中編 結集、Xチーム その3


 第5宇宙基地に到着して同期達との再会を果たした翔矢は結局、真紅のオートバイに乗っていた青年に11発殴られた。

 自分と同じダークグレーの耐Gスーツに袖を通している、同期の青年。彼に何度も殴打された翔矢は今、発射場付近の地面に倒れ伏している。


 口元の血を拭い、なんとか上体を起こした翔矢を見下ろす長身の青年。彼は茶色の長髪を掻き上げながら、悲しみとも怒りともつかない感情をその瞳に宿していた。

 2人の周りを取り囲んでいる他の同期達は敢えてすぐに止めようとはせず、その様子を静観している。


「……あんだけ大口叩いた後に、よう俺らの前に出て来れたもんやのう」


 チーム最年長の25歳、関西出身の赤城爆人あかぎばくと

 かつては天才パイロットの名を欲しいままにしていた彼は2年前の事件以来、戦闘機パイロットの座を降ろされてしまい、現在は輸送機のパイロットとして働いている。それは事実上の「更迭」であった。


「……分かってるさ、皆のキャリアをふいにしたのはこの俺だ。合わせる顔なんてないのは分かってる、それでも……!」


 少尉から伍長への降格、エリートコースからの転落、戦闘機パイロットからの配置換え。それら全ての責任は自分にあるのだと思い詰める翔矢は、恥を忍んで顔を上げる。

 そんな彼の胸ぐらを掴み上げる爆人は、「見当違い」の反省を示すかつてのリーダーに怒号を飛ばしていた。


「ええ加減にせえッ! そんなことで俺らが怒るようなタマやと思うとんのかッ! キャリアなんかどうだってええ……! 俺らは皆、お前と一緒に命を懸けて戦った仲間だったはずやろうがッ!」

「……っ」

「2年前のあの日……お前は言うた! 独りだとは思わない俺達になら、絶対に出来ると! だったら何で全部が終わった途端に俺らを置き去りにして、自分独りで罪を被ろうとしたんや! あの言葉は嘘だったんかッ!」


 降格など、更迭など、そんなことはどうでも良い。それは爆人だけでなく、翔矢を厳しい眼差しで見つめている他の同期達も同様であった。


 自分が脅したことにするから、一緒に来て欲しい。2年前のあの日にそう誘われた時から、彼らは皆、翔矢と運命を共にするつもりでいたのだ。

 しかし結局、翔矢は自分独りで全ての業を背負おうとした。万一結果が伴わなければ、軍法会議からの銃殺刑もあり得たほどの業を、翔矢はその一身で引き受けようとしたのである。


 爆人をはじめとする同期達は、それだけが許せなかったのだ。

 命すら明け渡す覚悟で付いて行った自分達を、なぜあの土壇場で置き去りにしたのだと。自分達は守られる側などではなく、共に肩を並べ合う「同期」であるはずだと。


 その同期達全員の怒りを乗せた拳を喰らい、胸ぐらを掴まれた翔矢はようやく彼らの本心に気付き――声を上げる。


「……嘘なんかじゃないッ! 嘘にしないために、俺はここに来たんだッ!」


 その真摯な眼差しは2年前、同期達をノヴァルダーXのパイロットとして誘った頃と変わらない輝きを宿していた。そんな彼の真剣な貌と真っ直ぐに向き合っていた爆人は、胸ぐらから手を離し踵を返す。


「……ほうか。んじゃあ、証明せぇ。俺達は今度こそ、全員揃って一蓮托生や。カッコ付けはもう許さへんぞ」

「あぁ……!」


 苛烈なまでに実直な佇まいを見せる翔矢に対し、素っ気なく背を向けながら同期達の方へと歩み出していく爆人は――ようやく、昔に戻れたようだと優しげな笑みを溢していた。

 そんな彼の変化が連鎖したかの如く。翔矢に厳しい目を向けていた他の同期達も、毒気を抜かれたように朗らかな素顔を覗かせて行った。自分達が言いたかったことを爆人が全て言い尽くしてしまった今、翔矢に怒る理由などないのだから。


