第31話 アクセル ―裁判―

アクセイル子爵領地に来てから今日まで本当に心地よい時間を過ごしました。ですが、いつまでもアクセイル子爵夫妻やエンジ様のご厚意に甘えていてはいけないと思って、これから私自身の身の振り方を考えようとしていた矢先、ソノーザ公爵家の断罪する時が来ました。


……え? もうそんな頃合いに!? エンジ様から『それ』聞かされた時は、時間が一気に加速したと錯覚しました。私の気付かぬうちに、サエナリアお嬢様が行方不明になってから約一か月がたっていたのです。


そんなことに気付かなかったなんて、私の馬鹿!





アクセイル子爵家の屋敷の一室。私はエンジ様に裁判に出席するように相談されます。もちろん、答えは決まっています。


「……ということで君にも裁判に来てほしいということなんだ、ミルナ」


「分かりましたエンジ様。むしろお礼を申し上げたいくらいです。サエナリアお嬢様を虐げた者たちが断罪されることは決定事項でしょうから」


それをこの目で拝めるのですから、出席しないわけにはいきません。この裁判の黒幕のうちの一人はこの私なのですからね。


「そうか。そうだな……」


「ソノーザ家の……ベーリュ・ヴァン・ソノーザの断罪。ここまでくるのに長い時間がかかりました。後は裁判の結果に任せるだけです」


「ミルナ……」





サエナリアお嬢様が行方不明になってから約一ヶ月後。貴族裁判所で長女サエナリアの虐待とソノーザ家当主ベーリュの過去の罪状、ついでに次女ワカナの不敬罪に対する裁判が始まろうとしています。


多くの人々が見守る裁判、いいえ、私がこれまで願っていた裁判です。被告人の席に座るソノーザ一家のあの惨めな姿をこの目で見ることをどれだけ楽しみにしたことか……。しかも、ワカナは猿轡を、ぷっ。ざまあ!


「皆さん、大変お待たせしました。国王陛下、準備ができました」


初老の裁判長がやってきました。これから本格的に始まるのですね。


「静粛に。これより裁きを始める」


そんな言葉だけで気が引き締められ、緊張感が一気に引き上げられました。空気が変わるというのはこういうことですね。


「それではこれよりサエナリア・ヴァン・ソノーザ令嬢の行方不明事件及び、その過程により発覚したベーリュ・ヴァン・ソノーザの過去の多くの罪に対する裁判を行います。まずは、第一王子カーズ・フォン・ウィンドウ殿下。今回の経緯をご説明ください」


げっ! よりにもよって最初に発言するのはカーズか。っていうか、だいぶやつれてません? 体が痩せて目はギラギラしてるし、別人じゃね?


「はい。私、カーズ・フォン・ウィンドウより説明させていただきます。私は一か月前に元婚約者のサエナリア嬢が一人の令嬢を苛めていると誤解して罵倒しました。そのせいで彼女の心を傷つけてしまいました。誤解だと分かった後日、私はサエナリア嬢に謝罪するためにソノーザ公爵家を訪れました。迎えた公爵に謝罪する理由を正直に説明していました。その最中にそこにいるワカナ嬢が乱入してきたのです」


ああ、この声はカーズだ。間違いない。でも、しゃべり方が変わったのでしょうか? 以前のような無自覚に傲慢な口調がだいぶ丁寧になっている気がします。ああ、裁判だからか。


「その時のワカナ嬢の言動は、はっきり言って貴族の令嬢らしからぬ無礼極まりない言葉でしたが、その言葉の中でサエナリア嬢が姿を消したというようなことを口にしていました。嫌な予感がした私は、ワカナ嬢が部屋を後にした後で公爵に事情を聞きだしました。……サエナリア嬢が置手紙を残して行方をくらましたことを」


「……サエナリア……」


「…………」


「っ!? …………!」


ソノーザ公爵夫妻、ベーリュとネフーミ。貴方方が今更悲痛な表情になっても何も変わりませんよ。償う気があるのならば正当な裁きを受けてください。今。


ワカナだけは変わりません、というか狂気に満ちた目でカーズを、両親を睨んでいるようにも見えます。むしろ前よりひどくなってない?


