床から火が吹き出しゴーレムたちを包んだ。


しかし、ゴーレムたちはすぐに体を組みなおした。今度は石同士ががっちりと組み合わさり、さきほどまでの不安定さはない。炎を纏って真っ赤に燃え盛りながら、2体はレグに向かってきた。

レグは呼吸を整え逃げようとした。だが心臓は早鐘を撃ち、痛む足は動かない。ただ睨みつけることしかできない。


その時、一筋の光が、ゴーレムを真っ二つに切り裂いた。

続けてもう一筋。石は一瞬宙に制止し、バラバラになって床に落ちた。さらさらと砂になって消えていく。


やがて砂がすべて消えて、視界が開けた。そこには、獣の友人が立っていた。


■■


観客席から不安げに水晶を見つめながら、ミアは両手を握り締めていた。

(レグ……大丈夫かな。チャイ連れて行ってもらえばよかった)


そんなことを思いながら視線を動かし、遠目からギルドマスターと魔導士を見る。


(魔導士スレイ……S級で最も冷徹な冒険者、か)


スレイは非情で有名だ。任務の遂行を第一優先にし、時には仲間に対して冷徹な指示や行動をするという。


『試験といえど、死は等しく隣にある』

スレイの言葉を掻き消すように首を振って、ミアはまた水晶に目を戻した。


遠くにいたミアは気付かなかった。スレイの杖にはめ込まれた二つの魔法石にひびが入り、塔が霞むように一瞬揺らいだのを――


■■


「ロイド!」

「レグ?!」


現れた白い犬獣人――ロイドはレグを見て、目を丸くしながら駆け寄ってきた。それから嬉しそうに笑う。さっきまで逆立っていた白い毛は大人しくなり、眉間の皺は無くなっていた。


「なんだ、一緒だったのかよ!」

「助けてくれてありがとう! 死ぬとこだった!」

「気にするな! しかし、ほんとにソロなんだな……」


レグは少々ムッとした。


「冗談だ! 銃使ってるってことは、遠距離攻撃が出来る様になったんだろ?」


遠くからのチクチク攻撃は最強だぜ、とロイドが言い、レグは苦笑いした。


この場所で、気心知れている友人がいるのは心強い。ロイドも同じだったようで、二人は一緒に探索することになった。レグはロイドに、新しい武器について軽く説明することにした。ただ、レグのヒールの話をすると背景が大変ややこしくなるため、それは脱出してから話すことにして、『弾の種を入れると攻撃が出る、そのほかにもいろいろ秘密があるんだよ』とだけ伝えた。


