第14話 異世界の常識



それから、わたしの常識を勉強する日々が始まった。

午前中は基本的に自由時間。宿のひどくボリュームのある朝食を食べては気の向くままに街の外を散策する。

ときに服屋のエリスさんのもとを訪ねては、新たなデザインを提供したり、新作の試着をしてみたり。

午後になれば孤児院へ行き、セレネちゃんに文字や言葉を教わる。

基本的な文字は、箱に入った砂に繰り返し書き続けて何とか覚えられた。

しかし単語を覚える段階になって、セレネちゃんと齟齬が発生した。

なにせ彼女からすれば、わたしが口にしている単語が文字になると途端に理解できなくなるという不思議な状態なのだ。

仕方なく、今話せているのは意思疎通を可能にする能力アビリティのおかげであることを明らかにしたところ、


「あびりてぃ? スキルじゃないの?」


と質問されてしまった。

そこでステータス画面について思い出す。コンバートされた後、つまりこの世界仕様のステータスでは、スキルのみしか欄がなかったことを。


「セレネのスキルは?」

「私は協会ギルドに登録してないから分からない」


ちなみに、この世界の人間は協会ギルドのあの装置を使うことでステータスが見えるようになるのだという。

てっきり登録証にスキルが記載されていると思っていたのでひどく驚いた。


「もう少し大きくなったら私も登録するの。だからどんなジョブがもらえるか楽しみなんだ」

「ジョブ? スキルじゃなくて?」

「え? ジョブをもらうとそのジョブのスキルが手に入るんでしょ?」


むしろわたしはスキルに対応したジョブが与えられた気がするが。


何はともあれ、単語の意味が分からないことは変わらない。

そこでまずは子供用の教本を借り、意味を教わりながら覚えていくことに。

幸い英単語を覚える感覚でそれなりに早く頭に詰め込めたと思う。

というか、おじさんになって物覚えが悪くなっていた自分にしては異常な速さで習得できていた。


単語帳と簡単な文法を教える教本が終わって、次にわたしを待ち受けていたのは聖書の朗読であった。

もっと簡単な本がないのかとも思ったが、そもそも本が高価なものであり、絵本や子供の読み物なんて本はそもそも売ってすらいないのだとか。

もっとも、わたしに渡された聖書は子供向けというか簡易版の小冊子みたいなもので、読んでみると道徳の本やゲームの設定資料集みたいで面白かったが。


「かみさま は はじめに だいちを つくった」

「かみさま は つぎに うみを つくった」

「かみさま は たいよう と ふたつ の つきを つくった」

「かみさま は おおい……おおくの いのちを つくった」


なんとか聖書を読み進めていく。

この世界は一人の神様がすべてを作り、やがてこの世界の生き物に世界を託して消えてしまった。

だから今生きている人々は、助け合って良い世界を作っていこう。

それが大まかな聖書の内容だ。

ちなみに、教会のシンボルとなっているのは神様が使っていた神器――聖杯だそうだ。

詳しい逸話はもっと分厚い聖書に書かれていて、簡易版の聖書には載っていないとのこと。


それ以外にも、様々な一般常識についても教わった。

例えば、この世界では1日が20時間(この世界の1時間の長さが地球の1時間と同じかは不明)だったり、一月が40日(2つの月の巡りが一巡する周期らしい)だったり、1年が8か月(つまり320日)だったりする。

それ以外にも、このあたりの国というのは大体都市国家なのだとか、この国は王都以外に衛星都市を6つ抱えた大国なのだとか、この国の名前がノーブルバールだったこととか。


そして、魔獣の存在について。

それは獣が魔力を持ち進化した存在だという。

元の獣より長く生きるようになり、知能も発達し、魔法を使うことすら可能なのだとか。

こういった魔獣の縄張りがあちこちにあり、人類としのぎを削っている。

この世界において、人間は決して頂点に立つ生き物ではない。少なくとも現時点では。

また、獣人の祖は人に化けることを可能とした魔獣であるという説もあるらしい。

魔獣は共生可能なものからどうあっても敵対するしかないものまで様々で、中には魔獣を頂点とする国すらあるという。

いずれにしても人間が主、それ以外は全て従とする地球の常識は通用しないことは確かであった。






そんなこんなで一月が経過したある日、わたしは協会ギルドを訪れていた。

テーブルのあるスペースでは何人かの探索者と思しき人がたむろっているが、昼間は受付に並んでいる人はいないようだ。

ちょうどわたしを登録してくれたお姉さんがいたので、その前に立つ。


「こんにちは。ご用件をどうぞ」

探索者シーカーについて、質問をしに来た」


そう言って探索者証を取り出す。

以前読めなかった探索者証には、以下のようなことが書かれていた。


【探索者 No.01735875693 名前:ルーナ 総合ランキング:素人】


「まず、ランキングについて聞きたい」

「ああ、そういえばルーナさん。ランキングの更新通知が来ています。探索者証をお預かりしますね」


そう言って目の前のお姉さんは登録に使った装置を取り出し、探索者証をセットする。

ガガガガガッ、という音と振動が響き、それが収まった後出てきた銀色のプレートを返却される。


「おめでとうございます。私、ランキング1位なんて初めて見ました」


そんな賛辞を投げかけられながらプレートを見る。

そこには総合ランキングの下にこんな文字が追記されていた。




【雲のような生き方ランキング:1位】




「なに、これ」

「まずは協会ギルドのランキング制度について説明しますね」


こちらの言葉に取り合うことなく飄々と説明を続けるお姉さん。


「まずは総合ランキングについて。これは依頼の達成率や達成した依頼の難易度などからつけられる、探索者登録した方全員でのランキングになります。一定の基準を超えるごとに素人から見習い、一般、玄人くろうとへと昇格します」

