第33話:選挙

「嘉一、嘉一、嘉一でございます。

 マスメディアの不正を暴いて公正な報道放送を取り戻した嘉一でございます。

 思想集団に狙われるほど清廉潔白な嘉一でございます。

 与党の暴走と野党の売国を見張るのは、嘉一以外にいません。

 どうか清き一票をお願い致します。

 嘉一、嘉一、嘉一でございます」


 嘉一は忸怩たる思いで手を振っていた。

 政権与党第一党から出馬して欲しいと言う首相の願いは毅然と断っていた。

 生き残りを図る大阪の地域政党の身勝手な願いも断固として拒否していた。

 狂信的な共和主義者の野党以外の、惨敗が目に見えている売国野党からの面会予約など、秘書役の付喪神が嘉一に取り次ぐことなく全て断っていた。

 だが、神仏の介入だけは嘉一も無碍にはできなかった。


「嘉一、そこまでマスメディアの権力を手に入れた以上、自分を見張る眼も手に入れなければ、独善が過ぎる事になりますよ。

 自分でも偏った考えなのは分かっているでしょう。

 本当にこの国の事を思うのなら、以前のマスメディアと同じ過ちを犯さないようにしなければいけませんよ。

 選挙に出て、自分に反対する者達の目を手に入れなさい」


 嘉一は観音の説得という体裁の命令を受け入れる事にした。

 抵抗して天罰を下されるのも嫌だったし、自分が直接権力を握らなければいいと思っていたのだ。

 代議士として当選したとしても、全ての仕事を付喪神と物の怪達に任せればいいと考えていたのだが、途中で考えを変えた。

 

