第3話 目的

「語学留学~?」



 カポン。



 東尾とうびにある三番隊本邸の庭から、春起こしの音がする。


 春起こしというのは、東尾とうびの文化の一つで、音で春を知らせる道具である。


 東尾とうびの冬は厳しく水さえ凍る。つまり、落水で竹を動かせたなら、外に出ても安心だ、ということである。



 カポン。



 また音。


 目の前の男、十狼刀決死組じゅうろうとうけっしぐみ三番隊組長カルロ=惣一郎は、両手で湯呑を持って、ズズズと茶を楽しでいる。



「あのっさー、一個聞かせていただいてもよろしいですかね~?」



 呆れながら、俺は言った。



「なんだ?」


「あんたら十狼刀決死組三番隊は、東尾が誇る諜報員。厳密に言えば、外交兼外攻部隊なんだよねー?」


「だったらなんだ?」


「なんで諜報員が、語学留学するんだよ。もっと隠密に動いたりするのが普通なんじゃないんかい!」


「俺たちは普通じゃないからな」


「おい」


「いや、冗談で言っているわけじゃない。相手を殺すこと。脅すこと。情報を引き出すこと。知られていても全てできる。

 それが俺たち三番隊だ。それはお前にだってできることだろ?」



 まあそりゃそうだけどもさ。



「後、語学研修とは言ったが、それは表向きで、半分以上は実地調査だ。お前は知らないかもしれないが、北頭ほくとうアイスビニッツ第二王室王女フィリア=ルク=マキュベアリと、北翼ほくよくの無頼、ファルコ=ルドルフの結婚がほぼ確定した」


「ほー」



 カポン。



 また、春起こしの音がする。



「驚いたな。あそこの血筋は千年は続いてたろ。千年王国とか言って。それを半分、北頭ほくとうの血を継いでるとはいえ、他国の血を入れるとは。中々思いきったことをしたもんだ」


「思い切りすぎたな」


「ははは。やっぱ何か問題起きてるのか?」


「いや? 現状何もない。貴賤結婚であるのは間違いないが、ファルコは文武両道品行方正、優秀な魔術師で、国民も受け入れているという報道事態は、王宮管理室の対外用アドレスから流れている」


「そりゃ嘘だな、さすがに」


「いや、ファルコが優秀かどうか、国民が怒っているかどうかというのは、この場合大した問題じゃない。問題なのは、ファルコの素性だ」



 ズズズ。



 俺は茶を一口すすった。



「これが本当にただの貴賤結婚なら、その汚点は十年でそそげる。仮に親子三代に渡ってたかられたとしても、まともな国家ならそれで揺らぐことはない。が、もしもファルコのバックに北翼のどこかの国が付いている、すなわち工作員だった場合、向こう百年この問題は解決するまい。マキュベアリ家を楔にして、北翼ほくよくが汚水の如く侵食してくるのはほぼ確実だろうよ。特に北頭ほくとうは、位置的に西の防波堤になっている側面もあるしな。西を攻略するには必ず潰さなければならない。言うなら急所だ」


「まあ言わんとしてることはわかるけど、所詮ただの陰謀論だろ。それに北頭の探査能力は七体陸一だ。何も調べていないならバカってレベルじゃない」


「バカってレベルの可能性がある。だから調べるのさ。足と目を使ってな」


「つまり、もう依頼を受けているってことか」



 十狼刀決死組三番隊は慈善業者じゃない。西がどうなろうが北頭がどうなろうが本来無関係だ。それでも動くということは、どこかから依頼を既に受けていると考えるのが自然だった。



「まあ、そういうことになるかな」


「なるほどな。それでリンに語学研修兼実地調査というわけか。実地調査するぐらいなら依頼した奴に聞けと言いたいが、まあそれはいい。リンのサポートには誰をつけるつもりだ?」


「そんなものつけるつもりはないが?」



 ……やっぱりな。



「……お前っさー、いやまあいいや。裏がない可能性もあるから一応言っておくけど、間違いなくあいつ一人の手に負える話じゃない。リンはまだ十歳だぞ? お前の話が陰謀論じゃないなら、これは西半球全体の問題だろ。十歳のガキにこなせるわけがない」


「だからリンの仕事は語学研修と実地調査と言ったろ? 何を深読みしているんだ? お前。あいつにそこまでしてもらうつもりはない。現状はけんと言ったつもりだが?」


「だからあいつは十歳だって言ってるだろ。リンの年でその二つを一人でこなすなんざ不可能だ」


「俺は九歳で三番隊の副長だったぞ。仲間殺しで一度財務に回されたが。それぐらいのこと普通できるだろ」


「そりゃ俺とお前が先天性魔術師、すなわち魔族だからだ。後これもちょくちょく報告してるけど、あいつは北翼の奴らに狙われてるんだ。そのせいであいつの周りは家族から友人まで全員死んだ。