「……もっと細かくつけなくていいの?」

「べつに現状困っていませんしね。実は玄人の上のランクがあるとの噂もありますが、どんな変態なんでしょうね」

「待って、これ変態のランキングなの?」

「そうではないですけど、玄人なんて大抵変態だと思いますよ」


ひどい言い方である。仮にも協会ギルド側の人間が言っていい事なのだろうか。


「次に個別ランキングですが、様々な種類のランキングがあり、その人の一番順位が高いランキングが探索者証に表示されます」

「この【雲のような生き方】?」

「はい、そうなります。探索者を本業としている人はこのランキングに命を懸けている人も少なくないんですよ」

「……ちなみに、この【雲のような生き方】の評価基準は?」

「いえ、聞いたこともないランキングなのでさっぱりです」


何をしたからこんなランキングに乗ったのだろうか。あれか、森で動物たちと戯れる生活か。


「安心してください。ランキング2桁以上なら間違いなく変た……頭のおかしな人です」

「今言い直す必要あった?」

「あなたは変態です」

「言い切った……!」


あまりにもいい笑顔を浮かべる受付嬢のお姉さん。殴りたい、この笑顔……!


「それで、他にお聞きしたいことはございますか?」

「……ジョブについて」


落ち着こう。吸血鬼パワーで殴ったらきっとスプラッターになる。ビークール、ビークール。


「まず、基本として協会ギルドに登録することでステータスが見えるようになります。これはよろしいですか?」

「ん」


うなずきを返す。


「このステータスに表示されているのがジョブとスキルですが、どんなジョブが付与されるかの条件は明らかになっていません。ある程度本人の望みに沿っていたり、気質に合致したものが選ばれていることから、ランダムではないと言われています」

「……なるほど」

「スキルについてですが、ジョブに関連したものが付与されるほか、ジョブに関連したスキルが身につきやすくなります」

「ジョブとは関係ないスキルもある?」

「種族に依存するものや、個人の努力・才能によるものもありますね」

「ジョブにはどんなものがある?」

「たとえば有名どころでは『勇者』ですね」


おお、聖女があるからあるのではと考えていたが、やはりあるのか勇者……!


「突出した個人能力を誇りますが蛮勇な行動が多く、ある程度の成果を上げた後に無理な冒険をして死亡することが多いため、大抵若くして死にます」

「おおう……」

「次に『聖女』ですね」


この流れで聖女のジョブ紹介とかろくでもない予感しかしない。


「神聖魔術と回復魔術を得意とするジョブです。女性限定のジョブで、他者を慈しむ性格の人が多いとされています」

「まともだ……!」

「頑張りすぎて魔力欠乏を起こすことが多く、無理がたたって早死にする方が多いです」

「…………ソーデスカ」


上げて落とされてわたしの気分は地に落ちた。


「ほかの有名どころというと『賢者』ですね。魔術が強いというわけではないですが魔術への造詣が深く、魔術開発を行う方がほとんどです」

「オチは?」

「開発中の魔術の暴発で大抵若いうちに死にます」

「普通のジョブはないの?」

「ありますよ? 剣士とか魔術師とか建築士とか」


これはおちょくられてるのだろうか。


「ちなみにジョブやスキルのために登録だけされる方がほとんどで、探索者シーカーを本業とされる方はごく僅かです」

「食いつめたり職に就けない人が探索者シーカーになったりはしない?」

「どの分野にも人は足りていません。よほど職を選ばない限り食い詰めることはないです。そもそも探索者シーカーとは生まれた国の中で生きることを良しとせず、未知を求めて国の外へと出ていく冒険家なのですから」

「なるほど」

「その上澄みともなると、常識をパージした非常識、人間という枠から転落した人外の代名詞ですが」


つまり、本業を探索者シーカーとしている人間とは関わり合いにならない方が良いわけだ。


「ところで、協会ギルドの規約みたいなものはある?」

「ご希望に応じて説明いたしますが、一応規約をまとめた本の取り扱いもありますよ?」

「買わせてもらう」

「……ほう?」


にやり、という擬音が似合うような妖しい笑みが受付嬢の顔に浮かぶ。


「こういうのはグレーゾーンを把握しておくのが大事」

「断言します。貴女は立派な探索者シーカーになれます」

「けなされてる?」

「褒めてますよ、ええ」


にんまりとした笑みを浮かべる受付嬢。

わたしも負けじと挑戦的な笑みを返す。


「では、また」

「はい。ルーナ様のご活躍を楽しみにしております」


踵を返し、依頼表が張り付けられたボードへ向かう。

さあ、最後に探索者シーカーの仕事とやらを確認しよう。

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