 嘉一は、何かにつけて介入して自分達の思い通りにさせようとする神仏に苛立っていて、意趣返しをしようと思い立ったのだ。

 このまますんなりと無所属で立候補したら、神仏の思い通りになってしまうので、生き残っている大阪の地域政党を乗っ取って、そこから立候補する事にした。

 既に絶対当選しないと諦めていた、大蛇に喰い殺されることなく生き残った大阪地域政党代議士は、嘉一を党首に担ぐことで当選を目指した。


 だが元々の政党名を使う事は、過去を反省していない事になる。

 嘉一の思想信条からも大きく離れてしまう。

 そこで嘉一は政党名を大きく変える事にした。

 目指したのは、一柱の神を狂信的に敬う事のない常識的な宗教観だ。

 だから正式な政党名を神仏習合党とした。

 一般的には呼び易い神仏党としたのだった。


 神仏党という党名は、思想集団のクーデター計画に恐怖していた日本人の心を鷲掴みにした。

 政権与党第二党に投票していた思想集団の元信徒達は、大蛇に喰われたくない一心で、自分達が殺そうとしてしまった嘉一と神仏党に投票した。

 政権与党第一に不信感を持った者も、野党に不信感を持った者も、今まで投票しなかった事でこのような日本になったと反省した者も、全員神仏党に投票した。

 嘉一率いる神仏党が衆議院の三分の二を超える圧勝をした。


 ある程度は勝てると思っていた嘉一だったが、ここまで圧勝できるとは思っていなかったが、勝った時の場合を全く考えていなかったわけではない。

 嘉一が一番気をつけていたのは、立候補者の思想信条だった。

 男女問題とか、本来なら人間としてよくある愛憎劇のスキャンダルに関しては、少々の問題が起こっても、嘉一は気にしない性格だった。

 だが、自国の事よりも思想信条的に共感を持つ国の事を優先するような者に、権力を与える気はなかった。


 まず大蛇を送り込んでも喰われない者を候補者に選んだ。

 大蛇に喰われなかった者を、石長と観音に人物鑑定をしてもらって、宗教観に問題がない者を選んでもらった。

 二度の選別に通過した者を、付喪神となった八咫鏡と天叢雲剣と八尺瓊勾玉に人物鑑定してもらって、問題がない者を嘉一が直接面接して候補者にした。

 総選挙の全選挙区に当選可能な人数分の候補者を立てた事が、議席の三分の二以上の当選者を輩出する事になった。


 憲法を改正できるほどの圧勝は、多くの者を驚かした。

 反日反政府マスメディアは跡形もなくなっていたが、国民の中にはまだ根強い反日反政府主義者がいる。

 共産主義を礼賛する野党は一連の事件には関わっておらず、投票率が大幅に高くなったことで議席の半数を減らしたが、党員自体は減っていなかった。

 惨敗した政権与党第一党や野党は危機感を募らせ、一党独裁だと嘉一率いる神仏党を批判し、大々的なデモを実行していた。


 だがそれは、教祖を神と崇める事を前提としたクーデター計画に恐怖していた、多くの日本人には受け入れられない行為だった。

 共産主義者と旧来の権力組織は蛇蝎の如く嫌われる事になった。

 益々嘉一の権力が強まる結果となったのだが、嘉一が影響力を持っているマスメディアは、嘉一に忖度して批判的な報道をしなかったが、そのことが嘉一の危機感を刺激した。


 嘉一は人間の精神的な弱さに恐怖すら感じていた。

 このままでは自分が惚けたり判断力が鈍ったりした時に、日本に悪影響を与えてしまうかもしれないと考えたのだ。

 嘉一は自分の力を正しく使える人間に権力を移譲する事を真剣に考えた。

 同時に、自分をはじめとした神仏党の代議士に、政権能力がない事を熟知していたので、日本の運営に必要な人材をスカウトする事にした。


 まず総選挙で惨敗した元政権第一党に連立を打診した。

 長年政権運営に携わってきた政権第一党には、官僚を使うノウハウがある。

 代議士自体に能力がなくても、政策秘書達には能力がある。

 政権第一党としても、長年自分達を支えて来てくれた秘書達を失業させるのは忍びなかったのだ。

 元政権第一党の党首は連立に応じ、失業するはずだった数多くの秘書を、神仏党の政策秘書に貸し出してくれた。


 だが元政権第一党と連立を組むだけでは、官僚達を御すことはできなかった。

 そもそも権力を持っていた元政権第一党の代議士の多くが大蛇に喰われている。

 生き残っている代議士は、権力に遠かったり経験不足だったりする。

 政策秘書に力があるから、経験不足な代議士でも裏方ならある程度の仕事はできるが、記者はもちろん国民を相手に話さなければいけない、大臣には本人の経験と能力が絶対に必要だった。


 神仏党から出馬して当選した代議士は、大蛇や神仏や付喪神に思想信条性格は認められていたが、政治能力で選ばれたわけではないのだ。

 そこで嘉一は引退していた元代議士や民間人をスカウトする事になった。

 所属していた政党に関係なく、元大臣経験者を大蛇、石長と観音、八咫鏡と天叢雲剣と八尺瓊勾玉に人物鑑定させてから大臣に登用しようとしたが、残念な事にほとんど合格者がいなかったのだ。


 そこで嘉一は同じ人物鑑定を広く民間人に当てはめてみた。

 大学教授、元官僚、元都道府県の知事や市町村長など人物鑑定してみたが、なかなか合格者がいなかったし、合格者がいても大臣就任を断られてしまった。

 そこで嘉一は使いたくなかった最終手段を使うことにした。

 本当なら絶対に使いたくなかったのだが、日本を背負う責任を持ってしまった以上、神仏に殺されないようにするためにもやるしかなかった。

 嘉一は神仏に意趣返しをしようと大阪地域政党を乗っ取った事を心から後悔していたが、全て後の祭りだった。


「観音様、石長様、心からお詫びさせていただきます。

 こんな事になるとは全く思っていなかったのです。

 全ては俺の愚かさが原因です、申し訳ありません。

 本来ならこんなお願いができる立場ではないのですが、日本の危機なのです。

 どうか現世に介入してお助け下さい、この通りです」


 嘉一は土下座をして神仏に詫びてお願いをした。

 神仏に人間に成りすまして現世の大臣になって欲しいと願った。

 神仏に現世介入してもらえれば、日本が繁栄するに違いなかったからだ。

 だが、神仏には他の神々と現世不介入条約があった。

 信徒を唆して略奪と信仰を繰り返す、自分以外に神はいないと言う身勝手な神がいたので、全ての神が相互監視をする約束をしてしまっていた。


「手助けしてあげたい気持ちはありますが、他国の神々の手前、これ以上の現世介入はできません。

 ですが国内に限れば、正式な神と言えない半神の嘉一はもちろん、付喪神と物の怪達は大臣にする事ができます。

 外国に訪問しなければいけない首相や外務大臣、主要な大臣は人間を選びなさい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る