第18話:鮒豆

 嘉一は、再従兄達からもう一度鮒豆の話を聞いて作り方を確認した。

 本当は直ぐに作りたかったが、鮒の泥抜きが終わらないと作れない。

 常世の清浄な水で泥抜きしてからでなければ、想い出の味は再現できない。

 ありがたい事に、神仏も積極的に協力してくれた。

 以外と食いしん坊な神仏は、神通力を使ってでも思い出料理の再現に協力してくれている。


 だが協力してくれているのは神仏だけではない。

 新しく友人になったヘラ師達も積極的に協力してくれている。

 独り暮らしの家にいるのが嫌な者もいれば、息子夫婦の、特に嫁の世話になるのが嫌になる者もいて、鮒や鯉を片手に毎日やって来た。

 独りだと気後れするかもしれないが、二人以上だと来やすいのだろう。


 だが、基本他人と係わるのが苦手な嘉一には苦痛な事だった。

 公私をきっちり分けたい嘉一には、連日家に来られるのはとても苦痛だった。

 だが、寂しい高齢者を邪険にできる性格でもなかった。

 悩み苦しむ嘉一に手を差し伸べてくれたのは、やはり石長だった。

 石長が主のいない付喪神を集めてくれたので、ヘラ師達の相手はろくろ首や山童、座敷童子が相手をしてくれるようになった。


 ヘラ師達にとっても、姿形だけなら妙齢の美しい女性と可愛いらしい子供、彼らを護るように存在する屈強な男に世話される方が、嘉一のような貧相な男に世話されるより幸せだった。

 それに鏡の付喪神が嘉一を写して変化してくれているから、嘉一自身は苦手な人付き合いから逃げているのに、ちゃんとヘラ師達を相手している形になる


 最初にヘラ師達が嘉一の家に来てから三日で鮒の泥抜きが終わった。

 本当ならもっと何十日もかかるはずの新陳代謝が、神仏の力で早くできた。

 単なる泥臭さだけでなく、公害病の原因となる物質まで神通力で取り除いてくれたので、心の底から安心できる食材になっていた。

 そう教えられて、嘉一は安心して再従兄達から聞いた手順で鮒を煮た。


 最初に大量の番茶を煮だしてから冷めさせた。

 前日に大量の番茶を作っておいて、鮒の表面を、できれば炭火で焼く。

 鱗と皮を焼くのは、臭みを抑えるためだ再従兄達は言う。

 大きな鍋に鱗と皮を焼いた鮒を入れる。

 一緒に大豆、昆布を入れて冷たくなった番茶を注ぐ。


 水ではなく冷めた番茶で煮るのは、骨まで食べられるくらいに柔らかくするためだと再従兄達は言った。

 一昼夜かけてじっくりと煮ると、焼いた鱗は溶けるし中骨も頭も食べられるくらい柔らかくなると言う。

 大豆はよく洗って前日から水につけてふやかしておくらしい。

 番茶を沸騰させてから、再従兄達から聞いた配分で砂糖、醤油、味醂、料理酒を入れてしばらく煮る。


 少々残念な事に、嘉一の家はオール電化だった。

 IHコンロだから勝手に煮るのをやめてしまう。

 だからといってカセットコンロで煮てしまうと、嘉一の家は吹付断熱をしているので、一酸化炭素中毒で嘉一が死んでしまう可能性が高かった。

 諦めるしかないのか、誰かに頼んで作ってもらうしかない時に、食いしん坊の神仏が手助けを買って出た。


 嘉一が頼めば、付喪神達は喜んで多助けしてくれただろう。

 特に大切に使ってくれていた主人を亡くした練炭コンロの付喪神は、自分から手伝いを言い出しかねない状態だった。

 だが、付喪神達に手伝いを頼んでしまったら、嘉一とヘラ師達だけでなく、付喪神達まで鮒豆の御相伴に預かる事になる。

 神仏は少しでも食べる量が減るのを嫌ったのだ。


「嘉一、鮒豆の煮炊きは我々神仏に任せなさい。

 それよりもヘラ師達やママさん達から集めた情報の裏取りをしなさい」


「いえ、残念ながら俺はママさん達とは仲良くなれていません。

 そちらの方は二仏にお任せします。

 ヘラ師達も、今ではろくろ首や鏡付喪神の方が仲良くしてくれています。

 俺が何かするよりも、物の怪達に任せた方がいいと思います。

 それよりは、色々手伝ってくれている付喪神や物の怪達に御礼がしたい。

 それに、鮒豆が一番美味しく食べられる調味料の配分を見つけたい。

 だから泥抜きの終わった鮒を分けてくれ」


「仕方ありませんね、美味しい料理を作るためならお分けしましょう」


 石長をはじめとした神仏は上から目線で言うが、元々淡水魚は嘉一がヘラ師達に料理を振舞う条件でもらった物だ。

 美味しく食べたい一心で預かった神仏のものではない。

 嘉一も付喪神をそう心の中では思ったが、触らぬ神に祟りなしである。

 もうどっぷりと関係を築いてしまっているが、余計な事を口にして喧嘩にする必要もなかったので、素直に鮒を分けてもらった。


 それからあとは簡単な話しだった。

 下拵えは付喪神や物の怪達が手分けしてやってくれた。

 鱗と皮を焼くのも調味料の配分を変えるのも、物の怪達がやってくれた。

 後は庭に練炭コンロを並べて鮒を一昼夜煮るだけだった。

 火事にならないように見張るのも彼らがやってくれた。

 昼や宵の口は、釣った魚を持ってきてくれたヘラ師達も見張ってくれた。

 野外バーベキューのついでに見張っているような感じだった。


 ご機嫌なくらいに酔いが回って、美人のろくろ首や愛らしい座敷童に給仕され、親しくなった嘉一の偽物に歓待されれば、偏屈な河内におっさんの口も軽くなる。

 彼らの語る河童騒動の真相とは、市議会議員の子供による惨殺事件だった。

 標的にした大人しい子供を寺ヶ池に突き落として溺死させたという。

 大人しい子を溺死させた市議会議員は人権屋の代表で、マスゴミとは蜜月の関係にあって、密告を握り潰して報道しないのだと教えてくれた。


 以前は日本の政権与党に所属していたようだが、気を見るに敏な市議会議員は、大阪府で絶大な人気を誇る地方政党に所属を変えたという。

 そう言う連中は嘉一の市にも掃いて捨てるほどいた。

 政権与党の市議会議員の下劣さは、嘉一も市職員として働いている地域の兄貴分達から色々聞いていた。

 嘉一も大阪府で産声を上げた地方政党の理念には賛同しているが、勢力を築くために取り込んだ各市町村議員の下劣さには辟易していたのだ。


「石長様、以前にも言っていましたが、子供を自殺させた連中だけでなく、隠蔽工作に協力した連中も河童に皆殺しにされるまでは何もしませんよ。

 いえ、普段から人権や共に協力していた連中も一緒です。

 溺死させられた子の事件とは直接関係なくても、実行犯や隠蔽に協力した連中に力をつけさせた者達が祟り殺されるまでは、河童を地獄に落とさせませんよ」


「しかたありませんね、嘉一の言い分を認めましょう」

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