第3話 生まれてみた

水の中を揺蕩うような感覚の中、いくつもの光景が浮かんでは消える。




――――何もない白かった地面は茶色い土へと変わり、小さな芽が顔を出した。

――――双葉になり、葉を増やしながらするすると伸びていく。

――――やがて一本の広葉樹となり、その根元から水が広がった。




――――虚空にチカラと表現するしかないエネルギーが集まり、形を成していく。

――――小さな小さな、花のつぼみにも入れそうなほど小さな白髪の精霊が生まれた。

――――同じようにして生まれた黒髪の幼児姿の天使。二人は宙に浮いた大樹を見上げている。




世界に生まれた3つしかないイノチたち。

その成長を、ボクはぼんやりと眺めていた。




不意に、意識が広がった。

中心に宙に浮く世界樹を戴いた世界は、濃霧に阻まれた球形の空間だった。

世界樹の下には湖が広がり、そのほとりに天使と精霊が追いかけっこをして遊んでいる。

彼女たちとは反対の岸には見慣れた自転車とリュックが転がっており――――

そのそばにある光の球体を認識した瞬間、世界に広がった自分の意識が収束し、その中へと吸い込まれていくのを感じた。










瞼を開く。

目が覚めた時の当たり前の動作が、なぜかあまりにも嬉しくて涙がにじむ。

右手の赤い袖で涙をぬぐい、そこでようやく自分が地面にあおむけになっていることに気が付いた。

体を反転させて地面に手を突き、さあ起き上がろうとして――――


「――――え?」


自分のものとは思えない、高い声が口から洩れた。

ドレスにも似たワンピースのような服、その胸元から谷間がのぞいている。

なんの谷間? 当然それは。


「おっぱい?」


慌てて立ち上がり、下を向く。

見覚えのない真紅の服。その胸元を持ち上げているそれは、間違いなく母性の象徴――!


「……おっぱい?」


頭を真っ白にして呆けていると、目の前に青いウインドウが開かれる。

そこに映っているのは一人の女性だった。

背中の中ほどまで広がる金色の髪、ややドレスを思わせるような真紅のワンピース。

紅い瞳は驚きのあまり見開かれており、口をあんぐりと開けているせいで整った顔立ちはコミカルな印象を与えている。


「これが、ボク?」


湖へとふわふわとした感覚のまま足を進めてみると、水面に不明瞭ながら映る顔は間違いなくウインドウのものと一致している。

ふと胸に手を当てて揉んでみる。手から感じる柔らかさとその芯にある硬さの感触と同時に、胸からも揉まれている感触とわずかな痛みが伝わってきた。

呆然と突っ立ったまま、ウインドウを眺めてみる。

そこにはややゲームじみた表記が記載されていた。




名前:

種族:吸血鬼【真祖】

年齢:0歳

属性:星

HP:100/100

MP:100/100

能力アビリティ

吸血、吸精、飛行、血装術、魔素支配、再生、魔力回復、状態異常耐性、不死不滅、念話オラクル、システム

技術スキル

回復魔法、神聖魔法、身体強化




「……ワッツ?」


似非っぽい英語が口を突いて出る。

まずは能力について。その大部分は吸血鬼由来のものだろう。だが、システムとは何ぞや。

そこまで考えて、目の前のウインドウに思い至る。


「これがシステムなのかな」


認識すると、その通りであることが直感的に分かる。

同時に他の項目についても理解できるようになった。


「吸血と吸精はロック中。え、なんで!?」


さっそく細かく確認していこうとすると、吸血と吸精については使用不能であることが分かった。

吸血鬼要素全否定である。もはや何のために吸血鬼になってしまったのかわからない。


「……気を取り直していこう」


飛行……空を飛べる

血装術……血を操る。物質化して武装することもできる

魔素支配……世界に満ちる魔素を支配する

再生……魔素を使用して肉体を再生する。欠損も再生可能

魔力回復、……魔力の回復を常時促進する

状態異常耐性……状態異常にかからなくなる

不死不滅……死に耐性を得る

念話オラクル……言語を介しない意思疎通能力

システム……世界のあり方に介入する


どうやらこのウインドウは自分にとってわかりやすい形で出力されているらしい。

システムという名前なのも、パソコンっぽい表示なのも、自分がパソコンをよく使っていたからのようだ。

ちなみに、能力と技術の違いは何かというと、


能力アビリティ……種族特性などの先天的な力。肉体、魂に由来する

技術スキル……後天的に学習などにより身につけられる力


ということらしい。

ちなみに技術はというと、


回復魔法……回復魔法っぽいことができる

神聖魔法……神聖魔法っぽいことができる

身体強化……肉体の中に魔素を満たすことで身体能力・強度を強化する


「っぽいって何!?」


そもそも学んでもいない技術が使えるってこと自体がおかしな話だが、っぽいとつけられるなんて輪をかけて理解不能だ。

でも、まあ――――


「出来ないわけじゃないってのが、なんともまあ」


よくわからないエネルギーが世界に満ちている。これが魔素だとするなら、周囲からほんのちょっと手のひらに集まるよう意思を飛ばす。


「おおっ!」


見えないチカラが手のひらの上にあるのが分かる。そこに指向性を与えてやれば―――――!


「ホーリーライト」


それっぽい呪文をつぶやけば、何となく神聖さを感じる光の玉が手のひらの上に浮かぶ。

ふよふよと浮かぶそれは念じた通りに手のひらから飛び立ち、体の周りをくるくると回った後、頭の上で小さくはじけた。


「魔法だ……」


自分に魔法が使えた。その感動に打ち震えていると、不意に全身を暖かなものが通り過ぎる。

それは思念、と呼べるものだろう。明確な言葉ではないそれは、おはよう、ともおめでとう、とも言っているような、祝福の想いだった。

どこから? 疑問に思うまでもない。見上げても全貌のつかめないほどに巨大な、湖に浮かぶ世界樹からだった。


「おはよう、ありがとう」


何となくだが伝わってきた。目の前の樹は、ずっと自分を見守り続けてくれていた。

そして今日、とうとう生まれた自分を祝ってくれたのだ。


「――――あれ?」


そして自分以外への意識を向けた瞬間、目の前の世界樹と、そして向かい岸にいる精霊と天使と、存在の奥底で繋がったのを感じた。

その二人もこちらに気付いたようで、まっすぐにこちらに向かって飛びたったのが分かる。

彼女たちの方向を向きながら、周囲の魔素を体に取り込み目に集中させる。

レンズの焦点が合うように、それまでは点のようにすら見えなかった彼女たちの姿を視認できた。

やがてその姿を見るのに身体強化が必要ないほど近くまで来た彼女たちは、その速度を落とさずに――――


「ぶはぁっ!?」


正面から抱き着いてきた。ただし、背丈の違いから天使の女性は首元に、精霊の少女はお腹にそれぞれタックルをするように。

もっとも驚くべきは、ものすごい勢いでぶつかられたにも関わらず、よろめくだけで抱きしめ返せてしまった自分の力と頑丈さにだろう。


「――――!!」

「――――!!」


二人から思念が伝わってくる。

おめでとう。会いたかった。そんな暖かな想いが、直接心に伝えられる。

二人に、そして世界樹に、感謝の念を込めて意思を飛ばす。

二人を両手に抱いたまま、くるくると回る。

今はそんなことが、どうにも楽しくて仕方がなかった。




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