22 油断大敵! 小さなことが怪異を招く


 俺――紫桃しとう――は有給休暇を取って東京に来ている。


 ひさしぶりに友人・コオロギ――神路祇こうろぎ――と会うので会話を楽しみにしていた。というのも、コオロギは霊感があってふしぎな体験をするから、その話を聞きたいのだ。食事をしながら奇談を聞く予定だったのに、想定外のことばかりが起きた。


 まず、二人きりではなくコオロギのイトコ・もりさんが現れて、急きょ三人ですごすことになった。これだけでも俺のキャパを超えているのに、さらに同じホテルで宿泊することになり、現在二人の部屋に俺が訪れている状況だ。


 コオロギからいくつか奇談を引き出しているけど怖い体験がでてきた。俺と杜さんがコオロギに話すよう仕向けたことだけど、怖すぎて部屋はしんとしている。


 こうなりゃ、アルコールで恐怖をまひさせよう!


 俺はビールをごくごくと飲み始めた。杜さんはチューハイを少し飲んでからコオロギに話しかけた。



「子どもは経験がないからあまり疑わないし、怖さを知らないわ。

 見た目や言葉にだまされやすいから、やっぱり大人が守ってあげないとダメね」


「用心しないといけないのは子どもだけじゃないぞ?

 大人だって気をつけないといけない」


「そうだよな。経験のある大人だって振り込め詐欺でだまされたりするんだ。

 どんな手を使ってくるのかわからない」


「周囲を警戒するだけじゃなくて、自分の言動にも気をつけないといけないぞ」


「失言から反感を買ってしまうからか?」


「それもあるけど、まれに自分からアヤカシを引き寄せることがあるからだよ」


「「え?」」



 コオロギはさらりと言ったが、自分の言動がアヤカシを引き寄せるなんて恐ろしいことだぞ! 一体どういうことなんだ!?



「レイちゃん! それ、どういうことなの!?」


「知らないうちにアヤカシを引き寄せる呪文を唱えているのか!?」


「なによ、それ!」


「『夜に口笛を吹くとヘビが出る』って言うじゃないですか。

 アヤカシを呼び寄せる合図を無意識に言っているかと」


「本来の意味を知らずに使っているパターンね……。嫌だわ!」


「そうじゃないよ~(笑い)」



 俺と杜さんのやりとりを見ていたコオロギは笑いだした。よく考えればアヤカシを呼び寄せる呪文は言いすぎか。それなら何がアヤカシを呼ぶ原因になるんだ?


 ひとしきり笑うとコオロギはお菓子を食べながら話し始めた。



「ネットで『怪談ブームがきている』と書かれていたのを見て驚いた。

 動画コンテンツに心霊スポットへ行って実況するのもあったりする。

 簡単に情報が入るから気軽に心霊スポットへ訪れる人もいるようだけど、自分は心配になるんだ。


 姿の見えない得体が知れないモノと遭遇するかもしれない。安全だという保証はないのに自ら危険地帯へ踏みこんでいく。対処法がわかるのならなんとかなる。でも幽霊や妖怪などのアヤカシは未知だ。

 同じような倫理観をもっているとは限らないし、人ではないから同じルールが通じるかもわからない。


 怪異は突然やってくる。何が引き金になるのか、アヤカシが憑いてしまったらどうなるのか。自分は未知なものは怖いよ」


「レイちゃんは何か体験したことがあるの?」


「安易な頼みごとをして怖い思いをしたことがある」


「頼みごとって?」


「神社や仏閣を訪れると、『良い縁がありますように』と願うのがくせだったんだ」


「それはコオロギだけじゃなく、参拝した人たちがふつうに願うことじゃないのか?」


「そうかもしれない……。重要なのは『誰に対して願いをするのか』を意識しておかないといけないんだ。

 小さな寺を訪れたとき、深く考えもせずに縁がつながるといいなと思ったんだ。そしたら去り際にふと『今夜、何かくるな』と浮かんで、ぞわっとした。

 なんでそう思うんだろうと気味悪く感じていたけど、街あるきを続けているうちに忘れてしまったんだ。

 その夜に変な体験をした――」



 ✿


 夜、ベッドに入ってまどろみにいたら急にイメージが浮かんできた。


 夜の街を俯瞰ふかんしている。建物や道路、茂った木々には見覚えがある。記憶をたぐるとすぐに昼間に街あるきをしたエリアだと気づいた。建物が多い東京で木が密集しているのは目印になる。囲むように植わってる木から訪れた寺を視ているとわかった。