二人は城の奥に進んでいった。出てくる魔物はロイドが引き受け、レグは主に魔法石の探索を担った。


レグがある一室に入ると、そこは書庫だった。壁一面の棚に整然と本が並んでいる。背表面に宝石が埋め込まれている本や、魔力の込められた本もある。

魔法石が隠されていないかと見回していると、床に大きな焦げ跡を見つけた。廊下の絵画を思い出して、背筋に冷たいものが走り、足を止める。


「魔法石あったか?」


後ろからかけられたロイドの声に、レグははっとした。振り返ると、魔物を片付けたロイドが部屋を覗き込んでいる。心強い味方に、レグはふっと息を吐いた。


「ない。ちょっと、焼け跡が気になって……」

「なんだろうな。ま……チョコレートでも食って落ち着け」


ガサゴソとポケットから包みを取り出し、ロイドは棒状のチョコを取り出した。パキンと半分に折って、レグに差し出してくる。

レグは礼を言って受け取った。口に含むと、チョコの甘さが心に染み渡る。


「いつも思ってたけど、ロイドのチョコはちょっと違う味がするね」

「そうか? 故郷の味だからな……都会人には貧乏くさい味だってさ……母ちゃん……」

「ち、違う違う、美味しいよ!」


レグが慌てて否定すると、ロイドがげらげら笑った。


■■


魔法石が見つからないまま、時間だけが過ぎていった。ほとんどの部屋が荒れていて、探すのも一苦労だったのだ。二人は焦りを感じながら、次の扉を開いた。


そこは大きな聖堂だった。広いホールにベンチが並んでいて、中央奥に祭壇とパイプオルガンがある。


「城に聖堂まで作っちゃうんだ……」

「すげえ金かかってるな」


ロイドが中を見回しながら言った。ベンチは金で装飾されており、床は大理石だ。周囲に並ぶオブジェは金剛石で作られ、キラキラ輝いていた。


「見ろよ、魔法石だ」


ロイドが奥を指さした。祭壇の上に魔法石が二つ、青白く光っていた。


「あれだ! やっと見つけた!」

「実はガラス玉だったらどうするよ」

「何言ってるんだよまったく……」


ロイドの茶々にあきれ顔をしながら、レグは聖堂の奥に進もうとした。


その時、黒い霧があたりに広がった。霧は中央に集まり、濃くなっていく。

やがて、その霧から銀色の騎士が出てきた。


頭から足の先まで銀の鎧で覆っており、微光を放つ剣を両手で構えている。鎧の隙間から黒い魔力が漏れ出しており、ただの人間ではなさそうだ。


(あの紋章……)

レグが騎士を見つめていると、ロイドが抜刀した。彼は普段、素手で戦うスタイルでピンチの時にしか武器を使わないから、それだけ危険な相手という事なのだろう。

歯をむき出してうなりながら、じりじりと騎士に近づく。


「援護頼む!」


騎士も間合いを取りながら、ロイドと対峙した。白い毛が揺れ、ロイドが先に地を蹴った。


首を狙った一撃目ははじかれた。騎士が素早く動き、腹に突きを入れてくる。間一髪、体をひねってその剣を爪で受け止めながら、大きな斬撃で反撃した。それは騎士の腕を切り落とした。ガシャンガシャンッと鎧が床に落ちる。

だが、血が噴き出すはずの騎士の体からは、黒い霧が立ち上るだけだった。床に転がったのも、鎧だけ。


「おい、こりゃあ……!」

「怨霊……! 闇の力だ!」


死んだ人間の魔力が現世にとどまったまま年月が経つと、魔力の心臓ができ、実体のない魔物に変化する。それは悪霊と呼ばれ、生きた人間に危害を加えるため恐れられていた。


驚いて一瞬止まったロイドに、騎士の剣が襲いかかる。レグは騎士の剣を狙撃した。種から電撃が走って騎士が後退した隙に、ロイドがレグの隣に避難してくる。


「やっぱそう簡単じゃねえよな! レグ、俺が気を引き付けるから、魔法石を回収してくれ!」

「わかった!」


正面対決では勝てないという事だ。レグは脇目も振らずに、魔法石に向かって走った。ロイドならきっと大丈夫だ、と当たり前のように思った。


「うおおおおお!!!」


ロイドは近くのオブジェを片手で脇に抱えると、豪快に騎士に突撃した。オブジェをぶん回し、騎士の腰にぶつけて吹き飛ばす。壁に激突した騎士を、そのまま押さえつける。

騎士も負けじと抵抗した。剣の柄で、ロイドの肩口や腹を強打する。だがロイドは筋肉を肥大化させ、ますます押さえつけた。


ロイドはちらりと祭壇の方を見た。ちょうどレグが魔法石に手を伸ばしていた。


瞬間、騎士が何かを唱え、剣が炎をおびた。ピンとした緊張が、聖堂に漂う。

レグが魔法石を掴んだ瞬間、ロイドを跳ね飛ばした騎士が剣を高く掲げた。剣から火柱が上がり、膨張する。そして――爆発と共に、炎が聖堂内を駆け巡った。





「ぐっ!」


風と炎に吹き飛ばされ、レグは床に転がった。火傷をした全身が酷く痛む。手早くヒールをかけ、慌てて腕の中を確認する。

魔法石は無事だった。もう一つは、粉々のガラスのように割れて床に散らばっていた。


「ロイド!ロイド!」


聖堂は破壊されて、大きな瓦礫がそこらじゅう山になっていた。熱い床から立ち上がって、レグは声を上げる。騎士の近距離にいたロイドが平気だとは思えなかった。


――ふらりと、こちらに近づいてくる影が見えた。あの姿は、ロイドだ。


「ロイド!」


急いで駆け寄ろうとして、レグははっとした。

ロイドの背から黒い霧が立ち上っている。目は真っ赤に充血して、ぎらぎらと光っていた。フーフーッと荒い息遣いがやけにはっきりと聞こえる。


「……なに……まさか!」


レグは後ずさった。

ロイドが剣を持った腕を振り上げた。剣から火が立ち上り、レグは嫌な予感が的中したことを知った。


(憑りつかれたんだっ!)


