町への道のり

「お二人とも若いねえ、苦労するだろう?」


 御者のそんな問いかけに俺はいつも通り『ええ、まあ』と曖昧に返事をする。現在は馬車が村を出たところ、このような僻地でも馬車がちゃんと発着しているのは税金のおかげだろう。


「お嬢ちゃんも一緒なのかい? 大変だねえ……」


 ファルにそう問いかけるが、ファルは気分が悪そうに頷くだけだった。おそらく気分が悪いというのは悪意を感じたとかそういったものではなく、ただ馬車に酔っただけだろう。深呼吸をしながら喋ること無く過ごしている。


「ファル、酔ったか?」


 まあ酔ったところで馬車は止まってくれないのだが、吐瀉物を馬車内にまき散らされても敵わないので外に頭を出せる程度には速度を落としてくれるだろう。しかし、馬車で酔うとはこの先が不安になる状態だ。全く生まれたところから出ていく必要の無いスキルを授かったならともかく、一般的な文化圏では馬車に乗ることは割とある、今のうちに慣れてもらわないと俺が困る。


「私は大丈夫ですよ……マスタ……ラックの方こそどうなんですか?」


「俺は平気だよ」


 馬車にはよく乗る、経歴ロンダリングをするなら遠くの町に移動するので馬車の旅には慣れてしまった。きっと、馬車で長距離移動などしなくていいならしない方がいいのだろうが、俺にはとびきり必要な行為だ。


「大丈夫ならそれでいいが明日まで馬車に乗ってるからな? ダメそうなら早めに言えよ?」


「うぉえっぷ……大丈夫、何も問題はありません」


 とても大丈夫とは思えない声で答えるファル。諦めは早い方が損害が少ないと思うのだがそんな正論が通じるとは思えない。


 しばらくの間、聞き苦しいうめき声を聞きながら、乗り合わせた方々に申し訳ない思いをしながら揺られていた。


 しばらく揺られたところで空に茜が差してきた頃、馬車は止まった。馬の休憩もかねて一晩宿泊があるとは聞いていた、しかしそこで俺に注文が来た。


「あんた、冒険者だって事で乗せたが夜警を頼むぞ」


「は? そんな話は予約表に載っていなかったですよ?」


「ギルドに広告を出した時点でそういう役なのは分かるだろう? 最近この辺も物騒になってな、そもそも馬で二日くらいかかる距離が金貨一枚で無条件に乗れると思ったのかね」


 時々こういう命令はされる。ここまで来たので徒歩で帰るには距離が遠くなってしまった。そもそも村に戻ってもこの条件で馬車に乗れるとは思えない、気は進まないが話に乗るとしよう。