 なぜこんな景色を見ているのだろうとふしぎに思っていたら、寺の門から黒いナニカが出てきた。小さいのに動きが速い。


 黒いモノは四つ足のようで、四肢を素早く動かして歩道を走る。十字路まで来ると右へ曲がり、車のない車道を走っていく。黒く見えていたナニカがオレンジの街灯の下にきて姿が見えた。


 ナニカはハイハイしている赤ん坊で、四肢を異常な速さで動かして移動している。赤ちゃんの姿をしたアヤカシと気づいたとき、顔は見えていないのに口元を不気味にゆがめたのがわかった。


 コイツは家へ向かってきている――。


 わかった瞬間に視界が切り替わり、天井が見えていた。


 切り替わった場面は自室だ。

 電気の消えた部屋のベッドで寝ている。夢から覚めたのだと思い、体を起こそうとしたが動かない。そこで金縛りに遭っていることに気づいた。


 ついさっきまで赤ん坊の姿をしたアヤカシの夢を視ていたから、気味が悪くて仕方がない。なんとか金縛りを解こうとするけど動けない。目だけは動くので、周りを見ると部屋を仕切る扉が10センチほど開いていることに気づいた。


 隙間に気づくと目の端に影が映った。ちゃんと見なくても直感でわかるこの感覚……。居るのはアヤカシだ。


 確認するため気配がするほうを視てみると、ベッドの下から首から上だけを出した人影が自分を見ている。


 アヤカシは、塗りつぶされたように真っ黒なのに成人男性というのはわかる。黒一色の中、目だけ眩しく発光して白目が視えている。ベッドの端に両手をかけて、首から上だけを出した状態のまま自分を見ている。姿は違うがさっき視た赤ん坊のアヤカシだとわかった。


 コイツにはいい感じがしない。早くアヤカシに対処しようと金縛りを解こうとするけどうまくいかない。何度も挑戦するけど体は動かず、男の姿をしたアヤカシはベッドの端から楽しそうに見ている。


 気味が悪くてはじめは怖かったけど、変わらない状況にそのうちいら立ってきた。金縛りを解くのは無理とわかると怒りが増してきた。言葉も出せないから、アヤカシをにらんで「夢の中で殴ってやる!」と胸の内で言うと、気づけば朝になっていた。


 ✿



「目が覚めた直後は金縛りの夢を見たのかと思った。でも金縛りと格闘していた筋肉のこわばりが残っている。またいつも見る夢とは質が異なっていた。

 夢にしては生々しくて、俯瞰で視ていたときに風を感じたことや、詳細な部分まで鮮明に視えていたんだ。

 夢を見ていたのか、実際に金縛りに遭ったのかはわからないけど、ただの夢じゃないし、疲れからくる金縛りでもない気がする。


 証明はできないけど、自分が『縁がつながるといいな』と安易に願ったことが原因だとなんとなく思った。

 そこアヤカシがいて、自分がふと思ったコトバ頼みごとを聞いた。『じゃあ、遠慮なく』とアヤカシが受け取り、自分が許可していたから怪異が家に入れたんだ。


 安易に願うのはよくない。対象を見定めて祈らないと思ってもみなかった怪異を招き入れることになる。

 大人だって油断してはいけない。ふだんのなにげない言動が知らないうちに怪異を引き寄せるきっかけをつくることにもなるんだ」



 俺はこれまでの言動を考えてぞわっとした。

 なにげなく使った言葉の中に、アヤカシを引き寄せるきっかけをつくっているかもしれないと考えたら恐ろしいことだ。


 一日でたくさんの言葉を話すが、すべての言葉を深く考えているわけではない。アヤカシに注意するだけでなく、もしかしたら人を傷つけるようなことも言っているかもしれない……。言葉を使うときは、なるべく意識して気をつけるようにしよう。


 それにしても――

 不気味な存在と対峙して『殴ってやる』なんて……。


 俺なら目が合った瞬間に気絶する展開だぞ!?

 コオロギのもとへやって来たアヤカシは、さぞかしびっくりしただろうなぁ。


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