第29話 メモリー ―話―

今、私は馬車の中にいます。レフトン殿下たちが王宮に戻るというのでエンジ様の強い希望で御一緒させていただいたのです。ウオッチさんも「ミルナのことをお願いします」と頼んでくださいました。あの人は最後に見送ってくれましたから後のことは大丈夫です。この時点で私は正式にソノーザ公爵の侍女を辞めたことになったのでしだ。


「本当にお疲れ様でした。偉大なるレフトン殿下」


「何が偉大なるだよ。どうってことねえよ。スッキリしたのはまだ半分くらいだしな」


そうだとしても、私は「よくやってくれた!」という思いが強いのです。


「旦那様……いえ、ソノーザ公爵が殴り飛ばされた瞬間、私は結構スカッとしましたよ。胸がすく思いでした」


「そうかい。ならよかった」


素直な気持ちを伝えるとレフトン殿下は己の拳を見ます。ひょっとして痛かった? なわけないか。


「それにしても本当にミルナさんも一緒に来るんだね」


「私が同行するのが不服ですか? ライト様?」


この人は思慮深い。不信感を抱かれると面倒ですね。


「まさか。興味深いだけさ。個人的にね。エンジも嬉しいだろう?」


「俺は会えただけで嬉しいが一緒についてきてくれるなら大歓迎さ」


エンジ様の気持ちは大変うれしいです。この方のご両親もきっと同じ気持ちでしょう。


「サエナリアお嬢様はもうソノーザ公爵家に帰ってくることはありません。お嬢様がいないのであれば私が侍女を続ける理由もありませんから」


これも本心からの言葉。あの屋敷の役割はもう終わったと言ってもいいのです。


「そういうわけで王宮に戻る前にミルナさんをエンジの実家まで送ろう。王都から近いからな」


「ああ、ありがとうなレフトン。恩に着るよ」


気が利くお方ですレフトン殿下。……カーズの方にこういう気配りは無かったでしょうね。


「ありがとうございますレフトン殿下。深く感謝いたします」


「なあに、気にすんな。俺とエンジの仲だ」


「でも、エンジの実家に着くまで時間があるからこの中で話してくれないかなミルナさん。貴女のことを」


あっ、やっぱりこの人はこういうタイミングでそう来ますか。


「そうだな俺どころかエンジだって知りたいだろうからな。あんたのこれまでのこととサエナリアさんとの関係もな」


レフトン殿下も真面目な顔ですね。まあ、私に興味を持つなという方が無理なのは仕方がありませんか。


「ミルナ……つらいこともあっただろうが、出来る限り教えてほしい。すべてでなくていいが、俺も知りたいんだ。君のことを」


「エンジ様、皆さん…………」


……どうしたものでしょうか。どこから話せばいいのやら。私は頭の中を整理する。何しろ説明が難しい。今の私はこの世界のゲームの方の知識を持っているので、下手なことを言えば『何故知っている?』と聞かれて『前世で知りました』と言えば、頭のおかしい女と思われる危険がある。こんなことでこの方たちの信用を失えばサエナリアお嬢様の自由が損なわれる可能性もなくはない。細心の注意を払って説明しなければならない。


つまり、前世の知識に触れないように、この世界で見聞きしたことだけを最低減の知識として、私の過去と目的などを説明しなければならないのです。そのうえで、この方たちが最低限知りたがっている事実を十分伝えるのです。





「分かりました。まずは私の過去からお話しします」




覚悟を決めた私は話すことにしました。家が没落してからのこと。ソノーザ公爵家でサエナリアお嬢様の専属侍女になった理由。そして、彼女の望む未来こそが私の目的であることを。


…………とても困難な説明になりそうですね。

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