第3話:モテる冒険者とモテたい冒険者
女神を名乗ったイカれた女から逃げ出した俺はギルドへと戻っていた。
「はぁ……一体何だったんだ、あの女は……」
併設の酒場で一息つきながら、この短期間にあった出来事を追想する。
「でも、めちゃくちゃ可愛かったんだろ? だったらちょっとくらい付き合ってやれば良かったのによ」
対面に座る腐れ縁の友人――ジルド・フリヴォラスがニヤニヤと笑いながら言う。
「いくら可愛くてもあんなイカれた女はお断りだよ」
これまでも妙な女に散々騙されて来たが、あの女はその中でも桁違いだった。
「そうかい。それにしてもお前はほんとに女運がねーよな。デートの最中にいきなり路地裏の建物に連れ込まれて、開運の壺かイルカの絵のどっちを買うか迫られたのは前の前だったか?」
「……それは前の前の前だ。前の前は病気の父親のために金が要るって言われてトンズラされたやつだよ……」
「あー……そうだったか、多すぎてもう覚えてねーわ。しっかし、なんでそう簡単に騙されるかね」
「なんでって、それは……」
「それは?」
「女の子が困ってたら放っておけない性分のせいっつーか……」
少し口籠りながらも理由を説く。
そう、それは自分でも嫌というほどに分かっている悪癖。
困っている誰か(特に女の子)を見ると衝動的に身体が動いてしまう俺の
前の前の前の前も悪い男と縁を切るのに金が必要だと泣きつかれ、二つ返事で大金を渡してしまった。
「ちったぁ疑うことも覚えろよ。その人助けの精神は立派だけど、そんなんじゃこの先もっとやばい事に巻き込まれんぞ……ってこれ言うのも何回目だ?」
「それは、分かってるんだけど……いざその状況になったら見捨てられないっていうか……」
「まあ、それで近づいてくるのが軒並み変な女ってのは同情するけどな。何か悪いもんでも憑いてんじゃねーの? 一度、教会で祓ってもらってこいよ。シスターを顔採用してるって噂のリーヴァ教とかでいいから。上手くいったらお近づきになれるかもしんねぇぞ?」
「そんな簡単にいけたらこんだけ苦労してねぇよ。ったく、自分は『生まれてこの方、女に困ったことありません』みたいな顔しやがって……」
対面に座っている友人の出で立ちを改めて確認する。
短く整えられた金髪に男らしい野性的で鋭い顔立ち。
服の上からでも分かる鍛え上げられた精悍な身体。
加えて冒険者としても銀A級に名を連ねるギルドの若きホープが一人ときたもんだ。
その盛りに盛られた女ウケするステータスは、意図せずとも擦り減った俺の神経を逆撫でしてくる。
「まあな」
否定しないのが余計にムカつく。
でも、それが我ながらひどい妬み以外の何物でもないことはもちろん分かってる。
「なあ、そんなモテてモテて仕方がないお前に一つ聞きたい。俺の今後の人生において、非常に重要なことだ」
「重要なこと? なんだよ」
ジルドがテーブルの上に杯を置く。
ヘラヘラと笑っていた先程までと打って変わって神妙な表情。
今からする質問の重大さを察知してくれたらしい。
「女の子の二の腕の柔らかさと、おっぱいの柔らかさが同じって本当なのか?」
盟友の目を見据え、大真面目に尋ねる。
「はあ、こりゃ末期だな……。いくらモテないからって、んなこと言い出すなよ……。聞いてるこっちが辛くなるじゃねーか」
「だって、だってよぉ……二の腕くらいなら今後の人生でも触れるかもしれないだろ……。そんで、その感触がおっぱいと一緒だっていうなら俺はもうそれだけで……」
「何も泣くこたぁねぇだろ」
「な、泣いてねぇよ! 料理の煙が目に染みただけだっての!」
テーブル上では出来たての『サラマンダーの香草焼き』からモクモクと煙が立ち上っている。
生きる香辛料とも言われる食材であり、こいつの煙はよく目に染みる。
決して冒険者稼業三ヶ月分の大金を失ったのに、指一本触れられなかったのが原因じゃない。
「はいはい……。でも、まじで何もできねぇで金だけ持って行かれたのな」
「そうだよ! 指一本すら触れもしなかった女のために大事な相棒まで失ったんだよ! この悲しみがお前に分かるか!?」
勢いよく立ち上がり、必死に笑いを堪えているジルドに左腰の剣帯を見せつける。
四日前までは、そこに上京した時に奮発して買った自慢の剣があった。
二つ前の女から金が必要だと聞かされて質に入れたのが、三日前のことだ。
売値はちょうど十万ガルド。平均的銅級冒険者の一月分の稼ぎ。
それが三年間苦楽を共にした相棒の値段だった。
「おい! うるせぇぞ! 永世銅級!」
喪失の感傷に浸っていると、突然どこからともなく罵声を浴びせられる。
