第一話 笑う男

 街で噂になっている。

 甲高い音の鳴る鋼鉄の馬に乗り、珍しい服装をした異国人がいるそうだ。しかもかなり喧嘩の腕の立つ男だそうだ。今月だけでいくつも盗賊団が返り討ちにされたというのだ。

 そんなに腕が立つのなら「私の兵隊に欲しい」と陛下は仰ったそうで、街角には御触書おふれがきが貼り出されている。


 ――その男の住処やよく現れる場所を知っている者は速やかに衛兵詰所へ報告するべし――


 ちなみに私はまだ一度もそんな男を見かけたことはない。そして詰所には未だにその男の情報は入ってこない。

 皆忙しいのか、めんどくさいのか、それとも本当にわからないのか。それは定かではないが早く見つかって欲しいと切実に願っている。そう思うのにはそれなりの理由がある。「なぜならば……」というやつだ。

「まだ見つからないのか」と陛下が毎日のように催促してくるのだ。衛兵たちも皆「せっかちだな」と内心思っているのだが……。仕事なので仕方なく、渋々、重い腰を上げて、街の巡回や聞き込みを行っているというわけだ。

 私は、そんな身元のわからない、喧嘩ばかりしているような男には微塵も興味はないのだ。むしろ面倒くさい。

 口が滑っても部下にはこんなこと言えないが、指揮を執るのも責任を取るのも、いつも上司である私なのだ。上に怒られたり、下から文句を言われたり……もう、本当にうんざりだ。


 愚痴でいっぱいの文章に日付を付け加えて日記と書かれた本を閉じると、こもった空気を入れ換えるために窓を開ける。スーッと入ってきた涼しい夜風に、黄金色の長い髪がさらりとなびく。街からは人気が無くなり、少し肌寒く感じる。辺りは静まり返って、月の光や街灯りは一切ない。


「今日は新月だったか。何もないといいが……」


 水を一口飲むと蝋燭の火を消し、パタリと倒れ込むようにしてベッドに潜り込む。

 今日も夜遅くまで仕事で、明日も例の男を探さなければならない。そのことを思い出すだけでうんざりしたが、次第にそんなことも忘れて意識が薄れていく。そして完全に眠りについた。

 そう思った矢先だった。


 プワァァァァァ゙!!!


 私は聞いたこともない甲高い音に一時の安らかな眠りから叩き起された。何事かと思い飛び起きるがその音は直ぐに家のそばを通り過ぎて遠ざかっていった……。

明らかにいつもと様子のおかしい街に、隊長の任を授かっている私は出向かなければならない。しかし、連日の激務に体を酷く消耗していて身動き一つ取れない。


「起きな……ければ……」


 そう呟いて、私の意志とは別に瞼が勝手に閉じた。


 ◇


 大変なのは翌の夜明け前だった。

 部下に「街で騒ぎがッ!」と叩き起されて私は少し不機嫌なまま着替え、膨らんだ胸やくびれた腰の形にぴたりと合った鎧を身につけ、腰にはずしりと重いロングソードを差し、部下の案内で現場へと馬を飛ばした。


 現場へ到着すると衛兵や周辺住民のざわつきがひしと伝わってきた。そして衛兵たちの頭の向こうには何人もの死体……いや気絶している人間たちが転がっていた。先に現場へ急行していた衛兵たちを押しのけて奥へ行くと奇妙な格好をした男と2.5mほどあるかという巨体で巨大な棍棒を振り回す巨人族の男が、まだ薄暗い路地で激しい戦闘を繰り広げていた。

 その棍棒を振る巨人族の顔には見覚えがあった。巨人族、棍棒、夜明け前、この状況から考えられるのは、恐らく私の部隊を含めたほぼ全ての衛兵たちが目をつけている盗賊団のお頭だろう。

 しかし、巨大な体を持ち戦闘力の高さから戦闘民族と恐れられている巨人族を相手に一歩も引かないもう片方の男は一体何者だろうか。背中に何かの生き物の柄が入った見たこともない白と青の上着を身につけている。

 ふと視線を戦闘中の彼らから少しずらすと金属製の物体が目に入った。前後に車輪のようなものがついているのでピンときた。


「小僧、笑いながら戦うとはなかなか余裕があるな」


 巨人は丸太のような腕でなおも棍棒を振り回しながらそんなことを言う。巨人の振り回す棍棒には、その場にいる誰の目に明らかな殺意がこもっていた。

 巨人からすれば少し狭いであろう路地。それにしては巨人の方が押しているのは、やはり生まれ持って授かった身体的特徴が大きいだろう。棍棒を支えにして住宅の壁を走ったり出窓に登って飛び降りて攻撃したり。巨人族なりの戦い方に男は少し苦戦しているようだったが、次の瞬間にそんな考えは頭から消え去った。


「死ね、青二才ッ!」


 男は巨人の振り下ろした棍棒を避けたかと思えば、地面にめり込んだ棍棒の上を走って巨人の顔面に固く握った右手の拳で強烈な一発を入れた。


「口じゃなく手を動かした方がイーんじゃねェのか」


 着地してそう言い放つと間髪入れずに巨人の膝に右脚でハイキックを決める。すると巨人はよろよろと崩れ落ちそうになるが、棍棒を地面に突き立ててなんとか踏みとどまった。


「喧嘩の弱ェヤツは揃いも揃ってみんな減らず口ばっか叩くんだよ」


 口元から溢れる笑みには自信と気合いがこもっており、私は「この男に勝てる人間は絶対にいない」と民を悪党から守る衛兵隊長の身でありながら不覚にもそう思ってしまった。


「青二才がなn――」


 巨人が何か言い終わるのを待たずに、男は膝をつく巨人の顔面にまたハイキックをかました。なんと圧倒的なパワーだろうか。軽々と後ろへ跳ね飛ばされた巨人は仰向けになって「降参だ」と言った気がしたが、馬乗りになった男はなおも巨人の顔面を殴り続けたために聞き取れなかった。

 最初の内は巨人も両手をバンバンと地面に叩きつけてもがいていたが、次第にその力は弱まり、遂には無抵抗になってしまった。

 戦闘に決着がついたことを悟った私たちは二人に近づいていき、声をかけようと男の顔を見たところで全員が氷像になったかのように硬直した。


「ッんだよ……」


 さっきよりも激しい笑顔、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる男にその場にいた全員がゾッとしたのだ。恐らく全員が全員、死ぬまで瞼の裏から消えない恐怖を刻み込まれただろう。ふと視線を下に向けると、私の手足はブルブルと細かく震えていた。

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