第18話 なりたい自分に

 新調した服を着て買い物に行くのは好きだ。普段は自信のないわたしでも、窓に映った自分を見て歩くのは楽しい。長いスカートがなびくのが好きだ。短いスカートから出る足を見て案外イケるかも、なんて思うのも好きだ。ジーンスを履いてスタイルを再確認するのが好きだ。背が小さいけど足はちゃんと短くない。長いと言えないところがまだまだだなって思うけど、少なくとも出勤前に鏡に映るゾンビみたいなわたしを見るのとは訳が違う。


 来週あたり、美容院に行くのもいいかもしれない。行きつけの場所もいいけど、あえてはじめてのお店に行くのも悪くはない。わたしがいったいどう変身を遂げるのか、見物ではある。


 どうなるか分からないからこそ、想像上のわたしはキレイで、スタイルもよくて、髪もサラサラで、顔も小さくておしゃれな小物もたくさん身につけている。


 なれるわけない。でも、なれるかもしれない。テレビに映る女優さんを食い入るように見ていた子供のわたしが顔を覗かせる。


「人ばっかり。これじゃ前に進めないよ」

「これでもマシな方なんだよ、正月とか連休とか。サレアはあんまり見たことない?」


 わたしの頭上にいるサレアを見る。卵みたいな肌が視界に飛び込んできた。


「ないよ、いつもは別の場所にいるから」


 そういえばサレアって、わたしの家にいないときはどこにいるんだろう。これまでサレアのことはなんとなく性格的な部分でしか理解しきれていなかった。サレアがどういう子なのかは分かったけど、サレアが普段なにをして、なんのために、どこで、等のことをわたしはまだ知らない。


「別の場所って?」

「だいたい外とか、草むらで虫とか見てる」

「小学生みたい」


 くす、とつい笑ってしまう。サレアに笑われるのはいつものことだけど、わたしがサレアのことで笑ったのは初めてだ。


「変な虫とか見てて楽しいんだよね。どう見てもカマキリなのにカマキリじゃないのとかいるし」

「あ、それ知ってる。カマキリモドキっていうんだよね。実はカゲロウの仲間なんだってテレビでやってたよ」

「へえ、ひねりのない名前。誰が付けたんだろうね」

「最初に見つけた人じゃない?」

「なら、見つけられたカマキリモドキはかわいそうだね。カマキリが先に見つかったばっかりに、モドキなんて名前付けられちゃって」


 横断歩道で止まると、サレアも律儀に地面に降りてくる。隙間を埋めるように並んだ人たちの間にするっと器用に入っていく姿はまさに猫だ。


「サレア、あのさ。サレアって他の人たちには見えてないわけだけど、今だけちょっと、姿を見せるわけにはいかないかな」

「どうして?」

「これだとわたしが一人でブツブツ言ってるみたいだから、変に思われちゃうよ」

「えー? いいじゃん変に思われても。あたしは変に思われてるざくろが見たいなー」

「や、やめてよ・・・・・・」


 悪魔にも事情があるのだろうけど、わたしにだって事情はある。喋らなければそれで済む話ではあるのだけど、どうにも人と並んで歩くと気分が弾んで声をかけてしまうのだ。自分をさみしがり屋などとは思わないけど、人との距離感を手で探るような不透明な空間が昔から得意ではない。


「できないこともないけど、でもいいの? あたし、今こんな格好だけど。それでもざくろは姿を見せて欲しい? ああ、ひどいね、ざくろは、そうやってあたしが恥ずかしい目に遭うのを見たいんだ。この悪魔」


 ぼそ、と耳元で囁かれるとついつま先が立ってしまう。信号が青になっていることに遅れて気付くと、小走りで白線を跨いだ。


「じゃあ、まずはサレアの服を買いに行こうよ」

「買いに行こうって、あのねざくろ。あたしの着てるこれは魔装具って言ってね、ただの服じゃないんだよ。魔法を制御する大事な道具なの。だから簡単に脱ぐことなんて――」


 気にせずわたしが駆け出すと、サレアは虚を突かれたかのように驚いてから追いかけてくる。魔装具にしろなんにしろ、冬に肌一色で周りをうろつかれては気になって仕方がない。


 悪魔といえど、熱い寒いは感じるはずだ。わたしだって、太陽の熱を感じられるほどには温度感覚がしっかりと残っている。それに、わたしにはまだ今朝の借りが残っている。


 あれだけわたしをかわいくしてくれちゃったのだから、わたしだってサレアをかわいくしてやがらないと気が済まない。


 モールの中にある洋服屋に入ると、サレアはふわふわと空を飛びながら、広がるカラフルな世界に視線を奪われていた。


 この店にはストリート系からゴスロリ系まで、幅広いファッションアイテムが取りそろえられている。店内も広く、見て回りやすい。わたしが今着ている服を見つけたのもこの店だ。ティーンズファッションは奥の方で展開されている。そちらに向かおうとすると、サレアが慌ててわたしの襟首を引っ張った。


 お気に召さないらしい。サレアの体躯は中学生か、せいぜい高校一年生くらいだろう。その中でもかなり小柄なほうだ。


 最近のティーンズファッションは淡い色使いの物も多く、大人っぽい物が増えている。街中ではよくダボダボコーデの子を目にするが、普通に大学生くらいに見えたりするから、不思議なものだ。


 サレアにもそういうものを着せてあげたかったのだが、本人が不服そうなのでやめておく。大人っぽい服がいいのだろうか。分からないけれど、サレアにも服の好みがあるのだということを知ると、自然と笑みがこぼれそうになる。


 わたしは妹が欲しかったのかな。一人っ子だと、あまり誰かに着せてあげる服を選ぶことはない。友達と出かけても、似合うか似合わないかを談義するだけの、空虚な時間が過ぎるだけだ。


 その友達とも、疎遠になっちゃったんだけど。


 ファッションデザイナーの子がいて、読モの子もいて、そういうすごい人がいるグループは、どんどんと他の分野のすごい人を取り込んでいく。すると、わたしのような何もない人間は自動的に蚊帳の外になってしまう。


 今までの思い出をないがしろにしてしまうような実績の投影はひどく残酷だ。けれど、それはわたしに才がないのが悪い。愛想や気遣いがカンペキなら召使いとして呼ばれることもあったのだろうが、おそらく、居心地の悪さが顔に出ていたのだろう。


「ざくろ」 


 わたしが服に手をかけたまま固まっていると、サレアがわたしの肩に手を置いていた。


「選んでくれるんじゃないの、服。はやくしてよ」

「あ、うん。ごめん」


 店員さんと目が合う。


 あ、今のは独り言じゃないんです本当なんです。


 なんて言っても信じてもらえないだろうから、小さく呟いて誤魔化した。

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