「全く……1人だけいい格好されてムカつくのは分かるが、殴り過ぎだぞ爆人。これからわたし達全員で地球を救わねばならんという時に、作戦前から怪我させてどうするんだ」

「あほ。今みたいなヘナチョコパンチでどうにかなるほどヤワやあらへんわ、こいつは」

「全く、相変わらずガサツな奴だ。……翔矢に怪我させた分だけ、お前にもしっかり働いてもらうからな」

「元よりそのつもりや。……そういうお前は2年経っても、ガキ臭さが抜けへんなぁ? 真莉愛まりあ

「ふん、言ってろ。昔とは違う、というところをこの作戦で嫌というほど見せてやる」


 自分達のところに帰ってきた爆人に対し、呆れ顔でため息を溢しているのは――チーム最年少、18歳の黒須真莉愛くろすまりあだ。名門である黒須家の出身だが、現在は降格処分の件もあり半ば絶縁状態にある。


 今は「窓際」の下士官として働く傍ら、「何でも屋」のような活動も始めているようだ。現在の彼女の待遇は決して良いものではないのだが、本人としては今の方がむしろ、自分の「正義」と「信念」に対して正直にいられると前向きに捉えているらしい。

 身長はこのチームの中では小柄な161cmであり、少しハネのあるショートの黒髪と、筋肉質で締まった身体付きからはボーイッシュな印象を受ける。凛とした表情ではあるが、顔付きそのものは年相応に愛らしい。


「ハハッ、まぁ良いじゃねぇか。言いたいことも言わねぇで、ウジウジ悩んだまま出撃するよりはよっぽどマシだと思うぜ? 爆人の言う通り、今度こそ俺達全員の命を賭けなきゃならねぇんだ。全員が胸張って飛び立てるようにしておかねぇとな!」

「削太郎……あぁ、そうかもな」


 一方。翔矢と同い年の20歳という若手である、建設会社の御曹司 ・金堀削太郎かなほりさくたろうは、彼の肩に手を回して快活な笑みを浮かべていた。黒髪を短く切り揃えた長身の青年は、自分達を率いていたリーダーの帰還を改めて歓迎している。

 そんなムードメーカーな彼の振る舞いに懐かしさを覚えながら、翔矢は頬を緩めていた。伍長に降格してからは工兵として建設作業に従事していた削太郎も、同期達との真の再会を経て、かつての明るさを取り戻したようだ。


「だからって爆人のパンチはやり過ぎよ。全く……お姉さん、乱暴なのは好きじゃないわ。翔矢、傷は平気?」

「ん……大丈夫だ、ジェニー。爆人も別に、本気で殴ってたわけじゃないしな」

「私には結構マジに見えてたけどね……」


 そんな削太郎に続くように翔矢の傍らに寄り添い、口元の血をハンカチで拭っている24歳のジェニー・ライアンは、心配げに翔矢の顔を覗き込んでいた。


 175cmという長身と色白の柔肌に、輝かしいブロンドのロングヘア。そして耐Gスーツの前が閉まらず、白い谷間が強調されてしまっている100cm以上のバスト。

 そんな文字通りの「規格外」なプロポーションを誇る彼女は、伍長に降格してからは防衛軍の広報部で働いているらしい。その美貌とスタイルを活かした広報活動が功を奏してか、今年の入隊希望者は過去最大を記録したという。


 爆人に次ぐ年長者であることや、その身長の高さも相俟って、真莉愛とは何もかもが対照的という印象を受ける人物だ。そんな彼女は甲斐甲斐しく翔矢の口元を拭いた後、目を細めて白い指先を彼の唇に当てている。


「……でも、思ってたことは皆同じよ。今度こそ、私達も死ぬまで付き合わせて貰うわ。いいわね?」

「あ、あぁ……分かってる」


 それは爆人と同じく、もう2度と独りでは背負わせないという固い意思表示であった。艶やかでありながら、一歩も譲らないという力強さも感じさせる彼女の眼差しを目にした翔矢は、思わず仰け反り息を呑んでしまう。

 相変わらず・・・・・ジェニーには頭が上がらない翔矢の姿に、他の仲間達もからかうような笑みを溢していた。


「……どうやら、話は纏まったようだな。この基地の施設を提供された合衆国大統領も、君達の働きに全てを委ねられている。この瞬間のために尽力してきた全ての人々に報いるためにも、必ず成功させてくれ。直ちに出撃だ!」


