第16話 妖怪のふしぎ

「へえ〜。雪春はモテモテじゃないか。ボクというものがありながら」


 その声にハッと教室の扉の方を向くと、本来ならここに絶対に居るはずのない人物がいた。


 ――そしては僕たちの教室に入ってくる。


 華やいでいてそれでいて澄んだ音で「ボク」と言った声の主、もふもふ尻尾は九本生えて、頭にはふわふわの耳がぴょこぴょこして、年の頃は僕らと同じぐらいなのに威厳と妖艶さと強力な妖気を漂わせたあやかしが……。


「「ハクセンっ!?」」

「あなた妖怪九尾の総大将ですわね?」


 ハクセンは着物でキメた麗しい姿の立ち振る舞いだった。

 しなかやな手には、白地に桜と福寿草とレンギョウが描かれた黄金色の房のついた扇を持ち振るった。

 すると妖狐の仲間の管狐クダギツネが数体と狐火がハクセンの扇から飛び出してくる。

 ハクセンの身の回りに護るようにクダギツネと狐火が囲って、弱いあやかしや邪気が彼にやすやすと近づけない妖気を放つ。


「どうして? あれ、ハクセンがどうしてここに居るの? ハクセンはおじいちゃんと一緒に田畑づくりをしているんじゃ……」

「『どうして?』か。どうにも様子が気になったものでね。鬼の動きも気になるし、ボクの勘が告げるんだ。色々とピリピリとした不穏な気配がするものだから、田畑づくりはライコウや甚五郎たちに任せて、ボクはこちらにしばらく来ることにした」


 そう言い放つと、妖怪九尾総大将ハクセンは妖術で変身変化して、中学校の制服を着た人間の姿になった。

 ……それが、ボクとシグレと同じ男子の制服じゃなくって……。


「あなた! どうして女子の制服に変化へんげしているのです!?」

「ああ、知らないんだ? 妖怪人魚姫ってもうちょっとあやかし界隈に精通しているのかと思っていたのにねえ。がっかりだよ、もっと励んで勉強したまえ」

「きーっ! なんですの? 生意気ですわ! 陸の勢力は妖狐か鬼か、そして海の勢力は妖怪人魚が牛耳るという妖怪世界の暗黙のルールを壊したいのですか? なんなら陸も妖怪人魚が支配してやりますことよ」


 ……な、なにがなにやら。

 目の前には中学生の制服を着た絶世の美女がふたり、すごい剣幕で言い争っている様にしか見えないけど。

 内容は妖怪の権力争いかと思いきや……。


「雪春はボクのものだよ」


 妖怪九尾ハクセンがボクの腕に腕を絡めて、くっついてくる。


「まあ――っ! 破廉恥な! その手、今すぐ雪春から離しておどきなさいっ、ハクセン!」


 え、えーっと?

 ボクはパニックになっているというのに、シグレが大声で笑い出した。


「雪春! 良かったなあ。両手に花じゃないか」

「ちょ、ちょっと、二人ともやめてよ。シグレ、シグレも笑ってないで一緒になだめてケンカを止めてよ」


 ボクにはなにがなんだか。

 それに九尾ハクセンが、どうして女子生徒の制服を着ているんだ?


「ハクセン、どうして……。あ、あの〜」


 まあ、あの、今どきはジェンダーレスという言葉もあるから、男子でもスカートを履くのは良いとは思う。

 でも、ボクを……そのお……。


「ボクが雪春と恋人になって結婚するんだから。たくさん妖狐の世継ぎを産んで九尾の里を盛り上げて安泰させるつもりさ」

「んっ? 世継ぎを産むって……僕は人間で男なんですが。ハクセン? 僕はどう頑張っても子供は産めないけど」


 うふふっと九尾ハクセンは僕を見つめてにこやかに笑った。

 ハクセンの艶っぽい笑顔に瞳に吸い込まれそうだ。

 ぎゅっとハクセンに腕を組まれたままだった僕は急に恥ずかしくなって、ボッと顔が熱くなった。


「雪春、そこは心配しないでもらいたいな」

「えっ? でもハクセン。……君がいくら妖力が強くて高い能力があったとしても、妖怪と人間の異種間でも男女じゃないと子供は産まれないよね?」

「そ、そうですわよ! あなた男でしょう? それにさっきから馴れ馴れしく雪春に抱きついて不愉快ですわ。早くおどきなさい、お付き合いもしていないのに穢らわしい」

「澪がそれを言うか〜?」

「黙らっしゃい! シグレ! あなた、どっちの味方なのよっ!?」

「どっちって。どっちってなあ……」


 いつもははっきりすっぱりと(サクラさんのこと以外は)男らしいシグレも、美人妖怪の幼馴染の澪の凄まじい剣幕にはたじたじだ。


「雪春、そこら辺はご心配なく」

「ご心配なくって? どうゆうこと?」

「ボクら妖狐は両性具有だから。男でも女でもその時々で性別を変えることが出来る特殊で高貴な妖怪なんだよ? ねっ? 雪春。今すぐじゃなくてかまわない。けど、近いうちにボクをお嫁さんにしてくれるよね? 梓の息子だもの、ボクの念願が違う形でようやく成就するね。まあ、美空か彩花でも良かったんだけど。ボクとしてはやっぱり大好きな雪春と添い遂げたいんだ」

「ちょ、ちょ、ちょっと待った〜! さり気なく告白されても、僕、まだ頭が追いつかないよ」

「まあ、それではハクセンはそのミソラさんやアヤカさんって方でも誰でも良いってことですわね。気になる相手のその中ではとりあえず雪春で良いやって軽いお気持ちなんでしょう?」

「違うからな。ボクはたしかにこれまで大勢好きな子がいたけど、今は雪春が一番だ」

「まあっ! 想う相手がたくさんいらっしゃるんですのね? 雪春っ!! そんなとんでもない浮気性な狐の総大将より一途な人魚姫を選んでくださるわよね、雪春? ねえ、雪春〜?」


 シグレがお腹を抱えてげらげらと笑っている。

 笑い過ぎだよ、他人事ひとごとだと思って〜!


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