第8話 お金が欲しい

協会隣の建物の前にたどり着く。

両開きの大きな入口を開けて入ると、芳しい血の香りがほのかに漂ってくる。

木でできた受付テーブルには壮年の男性が座っていた。


「おう、買い取りか?」

「ん」


何もない虚空からドラゴンのウロコを一枚取り出してみる。ぎょっとした顔で見られた。

これ一枚でもわたしの顔より大きい。厚みもわたしの指よりはある。

これだけのウロコならそれなりの価値があるのではないだろうか。


「いきなりで驚いたが……何のウロコだ?」

「ん、ドラゴン」

「ドラゴンだぁ!?」


何もないところから物を取り出した時より、さらに驚かれた。

ウロコはあっという間にひったくられ、目の前の男性は様々な角度からウロコを眺めだす。

次いでウロコを机に置いて奥の扉の向こうへと走り去ったかと思えば、棒のようなものを持ってきてウロコに押し当てた。


「確かにこれは尋常じゃねえな。見てみろ」


男性が指さした棒にはガラスの筒のようなものが埋め込まれており、温度計のように赤い液体が筒の上まで満たされていた。


「これは魔石なんかに使ってる魔力計だ。これで測りきれない魔力を持ってるなら、確かにドラゴンのウロコでも不思議じゃねえ」

「それで、いくらで売れる?」

「待て待て、これは1枚だけか?」


1枚だけで売るなら、薬などの材料や触媒として売ることになるのだそうだ。

防具への加工などにはある程度枚数があったほうが良いため、まとまった枚数があった方が売れやすい――つまり高く買い取れるのだとか。


「何枚ぐらいが必要?」

「複数持っているんだな? 本物か確認するのに3日くれるなら……20枚あたり300万セイスでどうだ?」

「セイス?」

「嬢ちゃん、この国の通貨知らんのか?」

「文字すら知らない」


可哀そうな子供を見るような目で見られた。今日2回目だ。


「銅貨1枚で1セイス、銀貨1枚が100セイス、金貨1枚が1万セイスだ。ちなみに普通に生活するだけなら1年で金貨2枚もいらん」

「……大金!?」

「おうよ。これ一枚で最高級の魔石以上の魔力を持ってるんだ。最低でもそのくらいはする。実際に嬢ちゃんに支払われる金額は査定額が決まって、さらにそこから税金が引かれるからだいぶ上下するがな」


銅貨1枚が100円ぐらいとするなら銀貨1枚が1万円、金貨1枚で100万円といったところだろうか?

金貨300枚なら3億円。とてつもない大金になる。


「お願いします」


追加で19枚のウロコを渡す。

男性は大慌てでそれらを奥へと運んでいった。


「査定結果は隣の協会で確認してくれ。納得がいったならその場で代金が口座に入金される。もし納得がいかない場合でも手数料がかかるからそれは了承してくれ」

「分かった」


まあ、一文無しなので売る一択ですけど。

そんなことを考えながら、ふと一つの問題がある事に気が付いた。


「ところで、文字を覚えるにはどうしたらいい?」

「そんなもん、ふつうは教会で教わるだろうに」


なんと、ここでは文字は教会で教わるらしい。

識字率は意外に高いらしく、普段仕事で働いている子供達も休日に教会で字や計算を教わっているのだとか。


「あと、買い取ってくれるものってどんなものがある?」

「薬の材料になる薬草や茸なんかは高く買い取ってるぜ。あとは獣や魔物の素材だな」

「薬草や茸の特徴は?」

「あー、現物を見せてやるよ」


そう言って、男性は奥からいくつかの薬草や茸を持ってきて見せてくれた。


「これがハイネ草。一般的な回復ポーションの材料だな。このギザギザな葉っぱと、葉の裏の赤い筋が特徴だ。根っこを残しておけばまた生えてくるから根こそぎ取らないように。それから……」


細かく教わったが正直覚えきれたかは怪しい。

薬草は極めてまばらに生えているため採取が大変で、さらに種類ごとに必要なのが葉だったり根だったりする。

しかも生育には土地の魔力が大事なので、ある程度森に近づかなければ生えていないそうなのだ。

茸? 見分けがつけられる気がしませんでした。


「つまり、森の獣を狩って持ち込んだ方が素人には金になりやすいんだが」

「狩れる気がしない」

「そうか。まあ、無理しないのが生き残るコツだ」


獣が狩れないほど弱いと勘違いされている気がするが訂正しない。

動物が向こうから懐いてくるから狩れないなんて信じてもらえそうにないし。


「じゃあ、よろしく」

「おう。また珍しいものを見つけたら売りに来てくれ」


気のいい男性と別れのあいさつを交わし、買取所を出る。

天を仰げば、天高くに太陽が輝いていた。

朝方に竜の巣を出たのにもう正午は過ぎているようだ。


「まずはお金だな」


3日後には大金が手に入るとはいえ、今が無一文なことには変わりない。

薬草は見つけづらい分それなりの金になるそうだし、探してみるのもいいだろう。

そう思いながら、森側の門、開かれたその向こうへと思いをはせた。








生い茂る草の中に薬草が生えていないかと探しながら、森へと歩き続ける。

残念ながらそれっぽいと思ったものはよくよく見ればすべて違っていた。

こうしてみると創作の『鑑定』がいかにチートか思い知らされる。


(そもそも鑑定ってどっから情報持ってきてんだ。アカシックレコードか)


そんなどうでもいい愚痴を頭の中で呟きながら、何も見つけられないまま森へとたどり着いてしまった。


「ほら、わたしはこの森の中に行くから、君たちはお帰り」


頭や肩にとまっていた小鳥たちに別れを告げ、飛び去って行くのを見送って森へと振り返る。

案外森の中はそこまで草は生い茂っておらず、ところどころに下草が生えているだけだ。

これならば薬草も見つけやすいだろう、とわたしは意気揚々と歩きだした。




甘かった。

非常に甘かった。

例えるなら、練乳に砂糖を混ぜて溶け切らずにジャリジャリいってるくらいには甘かった。

夜までどころか朝まで森を練り歩いて、成果は全くのゼロ。

教えてもらった薬草の一本も見つけられない。

代わりに今のわたしの周りには、10匹ほどの狼の群れが一緒に歩いていた。

ため息をついたとたん、隣を歩いていた狼が目の前にまわり仰向けに転んだ。

なんとなく、食べてくださいと言われているような気になってしまう。


「いーこいーこ」


自ら身を差し出してくる狼のお腹を撫でる。

途端に一緒に歩いていた他の狼たちまで仰向けに転んだ。

仕方がないので全員お腹を撫でてやった。


「もうこのまま明後日まで森の中にいようか」


一文無しが街の中にいたところで何もできない。

売れるような物もない。ドレスだって実はわたしの血でできた武装の一種だ。売れるわけがない。

ついでに言えば既に迷ってしまっている。来た方向なんてとっくに分からなくなっていた。

まあ、飛べばすぐに街に戻れるのだが。でも戻って何するんだって考えると戻る気にはならない。


「じゃあね」


このまま狼たちと一緒にいても、狩りの邪魔をしてしまうだけだろう。

そう思って体を宙に浮かべ、狼たちに別れを告げる。

そのまま空へと体を躍らせた。


(どうせなら、このまま突き進んでみようか)


森の先には山があるのは分かっているけど、そこなら人の手もついてないだろう。

もしかしたら薬草の群生地もあるかもしれない。

そんな夢想をしながら、わたしは山へと飛び立った。

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