第007話 目を覆いたくなるような現実

 俺は街で農業と牧場経営に必要そうな工具や消耗品などを買えるだけ買い込むと、滅茶苦茶大きな背嚢に詰め込んで西門から外に出る。


「お、お前まさか西に行くのか?」

「止めておいた方が良いぞ。あっちはヤバいんだ。危険だぞ?」


 その際、門番たちに焦って止めてきたが、俺の行ける場所はもうそこしかないので、止めてくれたことに感謝を告げてそのまま出発した。


 それから二週間後。


 いくつかの川を渡り、草原を歩き、谷を通り抜け、丘を越えると、ようやくその場所に辿り着いた。


「おお、ここからが俺の……土地……か?」


 俺はその光景を見て言葉失う。


 小さな丘を越え、俺の目の前に広がっていたのは、一切の植物が生えていない荒野、いや、荒野を通り越してただただ何もない平地だった。


 確かに不動産屋の店主の言っていたようにはるか遠くに森が見えるし、左右には山と海らしきものも見える。


 しかし、目の前の平地は、木はおろか草すら生えておらず、本当に真っ平らな土地が広がっているだけで、見た目は確実に牧場や農業に適しているとは言い難い土地であった。


『おう、気ぃつけろよ。お前は世間知らずで騙されやすそうだからな!!』


 乗合馬車で辺境まで一緒に来て、世話を焼いてくれたおっちゃんの言葉が俺の脳裏に浮かぶ。


「まさか……俺は騙されたのか?」


 俺は思わず呟いてその場に崩れ落ちて膝を付いて呆然となった。


 信じたくはないが、目の前に広がる土地は不毛の大地と呼んでも差し支えないような見た目だ。その可能性が高いだろう。


 しかし、俺はすぐにその事実を受け入れることが出来なかった。


「いや、そんなことはないはずだ……!!耕せばきっと質の良い土が出てくるはず……」


 俺は一縷の望みを掛け、立ち上がってその何もない平地の中心地辺りまで歩く。


 地面は宝石か何かで出来ているように俺の顔を反射し、凹凸の一つさえない。歩いた後に靴跡もつかないし、石ころ一つ落ちていなかった。


 土地の中央あたりに辿り着いた俺は、荷物を下して中から農業用のクワを取り出す。


「よし、耕すぞ!!」


 ある程度大きさを決めようと思い、クワの柄の部分で地面に跡を付けようとしたが、一切跡を残すことができなかった。


「はぁ……まぁ仕方がないか……」


 俺は諦めて目測で畑を耕してみることにした。


「ふっ」


 俺は決めた範囲の端に立ち、思い切ってクワを振り上げて地面に振り下ろす。


―バキッ!!


 しかし、地面に当たった瞬間にクワがへし折れて、刃床部はとこぶの部分が宙に舞い、何故か俺が握っていた部分も粉々になってしまった。


「は?」


 俺は理解できない事態に呆然としてしてしまい、可笑しな声を漏らしてしまう。


―カランカランッ!!


 俺が固まっていても周りの時間が止まってくれるわけじゃない。


 折れて飛んでいったクワは、ヒュンヒュンと風切り音を上げながら弧を描いて地面に落下し、悲し気な乾いた音を鳴らす。


 その落ちた先にも一切の傷跡が残らなかった。


「まさか……地面が硬すぎるのか?」


 地面に雑草の一つも生えていないというのは今考えればおかしすぎた。


 そこには何か理由があるはずだ。


 今までの現象から考えると、あまりにも硬い地盤のせいだったのだ。


「これじゃあ、農業なんて夢のまた夢じゃないか……」


 俺は絶望で地面に四つん這いになり、項垂れる。


 土地が耕せないのでは農業のしようがない。動物を放し飼いにしようにも食べるものが何もない土地に放しても意味がないだろう。


 家畜の餌を育てようにも育てられない。


 そしてようやく自身があの不動産屋に騙されたことを理解した。


 しかし、だからと言ってここから辺境の町まで二週間。流石にあの街まで戻る気はしないし、戻って因縁を付けた所で契約書はきちんと問題ないことを確認してサインしているため、どうしようもないだろう。


 そう思うと自分の知識不足と迂闊さを呪うしかなかった。


「くそぉおおおおおおおおおお!!」


―ドンッ!!


 俺は悔しさで目の前が滲んで見えなくなるが、構わずに地面を思い切り殴りつける。


 地面が揺れたような気がするが、多分気のせいだ。俺が怒りでおかしくなっているんだろう。


「くそっ!!くそっ!!くそっ!!くそっ!!くそっ!!くそっ!!くそっ!!くそっ!!くそっ!!くそっ!!くそっ!!くそっ!!くそっ!!くそっ!!くそっ!!くそっ!!」


 俺は何度も何度も地面を殴りつけた。


―ピシリッ


 今までとは違う何かにひびが入るような異音が鳴ったにも関わらず、俺はそれを無視して地面を叩き続ける。


 俺に種を託してくれた母さんの顔が思い浮かんだ。


 折角種を俺に預けてくれたのに、騙されて農業を始める事さえできない。このままでは大事な種が無駄になってしまう。


 俺はなんという親不孝者なんだ!!


「くそぉおおおおおおおおおお!!」


 俺は自身の不甲斐なさが悔しくて、溢れる思いを乗せて最後とばかりに思い切り振りかぶって拳を放った。俺を騙した店主の頭を砕くつもりで全力で。


―ピシッ、ピシッ、ピシッ、バキャアッ!!


 すると、何かが割れる音と共に地面が砕け、内部から凄まじい勢いで何が噴き出した。


「うぉおおおおおおおおおお!?」


 俺はその勢いで吹き飛ばされ、地面をゴロゴロと転がっていく。


 一体何が起こったんだ!?


 俺の頭の中を一つの疑問が支配した。

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