「あぁ!? 誰が永世銅級だって!?」
声の聞こえた方に振り向きながら即座に言い返す。
しかしギルドに併設されたこの酒場は昼間から冒険者という名の酔っぱらいだらけ。
少し白熱しすぎていたのか、その視線の多くが俺の方へと集まっていた。
その中の誰がさっきの言葉を口にしたのか、この状況では探しようがない。
「ったく、どいつもこいつも人を小馬鹿にしやがって……」
嫌な注目を浴びて、少しバツの悪い心地を覚えながら席に座り直す。
「まあ、気にしすぎんなって」
「それはどっちの話だよ」
女運の悪さの話か、それとも俺が冠する不名誉な称号の話なのか。
「両方だよ。今更喚いたところで何かが返ってくるわけでもねーんだから。こういう時はガーっと酒でもかっくらって、さっさと笑い話にしちまえ。ほら、ここは俺が奢ってやっからよ」
目の前に置かれた空の杯に、琥珀色のエールがなみなみと注がれていく。
悔しいが、こいつの言う通りだ。
今更何をしたところで俺の手元には何も戻ってこない。
俺を騙した女たちはどこかで俺の金を使って豪遊していて、俺はギルド貢献点がマイナスの彼方まで吹き飛んだ銅F級冒険者のままなのが現実だ。
「それはその通りなんだろうけど、酒はいい」
「何言ってんだ。嫌なことは酔って忘れるのが一番だっての、ほらぐーっといけって」
「いや、これからまだ仕事だ。どっかの誰かに買われる前に、質に入れた相棒を取り戻さねーと」
なおも飲酒を勧めてくるジルドへと向かって杯を押し返す。
女も金も失った挙げ句の果てに大事な商売道具まで失うわけにはいかない。
さっさと稼いで、少しでも早く取り戻さないと。
「あっそ。でも取り戻す、か……。それよりも剣が無くなったんならこれを機に――」
「それだけはない。絶対にな」
何かを提案しようとしてきたジルドが言い切る前に拒否する。
「もったいねーなぁ……」
「どんな武器を使ってるかってのは冒険者にとって重要なんだよ。お前とか、ここに載ってる奴らみてーな生まれながらのモテ男にはわかんねぇのかもしれないけどな」
テーブルの上に置いていた雑誌を開いてジルドに見せる。
「なんだこれ、『街の女子1万人に聞いた抱かれたい男ランキング』……って、また月刊ミズガルドかよ。ほんとに好きだな……」
「俺の
月刊ミズガルドはこの街にある出版社の『ヴェリール社』が発行している情報誌。
どこの店の何が美味しいというグルメ情報から奴隷商の仕入れ情報、果ては未確認動物の目撃例まで。
ミズガルドに関するあらゆる情報が網羅されている俺の愛読書だ。
「それに、お前も知ってんだろ? あの武器を使う奴がどんな末路を辿るのか……俺がこんだけツイてないのもきっとあれのせいに違いねぇ……あんなことが無きゃ俺だって今頃は……」
「まあ、お前の好きにすりゃいいけどよ。さて……と、そんじゃ俺はこの辺で失礼するわ」
あの武器が持つ呪いの恐怖にわなわなと震えていると、ジルドが席から立ち上がった。
「ん? お前も仕事か?」
「いや、ちょっとした野暮用」
「野暮用ってなんだよ」
妙に浮き足立っている態度と、ビシっと小洒落に決まった服装。
聞かなくても大体分かるが一応聞いておく。
「デートだよ。もちろん『むっさい男連中と組んで冒険』の隠語じゃなくて女の子とな」
「……誰とだ? 前も一緒にいた武器屋の子か?」
「いや、今日は四一通りにある『満月亭』って酒場の看板娘ちゃんの日だな」
四一通りの満月亭。
前に何度か利用したことがある店だ。
記憶の糸を手繰っていくと、人懐っこい笑顔がチャームポイントの小柄な女性に行き当たった。
やっぱり聞かなきゃよかった。
「……ドラゴンにでも食われて死んじまえ。この色男が」
世のモテない男たちに代わって呪詛の言葉を投げかけておく。
「ははは、そんじゃあまたな。たまには愚痴以外の話も聞かせろよ」
しかし渾身の呪詛も軽く笑い飛ばされ、盟友は宙に浮くような軽快な足取りで去っていった。
俺のように女に困らされ続ける男もいれば、あいつのように女に困ったことのない男もいる。
三年前の出発地点は同じだったはずなのに、どうしてここまで差がついたのか。
「でも、いつまでも落ち込んでるわけにもいかねぇよな……」
とりあえず飯でも食うか……と、少し冷めた昼食を黙々と平らげていく。
視界が少しぼやけているのはモテない男の悲哀のせいだろうか。
いや、ここの『サラマンダーの香草焼き』は辛みが強すぎるせいに違いない。
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