「分かりましたよ、置いていかないでくださいよ?」


「警備をしてくれるならそれ以上は求めん、私は聞かれなかったことを頼んだだけで、話したことに嘘は無い。あんたらをちゃんとモダン町まで乗せていくよ」


「じゃあ皆さん馬車の中で大人しくしておいてくださいね」


「ねえラック、あなた後付けの無理強いをされても平気なの?」


 ファルが問いかけてきた。


「どのみち休憩が必要なら自分の身は守る必要があるからな。自分一人を守るのも大して変わんないしな」


「お人好しで、私も付き合いますよ」


「え、たった今まで馬車酔いで死にそうだったじゃん?」


「それはそれですよ。止まってくれたのでこれ以上酔うことは無いでしょう。それより馬車の外に出たいんですよ」


 ワガママなやつだとは思う。しかし一人で警備をするよりは効率がいい。周囲を見張ってくれる人が居るだけでも随分と違う。


「じゃあ夜警は俺たちでいいんですね?」


「ああ、お二人さんがいるだけでも大違いだからな」


 そういうことになり、俺とファルの二人で馬車の警備をすることになった。


「ところでラック、なんで暗くなってきたら警備が必要なの? 別に危険なのは昼間でも一緒じゃない?」


 おっと、世間知らずのお嬢様なのだろうか、そんな疑問を呈されるとは思わなかった。


「夜行性の魔物とか、闇に紛れて襲ってくる盗賊とかがいるんだよ」


 ファルは少し考えてから俺に質問してきた。


「じゃあ明るくなっていればいいのでは?」


「なんだその理論は……一日が全部昼になるわけがないだろ、日が沈んだら危険なんだよ」


「そうですか、ところで一つ魔法を使っていいですか?」


「?」


 皆ポカンとしている。魔物も怪我人もいないのに魔法を使う必要性がよく分からない。


「別に構わないが危険はないんだな?」


「当たり前でしょ、じゃあ使いますね『ホーリーライト』」


 ファルの指先から出た光の球は緩やかに空に昇っていき……弾けた。


 辺り一面にまるで昼間のような光が降り注いだ。


「ファル……大丈夫か? こんな魔法を使ったら魔力が尽きるだろう」


 ファルはそれを聞いてポカンとしている。


「このくらいは慣れてますよ、光量が必要ならもう何回か使いましょうか?」


「いや、大丈夫だ、必要無い」


 馬車に乗り合わせていた皆が驚き視線を集中させる。先ほどまで馬車に乗ってゲロを吐きそうだった様子は微塵もない。そこには光魔法でも割と上級な物を使う一人の少女(ファル)がいる。


「確かにこれなら魔物も襲ってこないだろうが……私たちにこんな高度な魔法使いを雇う金はないんだがね」


 馬車の持ち主である髭を蓄えた商人が俺たちを見ている。確かにあの僻地の村にここまでの術者はいないだろう。


 あたりを昼間のように照らす光の球の下で俺たちは休息をとることにした。


 この魔法のおかげで俺は近くにある岩に上ってあたりを見渡していた。この明るさでは盗賊の類は寄ってこないだろう、ああいう連中は闇に紛れて事を進めるが、この光の下ではそれは不可能だった。


 俺は殺気を感じてそちらを向く。どうやら光の下でも魔物は襲ってくるらしい。人間ほどのサイズをした蛇の魔物が見えたのでそちらに剣を持って向かう。ファルは戦力として前線には出せない。俺がなんとか追い払うしか無いのだが……


「魔物だ! みんな馬車から動くな!」


 俺がそう言って魔物の方に向かう。巨大な蛇が暗闇からこちらを伺っている。飛び出してきた黒い蛇は……光に身を焼かれて消滅した。


「ええ……」


 ファルの呑気な声が響いてきた。


「終わりましたか? 大した相手ではないと思いますが、負けてませんよね?」


 俺は気の抜けた声で答える。


「ファル、お前どんな魔法使ってんだよ!? 魔物が消えたぞ!」


「ただの神聖光魔法ですよ。このくらいは私でも使えますからね」


 しれっとそんな大技を使っておきながら、呑気に馬車から頭を出してこちらを覗いている。余裕そうな顔をしていた。


「私たちは助かったんでしょうか?」


「そうですね、問題ありません」


 馬車の中から安堵の声が漏れてきた。


 俺は馬車を包んでいる光の外側に行き召喚魔法を使用した。


『サモン』


 見張り用の魔物を召喚しておいたのだがありがたいことにハウンドドッグが出てきた。


『主、ご命令を』


 ちゃんと意志も通じるようだ。ありがたい魔物だな。


「この馬車に近づく魔物を駆除してくれ。報酬は干し肉一袋でいいか?」


『了解した』


 この手の低級な魔物は食べ物で釣れるので大変楽だ。交渉材料に干し肉と干し魚をいつも持ち歩いている。


「じゃあ手に負えないのが出てきたら俺に念話を送ってくれ」


『承知』


 その日、馬車に近づいた魔物は光魔法で弱体化したところを召喚した犬に襲われて死んでいった。その調子で戦っていると本物の太陽が昇ってきた。


「そろそろ出発できますか?」


「あ、ああ……もちろん出来る。馬車に乗ってくれ」


 俺が乗り込む前にハウンドドッグに干し肉を一袋渡し帰還魔法を使った。


 光に包まれて消えていく召喚獣を見ながら馬車はどんどんと進んでいった。

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