強い悪霊は、生き物に憑りつくことができる。体を乗っ取るのだ。


「た、助けなきゃ」


しかし、運動神経のいい獣人の体を乗っ取った悪霊である。一人で相手にするなど不可能だ。そう思った瞬間、一気に間合いを詰められた。空気が避ける音がした。

死ぬ――そう直感して、レグは顔を腕で覆った。


しかし、剣が静止した。


戸惑いながら顔を上げる。ロイドの体は相変わらず霧に包まれている。しかし振り上げられたその腕は、ぶるぶると震えながら硬直していた。


「はや……くっ逃げ……ろっ!」

全身震えはじめたロイドの喉から、絞り出すような声がした。


「魔法石持って……クリアしろ……!」

「ロ、ロイド」

「早くっ!」


ロイドが吼え、剣が燃え盛った。レグは迷いを振り払うように駆け出した。


■■


城の中を一心不乱に走る。

ふと、レグは、自分が出口に向かっていないことに気付いた。まるでクリアすることを望んでいないようで、彼は立ち止まった。

近くに怨霊の気配はない。


(これは、試験で……実戦じゃない、から……ロイドが死んだりとか、ないよね……)


そう思おうとしたレグの頭に、スレイの言葉が蘇ってきた。


『試験といえど、死は等しく隣にある』


冷たい言葉が、頭を駆け巡る。もし、あの言葉が本当なら、ロイドはどうなるのだろうか。

彼を助ける方法はある。祓い魔術を使って、悪霊を引き離すのだ。だがあの悪霊を祓うには、レグの魔力では足りない。


(俺があれに勝つのは無理だ。でもロイドから祓うだけなら、魔法石の魔力で補えばできる。……祓ったら、魔法石はただの石になって失格だ)


ロイドも、クリアしろと言っていたのだ。罪悪感を感じる必要はないのだろう。だが――

決められないままでいると、ふっと何かの香りがして、レグは立ち止まった。桜の匂いだ。そちらを見ると、何やら豪華な扉があった。


「ここは……?」


扉を開け、中に入る。

どうやら誰かの私室のようだ。書斎机やベッドなど家具が置いてある。不思議なことに、それら全部が銀で出来ていた。


「銀の部屋……? あっ、早く出ないと……」


踵を返そうとして、また桜の香りがした。それと、近くの壁になにか彫られているのに気付く。レグは部屋の鍵を閉めて、それに近づいた。手でほこりを払う。


『だれも信じるな』そう書かれていた。


レグはぐっと手を握りしめ、扉を振り返った。


■■


ロイドはぼんやりした意識の中にいた。体は自由に動かず、勝手に動く視界を意識が眺めているだけだ。


(俺の体勝手に使いやがって……)

伝わるかと思い罵倒してみるが、怨霊から反応はない。ロイドはムッとした。

怨霊はロイドの体で歩き回っていた。レグを探しているのである。


(はっ、今頃はもうクリアしてるよ。……そうであってくれ)


怨霊はいくつか部屋を見て回っていた。そうして、ある部屋で立ち止まった。扉を開く。


(なんだ? 銀……?)