「公爵から詳しい話を聞いて、更に私が無断でサエナリア嬢の部屋を目にしたことで、彼女が家庭環境の中でとても不遇な思いをしていることを知りました。妹のワカナ嬢を優先され彼女自身の意思は無視される。しかも、自室を物置と併用されていたのです。とても貴族令嬢の扱いとは思えぬほどの雑な扱いでした。あれでは家族の扱いですらあり得ません」


「も、物置? 殿下、それは真ですか?」


「はい。事実です」


「なんと………」


裁判長の質問にカーズが事実だと答えると裁判長は言葉を失いました。当然ですね。


「……公爵夫妻。殿下の語ったことは事実ですか?」


「「………………」」


黙らないで答えろよ。


「正直に話してください」


「はい………殿下の言う通りです………私が、あの娘を顧みなかったのです……」


「私も………家庭を省みませんでした………」


「……そうですか」


裁判長の夫妻を見る目が冷たくなっていく。分かりますよ、その気持ち。娘を駒としか見ていないことがまるわかりですよね。ですが、これは序の口にすぎません。奴の過去は更に酷いのですから。


「ソノーザ公爵の屋敷を出た後、私はすぐにサエナリア嬢の状況を国王陛下に知らせ捜索を願い出ました。ただ、私はサエナリア嬢の心を傷つけたことや勝手にソノーザ公爵のもとに向かったこと等に陛下は大変お怒りになり、私は部屋で謹慎と言う処分を言い渡されました」


謹慎処分と言う言葉に私の心がざわつくのを感じます。カーズが謹慎にされたことに対する喜び、もしくは謹慎程度になっていたという憤りに心がざわついています。……ふっ、どっちなんでしょうね。


「愚息カーズの言うことは間違いはない」


「陛下」


「「「「「っ!」」」」」


ここで国王陛下が口を挟みます。私も現実で初めてお目に掛かりました。あれがジンノ・フォン・ウィンドウ国王陛下ですか。なるほど、ゲーム通りのおじさま風の男性ですね。


「あの時のカーズは王太子としての覚悟と自覚が足りなかった。王太子とは次期国王候補。それほどの立場にいるにもかかわらず、あまりにも考え無しに振舞っておった。己の行動に周囲がどれだけ影響を受けるのか深く考えていなかったのだ。それゆえの謹慎処分だ。……更に王太子の身分も剥奪した。王位継承権とともにな」


「……陛下の私への処分は適切……温情をかけてくださった処分です……」


国王陛下が口を挟んできたことで、周りが静かになりました。流石は国王です。こういう時は威厳に満ちてますね。ゲームでは意外な一面があったりするのですが、こっちではどうでしょうか?


「……サエナリア嬢のことは我ら王家にも責任があるゆえ、王家による大捜索を行った。第二・第三王子たちも独自に捜索に出てくれた。独自の伝手でな」


「その後のことは先に言った通り、私は謹慎中でした。サエナリア嬢の捜索は弟たちに伝えられるだけという形になるので、ここからは弟たちに引き継ぎます」


弟。つまり、レフトン殿下とナシュカ殿下のことですね。あの二人なら話が進むでしょう。


「はい。ここからは兄カーズに代わり、私ナシュカ・フォン・ウィンドウと次兄レフトン・フォン・ウィンドウが説明させていただきます」


「陛下の言う通り、我々二人もサエナリア様の捜索のために行動した。ただ、王家の捜索が始まる前に独自の行動を起こした。ナシュカは学園を調べ、私はソノーザ公爵家を調べるという形だ」