 あれから二年、いや、正確には三年経った。リンは確かにあのときとは比べようもないほど強くなったが、相手の目的は未だに不明。

 わかっているのは、リンが何らかの理由で北翼の奴らに狙われている。それだけだ。その状況で、リンを異国に一人で配置するのは危険すぎる」



 カポン。



 春起こしの音が、響く。


 ズズズと組長が茶を飲み、それを唇から離した。



「ふっ、お前は本当にリンに甘いな。面倒くさがりのお前がここまで饒舌に語るのは、あいつが絡んだ時だけだな」


「ぬかせ。というかあんたの差配が雑すぎるんだよ。特に教育に関しては毎度毎度ひどすぎる」



 カポン。



「そこまで言うなら、ヒョウ。お前がついていくか? お前は決死組じゃない。うちの組の周りをうろつく北翼ほくよくの野良犬だ。お前の動きを直接どうのこうの言う権限は、俺にはないからな」


「はあ」


「不満か?」


「不満と言えば、あーたの掌の上で操られているのがただただ不満だ」



 湯呑を手にして、俺は言った。



「何だ。俺が狙ってやってるとでも思っているのか? 心外だな」


「よく言うぜ……」


「いいだろう。不愉快だ。そこまで言うなら、別の誰かをあてがってやってもいいぞ」


「誰よ?」


「それをお前に話す義理はない。ただこれだけは言っておこう。入れるとしたら男であると」


「あーたさー。もしかして、それで俺が嫉妬するとでも思ってる?」


「しないのか?」


「あったり前でしょうが。リンはまだ十歳だぞ。まあとはいえ、ここの隊の男は副長とあんた以外クソ雑魚だからな。不安と言えば不安ではある」


「そうだな。加えて言えば、その男とリンは、一年間同じ部屋で暮らすことになるわけだからな」


「ぶっ!!」



 俺は飲んでいた茶を吹き出した。


 組長は淡々と巻物に目をやっている。


 多分そこには、手が空いている人材(男)が書き連ねられているのだろう。



「一応言っておくが、これは当てつけではない。リンが北翼の連中に狙われているのなら、これは当然の措置だ。反論があるなら聞いてやる」


「……ゴリ姉と雪女は?」


「あの二人をたかだか雑兵の練兵につき合わせるわけないだろう。アホかお前。鬼の副長かざやを穏便に止められるのは、あの二人だけだからな」


「はあ」


「しかしあれだな。ガキはできずとも、恋仲ぐらいにはなるかもな。人間は心理からは逃げられない。頼れる相手を好きになるのは一種の防衛本能のようなものだ。加えて、本当に頼りたい相手が、自分を無視して、本国で寝てるようでは――」


「お前さ――」


「なんだ? 勘に障ったなら、この話は切り上げるか? 忙しいところ(笑)悪かったな」


「やっぱりお前、最初からこのために俺を呼んだろ?」



 茶を口に含む。



「ふっ。話し相手欲しさに茶を出すほど、俺が老いていると思ったか?」


「ちっ。だったら次回からは来ないようにするぜ。リンが呼んでるって言うから来てみりゃこれだ」



 置いていた刀、虎牙を手に取り、俺は立ち上がった。


 茶は全部飲み干している。


 ボキボキと首を鳴らす。


 何やかんや、俺は寝起きなのだった。



「で? どうする? やるのか? やらないのか?」


「語学研修と実地調査。それ以上のことは俺もやらねえからな? 俺は辛気臭いのは嫌いなんだよ」



 組長の話を聞きながら、刀を腰に差し、黄赤の髪を後ろで縛った。



「心配するな。お前の動きは全て計算ずくだ。野良犬は野良犬らしく、自由に振る舞えばいい。それがこっちのためになる」



「どうなってもしらねぇぞ……」



 襖の引き手に手をかけながら、俺は言った。



「ただ一つだけ、お前には制約をつける」


「ほらでた。なんだよ」



 振り返って、俺は尋ねた。



「新月布の存在を対象に悟られるなよ」


「……」



 新月布は決死組の代名詞のような銀具で、纏った存在を透過、つまり、傍目に見て消すことができる。


 見鬼けんきを用いて、組長を見据えた。


 組長は、魔力を乱すことなく、茶を飲んでいる。相変わらず、見事な魔装だ。


 

「リンには?」


「無論言っている。ただ、リンには刀を隠す以外で新月布を『使うな』と命じている。ただし、それもお前の権限で外してくれていい。

 ――ま、新月布は噂では広まってはいても、本来門外不出。一応な」



 ふすまを開く。



 カコン。



 また春起こしの音。


 襖を開いている分、より鮮明に聞こえた。


 風にさらされて、東尾にだけ咲く華、桜が、吹雪のように花弁を散らしている。


 廊下を飾る花弁の一枚を踏みつけながら、俺は口を開いた。



「了解」

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