 そんな5人の前に、若者達の様子を静観していた舞島大佐が歩み出る。

 今回の作戦において、最も重要な条件である「チーム全員の結束」。その「前提」がようやくクリアされた今、ついに「出撃」の時が来たのだと告げるために。


「……了解ッ!」


 今さら言われるまでもない。そう言わんばかりに強く頷いた翔矢達は、一瞬のうちに「戦士」の貌を見せると、各々の愛機を目指して散り散りに走り出していく。

 5機のXメカはすでに、それぞれの発射場で打ち上げ準備を整えており、主人パイロットとの再会を今か今かと待ち侘びているかのようであった。


「地球の運命、あなた方に託します! どうかご武運をッ!」

「あぁ、任せてくれッ!」


 そんな愛機を仰ぐ5人の若者達は、待機していた発射場の警備兵からすれ違いざまに赤いヘルメットを受け取り、それを素早く被りながら次々にコクピットへと乗り込んで行く。全機の後部から凄まじいジェット噴射が始まったのは、それから間もなくのことであった。


「Xメカ1号『ヘッドアロー』発進ッ!」


 流線型のボディを持つ深紅の宇宙戦闘機、1号機「ヘッドアロー」。そのパイロットを担当する翔矢の叫びを皮切りに、5機のXメカが続々と発射場から猛煙を広げて飛び立って行く。


「Xメカ2号『アンブレイカーブル』発進ッ!」


 分厚く重い漆黒の装甲で出来た雄牛型の重突撃装甲車、2号機「アンブレイカーブル」。そのパイロットを務める真莉愛も、翔矢に続き愛機を発進させて行く。


「Xメカ3号『ガーゴイルウイング』発進ッ!」


 ヘッドアローよりもさらに大型である真紅の戦闘機、3号機「ガーゴイルウイング」。そのパイロットを担う爆人の叫びは、愛機を遥か彼方の宇宙へと誘っていた。


「Xメカ4号『イエロースマッシャー』発進ッ!」


 先端部に二つの銀色のドリルを備えた黄色の戦車、4号機「イエロースマッシャー」。その機体を駆る削太郎も、愛機と共に星の海原を目指して飛び出して行く。


「Xメカ5号『ブラストタンク』発進ッ!」


 2門の主砲を備えた漆黒の大型戦車、5号機「ブラストタンク」。その最後の1機を任されているジェニーもまた、仲間達を追うように大空の向こうへと飛び上がって行く。


「……あのXメカもビーストガーデンもロガ星軍の産物だというのだから、皮肉なものだ。彼らの力は災厄なのか、それとも福音なのか……」


 飛行に適しているとは思えない形状の機体すら、マッハ5という規格外の疾さで飛ばしてしまうロガ星軍の科学力に嘆息しながら。舞島大佐は手に汗を握り締め、瞬く間に成層圏を突破して行く5機のXメカを仰いでいた。


 宇宙戦闘機「コスモビートル」のパイロットとして、30年にも渡る怪獣軍団との戦争を終わらせた日向威流ひゅうがたける

 古代のスーパーロボット「ジャイガリンGグレート」を駆り、グロスロウ帝国の侵略から地上を守り抜いた不吹竜史郎ふぶきりゅうしろう

 ロガ星軍の決戦兵器第1号「ノヴァルダーAエース」をロガ星の王女から託され、2年間に及ぶロガ戦争に終止符を打った明星戟みょうじょうげき

 激しい「感情」から発生するエネルギーで戦う「ツナイダーロボ」と共に、怨厄魔獣うらやまじゅうと呼ばれる特殊な怪獣を撃滅した赤銅煉あかがねれん


 彼らに続く「5代目」の救世主にならんとしている若者達の勝利を信じ、舞島大佐は血が滲むほどにまで拳を握る力を強めて行く。


「……頼んだぞ。君達こそが、『彼ら』に続く希望の救世主なのだから」


 躊躇うことなく出撃して行った翔矢達の蛮勇に、過去の英雄達の武勇伝を重ねていた彼にとっては。ノヴァルダーXだけが、唯一の希望なのだから。


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