怨霊が、部屋に足を踏み入れた時――扉の影から、人影と青い光が飛び込んできた。




レグは魔法石をロイドに叩きつけると、魔術を唱えた。青い石が真っ二つに割れて、中から鎖が現れる。それはロイドに絡まり、締め付けた。


耳をつんざくような悲鳴が上がった。黒い霧がロイドから離れ、どこかへ逃げていく。上手く祓えたようだ。

鎖が消え、彼の体から力が抜けた。レグは慌てて、床に倒れかかった体を支えた。


「……はっ! レグ?!」

「よかった! 平気?」

「あ、ああ……俺憑りつかれて……なんだこの部屋……」


辺りを見回し、首をひねる。それから割れた石ころを見て、眉根を寄せた。


「これ……クリアしろって言っただろうが! なんで使ったんだよ!」


レグはかぶりを振った。吹っ切れたように立ち上がる。


「さっき助けてくれただろ」

「それは、その……そんなの気にするんじゃねえよ」


ロイドはばつが悪そうに目を逸らした。人差し指で頬をかく。


「それに、俺はヒーラーだよ。前衛を助けるのが仕事だろ」

「……はあ、しゃあねえな。また来年だ」

「うん。でも、このまま失格なんて癪だ。ロイド、あいつに一発仕返ししてやろうよ」


ロイドは目を見張った


「仕返し?」

「さっき戦ってた時に、あの悪霊の、魔力の心臓の場所分かったんじゃないかと思ってさ。それを壊せば、消滅させられるだろ」

「ああ、まあな。あの鎧に入ってるときは、頭の真ん中にあるようだ。うーん、そりゃ攻撃できればいいが、当然向こうも弱点を分かってる。そう簡単に隙を見せねえよ」

「もしかしたら、隙を作れるかもしれない」

「どうやって?」

「これは、憶測だけど。毒を使うんだ」

「毒? どうして?」

「この部屋だよ」


ロイドは再び部屋を見回した。


「落ち着かねえ部屋だが……どれも銀でできてるのか」

「この城の持ち主は、毒殺を恐れてたんだと思う」

「銀が毒で変色するからか。しかし、食器だけじゃなく家具までとは……病的だな」


レグは頷いた。それから、机に掘られた文字を示す。


「この文字、城の主が彫ったんだよ。暗殺を恐れて、誰も信じてなかったんだ。入口の隣にあった墓石の名前はきっと、廊下の絵画に書いてあった女性と子供。あれが火で燃やされていたから、城の主はおそらく……」


妻子を殺した。レグはみなまで言わず、口を閉じた。


「あの騎士の持ってる剣の紋章、絵画と同じものだったから、怨霊になったのは、城の主の魔力だと思う。怨霊が生前の思考に影響を受けているなら、毒には過剰反応するはずだ。隙を作れるかもしれない」

「なるほどな。怨念になっても銀の鎧を付けるぐらいだし、あり得るな」

「でも、賭けだよ。リスクがあるのは分かってる。このまま時間を稼げば、タイムアップで戻れるはずだ。戦いに行けば、死ぬかもしれない」

「今更そんなこと言うなよ。さっき怨霊を祓った時点で、やるって決めてたんだろ。俺も一緒にやるさ。

 それで、レグは毒持ってるのか? 俺は持ってないぞ」

「いや、持ってない」

「ええ?! 持ってなかったら意味ないぜ!」

「大丈夫、考えがあるんだ」


■■


騎士が廊下を歩いている。何を追うでもなく、いつもの作業のように淡々と進む。


近くの部屋に潜んだレグは銃を構えていた。潜んだ扉の隙間から銃口を出し、狙いを定める。


敵が扉の前を横切る瞬間、レグは発砲した。

騎士のすぐ近くにあった花瓶がバリンッと割れた。中から液体が噴き出し、騎士に降りかかる。途端に、鎧が真っ黒に染まった。ぎょっとしたように動きが止まり、鎧の頭部から黒い霧が漏れ出す。


「ロイド!」

「ああ!」


言うが早いか、張り付いていた天井からロイドが飛び降りた。同時に繰り出した一撃は、鎧の右肩を切りつけた。レグは気を逸らすために騎士に発砲し続ける。着地したロイドに、騎士が攻撃を繰り出した。だが、軸がぶれたような鈍い斬撃だった。


