第9話:下請け哀歌

「昨日も五組の取材クルーが人体発火した」

「まだしつこく自殺した子の家族を取材する非道」

「特権階級のマスゴミに人権意識はない」

「現場で死ぬのは下請け業者、親戚の警察情報だから間違いなし」

「戦地にもフリーの記者を安価に行かせて自分達は日本で安楽」

「企業の下請け虐めよりもマスゴミの下請け虐めの方が酷い」

「そのくせ報道の自由を盾にとって言いたい放題」

「火の玉も取材クルーじゃなく社長会長を発火させろ」


 嘉一は時間がある時には必ずSNSを確認するようになっていた。

 神仏によって『姥ヶ火』が地獄に落とされる事のないように、現世と常世の両方に存在する自分は現場に近づかないようにしていた。

 その所為で現地の情報を手に入れられなくなっていた。

 SNS上の噂話なので、絶対に正しいとは言えないが、丁寧に調べていればある程度の確度を持った情報を集める事はできた。


 そんな情報では、大手新聞各社は正社員を取材に行かさないようにして、フリーの記者に社章を貸して取材させているという。

 テレビ局は最初から取材は下請けの制作業者にやらせているともあった。

 ゴシップ紙も最初から正社員が少なくて出来高制のフリーの記者が多いそうだ。

 確実な情報かどうかは分からないが、SNSで調べた範囲ではそうなっていた。


 立場の弱い下請け業者やフリーの記者を使って、本当の被害者である虐めで自殺した子の遺族に対して、人権を配慮しない取材を強行する。

 まだそのような状態なのを確認した嘉一は、今日も常世にいる神仏に賄賂のお供えをする事にした。

 まだ想い出の食材が全て集まっていないので、手元にある食材で作れる範囲にするべきか、買った物をお供えするか少し悩んだ。


 だが今日は昨日約束した通り、石長女神がお好み焼きを作ってくれるのだ。

 試作試食してお腹一杯にするわけにはいかないのだ。

 そうなると、お供えする料理は安心できる専門店の職人が作った料理になる。

 この時代に専門店の職人が常時作ってくれている料理となると、郷土の質素な思い出料理などない。

 そこで嘉一は色々と考えたのだが、丁度いい料理を思いついた。


 嘉一が家を出て買いに行った料理は、大阪名物の箱寿司だった。

 東京に江戸前の寿司があるように、大阪には大阪寿司と呼ばれる箱寿司があったが、老舗の箱寿司を買うには市内にまで出なければいけなかった。

 電車に乗って市内まで行くことにした嘉一だが、焼き穴子、小鯛、厚焼き玉子・海老、鯛・キクラゲだけの上品な箱寿司だけでは心が満たされなかった。


 嘉一にも想い出の寿司があったからだ。

 それはバッテラと呼ばれる、薄く切った〆鯖と白板昆布を酢飯に乗せた寿司なのだが、〆鯖を一本使った棒寿司よりも安価で、庶民の寿司だった。

 同じ庶民の寿司である稲荷寿司と一緒に、立ち食いうどん屋に置いてあるくらい、安価に食べる事のできた想い出の味だった。

 日本が豊かになって、鯖が徐々に厚くなっているバッテラだが、嘉一の想いでのバッテラの鯖は薄くなければいけなかった。


 想い出の寿司は他にもあって、祖母や大叔父と一緒に奈良に遊びに行った時のよく食べた、柿の葉寿司だった。

 ひと口大に握った白米に、塩漬けされた鯖の切り身を乗せ、柿の葉で包んで保存性を高めた押し寿司の事だ。

 バッテラと同じように、日本が豊かになって海老やサーモン、小鯛の柿の葉寿司も作られるようになったが、嘉一の想い出の柿の葉寿司は鯖一択だった。


 嘉一の想い出はともかく、神仏に対する賄賂のお供えだ。

 想い出の寿司に加えて今手に入る一番の寿司を用意すべきだと嘉一は考えた。

 大阪市内で大量の箱寿司を買った嘉一は、地元で寿司屋を継いだ中学時代の同級生に電話を入れて、江戸前の寿司も注文する事にした。

 大量のタコ焼きとお好み焼き食べていた八仏を基準に、大量の寿司を注文した。

 握り寿司だけではなく、太巻きや伊達巻も注文した。


 それだけで安心する事なく、快足電車に乗って柿の葉寿司の本場、奈良にまで足を延ばして鯖、鮭、金目鯛、穴子、海老、鴨、数の子、赤飯の柿の葉寿司も大量に買って地元に戻ってきた。

 自宅に戻ってから、中学時代の同級生に握り寿司と巻物を持ってきてもらった。

 あまりに量があったので、今回も急な階段を何往復もしなければいけなかった。


 特に大変だったのは、ビールや日本酒を運ぶ事だった。

 嘉一だけで冷蔵庫を氏神様の本殿まで運ぶ事などできないので、キンキンに冷やしたビールをお供えしようと思うと、急いで階段を登る必要があったのだ。

 だが神仏も多少は気をつかってくれたのか、ビールは最初の一杯で止めてくれて、後は日本酒を飲むようにしてくれた。


「気をつかってくれてありがとうございます、嘉一。

 想い出の寿司だけでなく、江戸前寿司まで御供えしてくれたのですね。

 夏祭りの打ち上げの時に、氏子達が境内で飲食していたのですが、神仏に御供えの気持ちを持ってくれる氏子が少なくて、満足できるほど食べられていなかったの。

 それに、予算の関係で、安価なスーパーの寿司が多くて、本職の寿司職人が握ってくれた、美味しい寿司を食べた事がなかったの、ありがとう」


 心優しい女神、石長女神から、心からの御礼を言われて、嘉一はうれしかった。

 時間と労力とお金を使ってでも、神仏が本当に喜んでくれるお供えを集めてよかったと嘉一は思っていた。


「これくらい大したことではありません、石長女神様。

 お供えでいいのなら、できる限り手に入れさせて頂きます」


「お礼と言うにはささやか過ぎますが、約束通りお好み焼きを作ってあげましょう」


「ありがとうございます、石長女神様」


 お腹がはち切れそうになるくらい沢山のお好み焼きを食べた嘉一は、家に戻ってSNSを確認した。


「今日も七件人体発火ナウ」

「朝から昼までで七件二十一人が人体発火」

「俺が聞いたのは八件三十四人だ」

「嘘だろ、俺は十件六十人と聞いている」

「それは盛りすぎ、七件二十三人が焼死」

「テレビの撮影クルー四組十六人。

 大手新聞社が雇ったフリー、四組四人。

 ゴシップ誌三誌三人が正解」


 色々な情報が氾濫していたが、何が正解なのか分からなかった。

 比較的信用できそうな情報でも、まだ人体発火が続いていた。

 それは、マスゴミの悪辣な取材が続いていると言う事だった。

 だから嘉一はまだ『姥ヶ火』を地獄に送る気にならなかった。

 その想いは、石長女神様も同じだと思っていた。

 もし石長女神様が嘉一の行動に反対だったら、手料理を振舞ってくれるはずがないと思えたからだった。


「東京でも人体発火があった」

「最初に頃に取材していたリポーターが発火したそうだ」

「地元や東京だけでなく、大阪市内でも人体発火があった」

「奈良に家がある取材クルーが発火したそうだ」

「京都でも人体発火があったと聞いている」

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