第10話 大金持ちになった



山から下りて丸1日。森を出たわたしの手には5本ものハイネ草が握られていた。

いや、実際には森を出る前の1時間で5本手に入れることが出来たのだ。

山を下りてからはもっぱら森の動物たちと戯れながらさまようだけで、成果と呼べるようなものは何もなかった。

しかし今朝起きて出合った鹿にハイネ草の特徴を伝えてどこにあるか知らないかを聞いたところ、あっさり見つけてくれたのだ。

あんな背丈の高い草の中にひっそりと隠れるように生えている(おまけにかなり紛らわしい)草を見つけられるなんて、さすが草食動物だ。

その鹿にはお礼を言って回復魔法で疲れと古傷を癒し、ついでに神聖魔法で祝福っぽいものをかけてあげた。

そして今、わたしはようやく街へとたどり着いたのだ。


「おう、嬢ちゃん」

「ん」


さっそく買い取り屋に入り、ハイネ草を差し出す。


「よく見つけたな。ハイネ草が5本か、規定通りの買い取りで千五百センスになるぞ」


ハイネ草は1本銀貨3枚らしい。1本3万円とすれば確かに高額だ。


「子供が探しに行ったりしないの?」

「基本的にこれが取れるあたりは危険だからな。子供はもっと安い薬草を森と反対側で探してるよ」


即効性のない軟膏薬なんかの材料なら街の薬屋がほどほどの値段で買い取ってくれるそうだ。

そういう材料となる草は街を挟んで森と反対側の草原でも生えているらしい。


「じゃあこれが買い取り証だ。隣の協会で清算してくれ。ああ、ウロコの査定も終わってるぞ」

「ん。ありがとう」


お礼を言って買い取り屋から出て、隣の探索者協会へと入る。

こちらの受付は女性ばかりだ。顔ぶれは以前と変わっていて、登録の時の女性はいない。

今はだれも並んでいないので、とりあえず一番左の受付の前へ行く。


「ご依頼の方ですか?」

「ん、これ」


客と間違えられたので、探索者証のプレートを出して渡す。


「あら、申し訳ありません」

「これと、ウロコの入金をお願いしに来た」


買い取り証を渡して言う。

するとあっという間に奥の別室に案内されてしまった。


「こちら、白竜のウロコの買い取り金額です。ご了承いただけるようでしたらサインをお願いします」

「ん」


読めないので説明してもらうと、税金を引いて313万センスでの買い取りとのことだった。

登録証の名前の位置を教えてもらい、真似をしてサインを書く。


「今いくらか引き出せる?」

「おいくらでしょう」

「金貨3枚、銀貨25枚、銅貨50枚」

「承りました」


受付まで戻り待っていると、小さな革袋を渡される。


「袋は今回限りのサービスです」

「ありがとう」


中を確認してから、わたしの世界へと袋をしまう。

お金も手に入ったのだし、早速街に繰り出そう。

そう思い、表に出て――――


「まいった」


まずは着替えを、と思ったものの、困ったことにどれが何の店かさっぱりわからない。

大きな看板に店の名前は書いてあるのだが、文字が読めない私には見分けがつかない。

看板以外にそれぞれの店に差別化できるほどの特徴もないようだし、人に尋ねても難しいだろう。

仕方なく大通りを歩きながら、まずは物価を確かめてみることにする。

幸い大通りにはところどころに屋台も出ている。肉の焼ける匂いに惹かれるように、屋台の店主のおじさんに話しかける。


「串焼き?」

「おう、グラスウルフの焼き串だ!」


その言葉で食欲が落ちる。

草原狼グラスウルフということはまだ出会っていない種類の狼だと思うが、森や山の狼とは友好を築いているわたしとしては彼らの同族を食べることに躊躇があった。

しかしもう狩られてしまった命は戻ってこない。供養として美味しくいただくとしよう。


「一ついくら?」

「銅貨2枚だ」


串焼き1本が銅貨2枚。となると銅貨1枚=100円というわたしの想像はある程度正しいようだ。


「ん、一つ」

「よし、待ってな」


脇によけてあったある程度焼かれている肉串を網に乗せ焼き始めるおじさん。

少し温まったところで、たれと思われる液体が入った壺に串を突っ込み、再び焼き始める。

たれの焦げる香ばしい匂いが広がる。醤油とは違う、これまであまり嗅いだことがない香りだが、食欲を刺激するいい匂いだ。


「ほれ、焼けたぞ」


革袋を取り出し、銅貨2枚を渡す。代わりに受け取った肉串から油が垂れそうになっているのを見て、慌てて口元に運んだ。


「んー」


熱い。しかし痛くはない。吸血鬼の体は口の中まで丈夫らしい。

そして噛みしめるごとに口の中に広がる肉と血のうまみ、そして鼻を抜ける血の豊潤な香り。


(血抜きをしてないのかな。でもそれがむしろ美味しいとか……)


思ってもみないところで自分が吸血鬼なのだなと納得してしまう。

ただ、この味のために人間を襲いたいかといわれるとNOだ。


「ごちそうさま」

「お、おう。そこまで美味かったか?」


店主の顔が若干赤い。ついでにどもっている。

聞けばわたしは物凄くニコニコしながら焼き串にかぶりついていたとのこと。

それを聞いて恥ずかしさのあまり顔が若干熱くなる。


「ところで、教会はどっちにある?」

「教会? ああ、大通りを右に曲がって、少し行ったところのパン屋を左に行った先の広場にあるぜ」

「そう、ありがとう」

「また来てくれよ!」

贔屓ひいきにする」


店主に礼を言い、教わった通りに道を歩く。

幸いパンの香りからパン屋については見分けがついた。

大通りよりは細いが十分に太い道へと曲がり、少しばかり歩くと、確かにそこには広場があった。

そこには大通りよりもさらに活気がある。

野菜や果物、あるいは肉類など様々な露店の店が広場をぐるりと囲むように並んでいる。

思うに大通りの店は高級店みたいな位置づけで、庶民が日々の買い物をするのはこういった広場の店なのではないだろうか。

その広場の向こう側に、やや大きめの白壁の建物がある。

屋根には丸の中にさかずきのシンボルのようなものがあり、おそらくはあれが教会なのだろう。

まずはここからと気合を入れ、わたしは教会へと歩き出した。


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