「憑りつくんじゃなかったな! 全部見切ってんだよ!!」


ロイドはばねのように飛んで全てをかわすと、腕に力を込めて突撃した。


ドンッ、と一直線に剣が頭部を貫いた。

刃の突き出た後頭部から、黒い霧が勢いよく吹き出す。鎧が力を失って床に落ちた。破裂するような音がして、粉々に砕け散る。

黒い霧があたりに漂い、力なく薄くなっていった。


■■


少し前――

銀の部屋で、レグはロイドに言った。


「毒はない。でも、毒じゃなくていいんだ。銀は確かに、毒に反応して黒ずむ。でも実際は、毒の中の硫黄に反応してるだけで毒と関係ないんだよ。だから、変色させて毒だと誤解させればいい」

「硫黄か……」

「入口にいたトカゲと戦った時、硫黄の独特なにおいがした。試してみなきゃ分からないけど、トカゲの吐く唾液を使えば、変色させられるかもしれない」

「よし、やってみよう。しかし、騎士と鉢合わせせずに行けるか? 俺がおとりになろうか」

「大丈夫。騎士はそこまで来ないよ」

「どうして?」

「探索した時に気付いたんだけど、荒れた部屋と綺麗なままの部屋があるんだ。荒れた部屋は、金目の物は奪われてた。でもこの部屋や、聖堂、書庫とかは全部残ったままだ。そこに盗人が入っても、騎士と遭遇して殺されてたんだと思う。廊下の荒れ具合と、部屋の配置で、騎士の通るルートは予想可できる。もちろん、全部調べたわけじゃないから正確じゃないけど……」

「なるほど。暗殺を恐れて伯爵が引きこもってて、怨霊が生前の影響を受けているなら、決まった部屋にしか行かないのはあり得るかもな。

……あー、だからこの部屋に奴が来るってわかったのか。それで待ち伏せてたんだな」


レグは頷いた。


■■


黒い霧がすっかり霧散した。何かがコロンと落ちて、レグの足元に転がってきた。

拾い上げると、まばゆいほどの青い光を放っていた。


「魔法石……?!」

「おめでとう」


背後から声がして、レグは振り向いた。


視界に入ってきた風景は、城の中ではなかった。どこまでも続く空と、足元に広がる水面。静止した雲と、そして、水面にたたずむローブの男。あるものはそれだけだった。


「スレイさん?!」

「一次試験突破だ。よかったな」

「え?! あっ、ロイドは?!」

「別の空間でもうクリアしたよ。こっちにいたのは、幻術で私が作り出した幻覚だ。とはいえ、ほぼ本物クオリティと言って過言ではないな」


自画自賛しながら、スレイはうんうんと頷いている。なぜか大変機嫌がよさそうだ。

レグは付いていけずに顔をしかめた。まあ、よく分からないが、自分は試験をクリアして、ロイドは無事らしい、と思った。

体から力が抜け、へなへなと座り込む。


「合格、したんですか……いやちょっと聞きたいことが多すぎて……」

「遠慮することはない、何でも聞きたまえよ」

「ええっと、それじゃあまず、なんで幻術でロイドをわざわざ?」

「条件を同じにするためだ。君の課題は、冒険者になった私が初めて行ったダンジョンだ。私はいろいろなギルドを渡り歩いてたから、ざっと200年ほど前のことだ」

「200年?!」


レグが素っ頓狂な声を出すと、声を上げて魔導士は笑った。


「初老と偽っていたが、実は老老なのさ。魔法石の魔力で体を保っているんだ」


とん、と杖で地面を突き、スレイは言った。杖にはめ込まれた魔法石のヒビは、ずいぶん大きくなっていた。


「もしかして、追憶の塔って名前は、今までのダンジョンを再現したからですか?」

「そうだ。今回の試練は全部、私が過去に突破したダンジョンを再現した。ま、ヒントは追加したがね。

私はただ、見たかったんだよ。……昔あの場所で、君と同じように、私の仲間は怨霊に憑りつかれた。私は仲間を殺した。私は助けなかった。仲間は死に、悪霊は強力な魔法石を残して消えた。仲間と引き換えに、膨大な魔力を手に入れたんだ」