……不思議。レフトン殿下が王族に見えます。あ、最初から王族でしたね。


「次兄レフトンの言う通り、私は学園を中心にサエナリア様の手掛かりを探しました。最初に目をつけたのは、一時期に長兄カーズが懇意にしていたと噂されていたマリナ・メイ・ミーク様でした。彼女はサエナリア様とも親友だと聞いていたのでサエナリア様の行方について何か知っているのではと考えて詳しい話を聞かせてもらいました。残念ながら、マリナ様からサエナリア様の手掛かりを掴むことはできませんでした。しかし、決して無駄ではありませんでした。マリナ様のおかげで兄カーズがサエナリア様を蔑ろにしていたという証言を聞けました。それにマリナ様自身は兄カーズに何の情も抱いていないことも嘘偽りない本心として聞かせてもらいました。マリナ様はただサエナリア様と一緒にいたいだけで、兄カーズに付きまとわれていただけでした。兄カーズの愚行は聞くだけで耳が痛くなるようなことでした。後で調べて確かなことだと判明し、私は王家の者としてマリナ様には深くお詫びしました」


ナシュカ殿下、ありがとうございます。容赦なくカーズの愚行を語ってくださって。


「マリナ嬢。事実ですか?」


マリナ様! 言ってやってくださいな! カーズの悪行を!


「はい。ナシュカ殿下のおっしゃることは全て事実でございます。カーズ殿下とわたくしの間には、カーズ殿下の一方的な思いでしかありません。……わたくしの力不足でサエナリア様の手掛かりは見つけられなかったことに関しては悔しい限りです」


……ま、まあ、マリナ様ですし、悪口は口にできませんよね。


「カーズ殿下。事実ですか?」


「……はい。弟ナシュカとマリナ嬢の言っていることはすべて事実です。すべては私の思い込みでした……」


「……そうですか」


最低最悪の王子だ。もうどれほどそう思ったか分かりませんが、今多くの方々が同じ思いを抱いていると思います。カーズ、今更ですが『ざまあ見ろ』です。


「ナシュカが学園に向かった後、私、レフトン・フォン・ウィンドウはソノーザ公爵の屋敷に向かった。理由はもちろんサエナリア様の手掛かりを求めてのことだ。そのために屋敷の執事に無理を言って調査させてもらった。その過程でサエナリア様の部屋を案内させてもらったのだが、そこは物置だった」


レフトン殿下の言っていることは概ね合っています。侍女の存在の有無を除けばね。


「物置……先ほどカーズ殿下からもそう聞いておりましたが、その物置をサエナリア嬢の部屋として確認できる決め手は何かあったのでしょうか?」


ありますよ。今も机の上にあるかもしれません。部屋がそのままなら。


「私も最初はすぐには理解できなかった。だが、案内してくれた執事の説明を聞いて、やっと理解できた。物置として使われる部屋には簡易な椅子と机にベッドがあり、その机の上にはかつて兄カーズがサエナリア様にプレゼントした髪飾りが置いて……飾ってあったのだ……」


「………カーズ殿下の贈り物ですか?」


「確か覚えがあったから事実だ。それにあの髪飾りは王族のために作られる使用でもあったからな。この場で私が嘘をつく理由はない。そもそも我が兄もその目で見ている」


「………っ!」


カーズに視線が移ります。覚えていますよね? 無能王子?


「弟の言っていることは事実です。私もこの目で見ました。サエナリア嬢の部屋の机になったのは、確かに私が送ったものでした」


「………そうですか」


お嬢様の部屋の話。ここまで聞かされると、半信半疑だった方々も盛った話ではないと理解されたようですね。周囲が騒がしくなりました。


まあ、私としてはサエナリアお嬢様が婚約者だったカーズのプレゼントを置いていったという事実が大きいのですがね。置いていったということは、カーズに何の未練もないことを意味するのですから。カーズがそれを見ても、お嬢様が置いていった意味に気付かなかったのですから呆れる話です。


「静粛に、静粛に! 私語は慎んでください」


「裁判長の言う通りだ。事実確認がいるならソノーザ公爵夫妻に確認をとればいい」


「「…………っ!?」」


流石はレフトン殿下。その注目をソノーザ公爵夫妻に向けさせました。裁判は一気に加速していきます。


「ソノーザ公爵よ、我が息子二人が口にしたことは真か?」


「「…………っ!?」」

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