第2話変化


午前0時。

いつものようにレイラルドは目を覚ました。

部屋は明かりが灯っている。

いつものように用意されている紅茶を飲んで、いつもと同じ様に身支度を整える。


いつもと同じように食堂で食事をして、厨房に片付けてから、書斎に行ってカーテンを開ける。

今日は曇っていて星が見えない。

日記帳の昨日の記入を確認する。


特に何事もなかったらしい。

《今日もお健やかに御過ごしください》といつもの様に書いてある。

何だか今日はそれが少し気に障ったのを気付かないふりをして課題に取り掛かる。


周辺諸国の言語を勉強しているが、果たして役に立つのだろうか。いや、異国の本を読むときには役に立つか。

発音は知らない言語を黙々と覚える。

レイラルドは記憶力がいい。

一度見たり聞いたりした事は忘れない。物心ついた前から既にそうで、レイラルド自体それは当たり前の事で普通の事だった。

胎児の頃から記憶があり、そこからずっとレイラルドを覚えている。―――それを知っている者はいないが。


レイラルドは何度か休憩を挟み、課題を終わらせた。



静かな屋敷の中を歩き、庭に向かう。



見上げた空は曇ったままだ。

雨雲では無さそうだが、太陽は隠されており薄暗く、肌寒い。


気分が少し落ち込む。


庭を一周走り、柔軟をした後木剣で素振りをする。








ああ、嗚呼、駄目だ。今日は、駄目な日だ。


鼻の奥が痛い、目が熱い。

ぐっと歯を食いしばりながら、我武者羅に木剣を振るう。


何度も、何度も、何度も、家来達を探しに行ったことがある。

乳母に、メイド、料理人、執事、従者、医師、護衛、みんなの名前を呼びながら探して、探して、探して・・・

次の日の日記帳にみんなからのメッセージが書かれていた。ちゃんと居る。貴方のそばに居る。


本当に?本当に居るの?

レイラルドにはわからない。


だって、レイラルドが起きているとき、彼らは姿が消えてしまうのだ。


呪われたレイラルドの所為で。






ヒューヒューと呼吸をすると喉が鳴る。

ふらりと体が傾いて、地面に倒れる。

苦しい。痛い。

主人が倒れても誰も助けに来ない。―――助けられない。



荒い呼吸を繰り返し、地面に無様に転がったままのレイラルドの耳朶に僅かに草を踏む音が打つ。

ハッとして、レイラルドは顔を上げる。


少し、期待があった。

もしかしたら、家来の誰かかと。


だけど、違った。




そこに居たのは、知らない男だった。



レイラルドは目を見開く。



この敷地内で、レイラルドが起きている時には人間は姿が消える筈なのに、男はちゃんと姿がある。




「へぇ、あんたが呪い屋敷の王子様か」


男は地面に転がったまま呆然と自分を見上げるレイラルドを見下ろしてニヤリと笑った。




冒険者か、傭兵だろう風体の男だ。腰には片手剣が下げられている。

武器を持った見知らぬその男に攻撃されるかもしれない。

なのに、レイラルドはただ呆然とするしかなかった。




五年ぶりに、他人を見たのだ。他人の声を聞いたのだ。






じわりと涙が浮かぶ。


ポロリと涙が溢れると、男はぎょっとした様な顔をする。



「お、おい、別嬪でも、男でガキの涙には興味ねぇぞ」


少し焦りながら男がしゃがみこみ、レイラルドの顔を覗き込む。


青い瞳が、気遣わしげな色を宿しているのを見上げながら、レイラルドはゆっくりと瞼を閉じた。



いつの間にか正午になったらしい。





レイラルドは、午前中しか起きることは出来ない。




正午となった瞬間、眠りにつく。

そして、次の午前0時まで起きることはない。











レイラルドが眠った瞬間、男は吹っ飛ばされた。






「若様から離れろ!」






男は目を見開く。



姿も気配もなかった筈なのに、大勢の人間に囲まれていた。






皆、自分に敵意を向け、戦闘体勢をとっている。

ちらりと見えたレイラルドは、メイド服の女性と白衣の男に抱き起こされている。






「はー、ホントだったんだなぁ、呪いの屋敷の噂」


興味深そうに、男は目を細めた。


「貴様、何者だ!何故ここへ来た!何故、」



若様の前に姿が現せられた!





「はは、いや、なに、ここの近くの街でこの屋敷の噂を聞いて確かめたくて来た、







呪い無効のスキル持ちのしがない冒険者でさぁ」

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