第29話:原因と交渉

「何から話すのが一番分かりやすいでしょうか。

 そうですね、先ずは嘉一が一番疑問に思っている事から話しましょう。

 大阪の地域政党と思想政党は手を組んでいます。

 いえ、思想政党という手先ではなく、母体となる思想組織と手を組んでいます。

 教祖の子供を担ぐ東京の権力集団が、大阪を中心にしている対抗集団を追い落とすために、大阪の地域政党に近づいたのです」


「今も陰で手を組んでいるのですか」


「力を欲する者、利を手に入れようとする者が、人が常に有利な方に動くのは嘉一もよく知っているでしょう。

 そんな者達は集合離散を繰り返すのです。

 信徒だけでは手に入れられない権力を、外郭組織を作って手に入れるのです。

 今はまだ地域政党に勢いと力があるから、嘉一が言うように陰で同盟を組んでいるだけですが、いずれは乗っ取られてしまう事でしょう」


「そうですか、教えてくださってありがとうございます。

 それが分かれば、今回の件で地域政党を巻き込む事を避ける必要はないですね。

 もう一つ聞いておきたい事は、恨みで物の怪に変化した者の正体です。

 今までの話で大体の想像はつきますが、はっきりと聞いておきたいのです。

 聞いておかないと、何の罪もない人を巻き込んでしまうかもしれませんから」


「その心配はいりませんよ。

 無実の者に神罰や仏罰を下す事を、付喪神や物の怪には許していませんから」


「現世に生きる人間で、何の罪も犯していない人間は滅多にいません。

 何の罪も犯していない者に天罰を下すなと命じるのではなく、殺人の実行犯や共犯者以外は殺すなと命じておくべきです」


「そこまで気をつかわなくても、嘉一を手伝ってくれている付喪神と物の怪達は、それほど凶悪ではありませんよ」


「俺はもっと多くの付喪神と物の怪達に手助けしてもらいたいのです。

 それも今までよりも凶暴な付喪神と物の怪達です。

 そうでなければ、とても思想集団を叩く事などできません」


「そこまでやる必要はないのではありませんか、嘉一。

 今回の件で多くの同志を殺して物の怪を生み出したのは、教祖とその子供を担ぐことで、強大な権力と莫大な富を手に入れたいと思っている愚者達です。

 そんな愚者達に天罰を下してしまえば、蒙昧な信徒達は目先の権力や富に群がり、信徒同士で争い四分五裂するのではありませんか」


「確かに四分五裂する可能性もありますが、誰かが権力を一手に握るかもしれませんし、ただの手先だった思想政党が力を手に入れてしまうかもしれません。

 もしそんな事になったら、この国は一気に狂信国家になってしまいます。

 そうなる前に、神仏が再介入してくれるとは限りません。

 貴方達神仏には、この国が暴走した時に見過ごした前科があります」


「確かに嘉一の言う通りですね。

 私達神仏は、この国の暴走を現世不介入の原則に従って見過ごしました。

 その所為で、この国は外国の属国になり果ててしまいました。

 だからこそ、今回は介入する事にしたのです。

 だから私達を信じてくれませんか」


「いいえ、無理です、全く信じられません。

 神仏の不介入の所為で、この国の民は塗炭の苦しみを味わいました。

 個人的な話しをすれば、祖父が戦死してしまい、残された祖母は戦争未亡人となり、とても苦労しました。

 そんな神仏の言動など、信じられるわけがないでしょう。

 俺に介入しろというのなら、必要な戦力を与えるのはもちろん、何処までやるのかの判断もかませてもらいます。

 俺がやり過ぎていると思ったら、気に入らないと思ったら、殺せばいい。

 俺が半神だと言うのなら、人間を殺した事にはならないのだろ。

 現世不介入の原則に外れる事なく、思い通りにやれるではないか。

 神仏がとても身勝手な事は、神話で語られている神々の言動や、戦国時代に仏僧や信徒に好き勝手やらせた事で知っている」


 嘉一の抑えきれない心からの怒りをにじませる言葉と態度に、説得役を任させていた石長はとても困った。

 思わず観音を見てどうすべきか確認するほどだった。

 嘉一の事を気に入っている石長は、内心では嘉一の好きにさせてあげたかった。

 嘉一を護るために、凶悪な付喪神と物の怪達を手先につけてあげたいとも思っていたが、観音の許可をもらわなければやれなかった。


「そこまで言うのでしたら、もっと強い付喪神と物の怪達をつけてあげましょう。

 新たにつけてあげる付喪神のほとんどが、日本刀の付喪神ですから、人間を殺す事に関しては何の問題もないでしょう。

 物の怪に関しても、鬼を主体につけてあげましょう。

 今まで護衛に付けていた前鬼と後鬼だけでなく、金鬼、風鬼、水鬼、土鬼、火鬼、木鬼、隠形鬼、酒呑童子、茨木童子、星熊童子、熊童子、虎熊童子、金童子を貸してあげましょう。

 ですが、彼らはとても凶暴ですよ。

 何時主である嘉一を喰い殺そうと襲うかもしれません。

 それでも凶暴な付喪神や物の怪を借りたいですか」


「手助けしろと言っておいて、自分の意に沿わない条件を要求されたとたんに脅迫に転じるとは、仏と自称しているのとは違って、悪辣非道な性格ですね。

 それでよく釈迦の弟子で仏陀を目指していると言えたものだ。

 悟りを得たというのも大嘘なのではありませんか」


「……確かに、この国の人々は我々を買いかぶっていますね。

 悟りを得る修行をしているのは確かですが、まだ完全に悟りを得ているわけではありません。

 完全に悟りを得て、仏陀となられたのはお釈迦様だけです。

 ですが、今も悟りを得るために修行しているのは確かです。

 他の人々が悟りを得る手助けをしたいと思っているのも確かです。

 ですが、嘉一に改めて指摘されると、己の至らなさが分かりました。

 いいでしょう、嘉一を信じて全てを任せます。

 ですが、嘉一自身がこの国を支配しようとした時は、手加減する事なく天罰を下しますから、覚悟してください」


「覚悟する必要など、毛ほどもありませんよ。

 そんな面倒で責任重大な事を背負う気はありません。

 そんなものを背負ってしまったら、精神が潰れてしまいます。

 神経性咳嗽になって、話す事すら満足にできなくなってしまいます。

 大きな円形脱毛症がいくつもできてしまいます。

 俺に欲があるとすれば、美味しい物をお腹一杯食べたい思いと、誰に気を使うことなく、一日中本を読んでゴロゴロする事です。

 ああ、それと、いい女を抱きたい気持ちも少しは残っていますね」


「……その言葉、決して忘れませんよ」

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