第11話 サクラさんと晩御飯作り
「ただいま〜」
少し疲れた顔のサクラさんが家に帰って来たのは5時過ぎだった。
店の入り口ではなく勝手口の方から入って来たサクラさん、一階の茶の間でのんびりとしていた僕と瞳が合う。
にこっと、サクラさんは顔を綻ばせ笑ってくれた。
「おかえりなさい。あれ? 豆助と虎吉は一緒じゃ?」
「あぁ、豆助と虎吉? ポン太が来てたでしょ? みんなで出掛けて来るって、山の方へ行っちゃったわ。美空ちゃんと彩花ちゃんは?」
「美空は部屋で勉強、彩花は子守に疲れて寝ちゃった」
小学生の彩花の子守はただ寝ているナギ君とヤマト君に寄り添い、布団を掛け直したりするだけだったけれど。それでも彩花はあの子達を守ろうと思ったのだろう、気を張っていたみたいで、今はぐっすりと昼寝の真っ最中だ。
「子守?」
サクラさんは首をかしげた。顔には疑問符の『?』が浮かぶ。
僕はかいつまんでナギ君とヤマト君の話をすると、サクラさんは少し悲しげな表情になる。
「あぁ。その子達、よくお店に来る子達なんだ。甚五郎さん、優しいからね。私のことも面倒見てくれてるし」
僕はどこまで踏み込んでいいか分からなかったけれど、サクラさんのことをもっとよく知りたくなった。
「サクラさん、良かったら僕と晩御飯を作りませんか?」
「うん、良いよ。着替えて来るから離れのキッチンで待ってて」
サクラさんは、僕等の住まいの横の一軒家の二階に住んでいる。
僕等の部屋とお店があるのが母屋で、渡り廊下で繋がっている『離れ』と呼んでいる一軒家の一階に豆助と虎吉が住んで、二階にはサクラさんの部屋がある。
お風呂もキッチンも離れにはちゃんとあるから、おにぎり定食屋の営業中の僕等の御飯は『離れ』で作る事が多かった。
お客さんが少ない日はお店のミニ座敷なんかで食べることもあるけれど、僕としては気兼ねなく豆助や虎吉、蔵之進さんともおしゃべりしながらみんなでワイワイご飯を食べたいから、離れで食べる御飯の時間も好きだ。
ポン太も今日からしばらく里には帰らず、離れに泊まるって言っていたし、賑やかなのはとっても嬉しい。
離れに行くとふんわり花の香りがしている。なんだろう?
「お待たせ、雪春君」
二階から降りてきたサクラさんは、綺麗な薄い桃色のワンピースを着て、長い髪をポニーテールにしてシュシュで束ねていた。
「どう? このシュシュ、美空ちゃんが作ってくれたんだよ。桜柄なんだ」
「す、素敵です」
僕にはサクラさんの笑顔がまぶしくて、ちょっと顔が
「あれ? 雪春君、顔が赤いよ? 熱とかある?」
サクラさんが不意に額に左手で触れてきたので、僕は慌てて後ずさりをした。
「なっ、無いですよ! 熱なんて。早く晩御飯作りましょう」
「本当に大丈夫?」
僕の顔をのぞきこんでくるサクラさんの顔が近くて、僕の心臓はドキドキドキと
「平気ですって! さあ、御飯作らなくっちゃ。おじいちゃんからハンバーグの材料をもらってきたんですから」
「ハンバーグかぁ、良いねぇ。煮込みにする? おろしハンバーグにしようか? チーズハンバーグでも良いな」
ご機嫌な様子でサクラさんはエプロンをつけて、冷蔵庫をのぞきこんでいる。
そのうち、鼻歌が聞こえて僕は不思議と気持ちが和んでいた。
「サクラさんって音楽が好きなんですね」
「うん。自分でも知らなかったんだよ。蔵さんがね、言ってくれたの。サクラの声には癒やされるから歌を聴かせてくれなんて言われて嬉しくなって。……ふふっ。私って単純でしょう? うちの学校には合唱部が無かったから楽器を始めたんだ」
「蔵之進さんが……」
サクラさんが玉ねぎを切って、僕も横で一緒に玉ねぎを切っていく。人数が多いからハンバーグの材料も量が多い。
手際よく玉ねぎをみじん切りにするサクラさんの真剣な横顔。
僕は手を止めチラッと見てドキッとしてしまった。そんな気持ちを誤魔化すようにサクラさんに話しかけてみる。
「そういや、離れに来たら花の香りがしたんです」
「あぁ、たぶん蔵さんがおまじないをしてくれたの」
「おまじない?」
「うん。私が悪夢にうなされないようにって。時々山に咲く花の香りを届けてくれるんだ」
「へぇ、そうなんですね」
悪夢……か。サクラさんがここに来る前にあった辛い出来事、ちょっとだけおじいちゃんに聞いた話。
サクラさんには、心のトラウマになってしまうほどの事があったのだ。
でも、でもっ! どうか、いつか癒えますように。
僕は胸の中でそっと祈っていた。僕の願いは、二つになった。
――父さんが無事に帰ってきますように。
サクラさんの心の傷が癒えていきますように。
つづく
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