スレイは杖を見つめた。


「それが、間違った判断だとは思っていない。ギルドに所属している間、私は沢山の任務を達成し貢献したからな。だが――ただね、別の答えを見てみたかった。

だからこの舞台を用意したんだ。そして君は、見事に示した。最後に、君の選択を見られてよかった」

「最後……? まさか、魔法石の魔力が尽きたら……」


レグの問いに、スレイは頷いた。


「S級の枠が開くな。立候補してみたらどうだ?」

「え?! いや俺には……」

「はは、冗談だ」


スレイはクククと肩を震わせた。


「これは最後の魔術だった。もう私は世界から消える。今日は……いやもうずっと前からだな。たくさんの若い可能性を見た。俺の頃とは違う選択を見た。俺のような奴はもういないんだろうと、安心している……」


スレイは顔を上げた。杖を一振りする。


「すまないな、年を取ると独り言が長くなるんだ。

レグホーン、後ろの扉から外に出られる。胸を張って2次試験に進め」


レグは後ろを振り返った。いつの間にか扉が出現していた。

それっきりスレイは何も言わなかった。レグは戸惑いながら、扉に手を掛けた。それからふとスレイに向き直る。


「あ、あの、一つ聞いてもいいですか?」

「何だ?」

「桜の香り……あれもヒントですか?」

「……いや。何の話だ?」

「そうですか……いえ、あれだけ直接に誘導するような感じだったので……なんでもないです」


レグは扉に向き直り、先に進むために扉を開いた。中から真っ白い光が差し込んで、彼を包んだ。





――扉が閉まった。水面に波紋が広がる。


静寂の中に、ぱきん、と乾いた音がして、2つの魔法石が割れた。落ちて、ただのガラス玉のように砕ける。杖がきらきらと輝いて消え、空っぽになった手をスレイはそっと握り締めた。


ふわりと桜の香りがして、スレイは顔を上げた。懐かしい香りだ。


「今日は、そうかあの日か。向こうからわざわざ罵倒しに来たのか?」


呟きに返答はない。ただ優しい香りが漂っているだけ。


「迎えに来たんだと、思っていいのか」


背景に溶けるように彼の体は薄くなって、やがて消えた。


■■


扉の先は、会場に続いていた。すでに塔はなく、フィールドはぽっかりと空いていた。


祭壇の上には、ギルドマスター一人だけがいた。マスターが手を掲げると、一次試験終了の鐘が鳴った。中央の大きな水晶玉に、合格者の名前が浮かび上がる。レグは自分とロイドの名前があることに息を吐いた。

死者はおらず、怪我した冒険者も塔から出たら治ったらしい。あの言葉はやはり脅しだったようだ。

レグは安堵して、控室に戻った。


2次試験まではまだ1時間ほどある。あれが幻術とは分かっているが、ロイドに会って無事を確認したかった。


控室の中を見て回ると、ロイドはベンチに座って休んでいた。


「ロイド!」

「レグ」


ロイドはのろのろと顔を上げた。どこか顔色が悪いように見え、レグは眉根を寄せた。


「体調悪いのか? ヒールかけようか?」

「……いや、いい。健康だ。ただ気が重いっていうか精神的にちょっとな。あーほら、あの一次試験のダンジョンがな」

「一体どんなダンジョンだったんだよ……医療室で少し休ませてもらったら? 霧が出たら困るし……」

「霧……? まあ、そうする。2次試験まで時間があるしな」


レグはロイドを医務室まで連れて行った。始まったら呼びに来るよ、と言い残し、会場に戻る。


2次試験はトーナメント制だ。前衛ポジション、後衛ポジションに分かれる。参加者同士がライバルだ。みんな少し緊張した面持ちで、それぞれ練習をしていた。

休憩時間という事で、観客席も空いている。外の屋台は大盛況に違いない。

レグも持ち物を確認し、二次試験の準備を始める。


そんな会場に、半乱狂の男が飛び込んできた。全身に汗をかきながら取り乱している。


「大変だ!!大変だ!!」


なんだなんだと冒険者たちが男の周りに集まって、落ち着く様に言った。男は首をちぎれそうなほど振って、叫んだ。


「サイクロプスがこっちに! 大群で押し寄せてきてる!!」

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