第3章 西の都ニーアミア ④

 ジェイクが激しくテーブルを叩いたことで、客の楽しげな声で賑わっていた店内が一瞬で静まる。


「ああ? なんだてめえ? ケンカ売ってんのか?」


 少年盗賊の仲間と思しきガラの悪そうな青年がジェイクを睨めつける。しかし、ジェイクはそれを意に介さない。


「間抜けな冒険者で悪かったな。あんたに用はないから引っ込んでろ」


「げ、お前――本当に追ってきたのかよ!?」


「よう、自慢するだけのことはあったな、見事な逃げ足だったよ。だけどもう逃がさない。次に逃げたらこれを使うぞ」


 言いながらジェイクはその少年盗賊に担いだ弓を示しながら言う。


「弓? そんなもん使って他人に当ててみろ、お尋ね者の仲間入りだ。衛兵に捕まって――」


 ジェイクはそんな少年盗賊の言葉を無視してテーブルにあったりんごを手に取ると、適当に宙に放った。そして担いでいた弓を素早く手にして矢をつがえ、射る。


 矢は空中でりんごを貫き――そしてそれを店内の壁に射止める。勿論、店内にいる人に当たらない高さだ。悲鳴、歓声――どちらとも言えない衆人の声で店内がどよめく。


「そんなヘマはしねえよ。盗った物を返せ」


「おい、兄さんよ――てめえの腕が立つことはわかったよ。だが『盗った物』だって? どんな証拠があってそんな因縁つけてんだ? こいつがてめえの物を盗んだ証拠でもあるのか?」


 仲間の青年がジェイクに凄む。それにジェイクが反論しようとしたとき、シャルロットが口を挟んだ。


「彼が言うことが真実です。このシャルロット・アストラが保証します」


 衆人たちに聞かせるように高らかにシャルロットが宣言する。


「王女殿下だ!」


「あのお顔は間違いない!」


「ということはあの方が勇者様……!」


 客たちが次々に声を上げる。


「ロッテ……」


「こうなったら仕方ないでしょう? ――ごめんなさい、女将さん。彼が傷つけた壁は必ず弁償しますから」


「――いえいえ、とんでもございません! 勇者様が射った矢です、きっとこの店を守ってくださることでしょう! ずっとあのままにしておきます!」


「……いや、りんごはほっといたら腐るから片付けた方がいいと思う」


 女将の言葉に思わず突っ込むジェイク! シャルロットの睨みつけ! ジェイクは目を逸らした!


「王女? それに勇者? まじかよ……」


 立場がないのは青年だ。勇者に絡んでその上王女にこうまで言われては返す言葉がないどころか、街の人間を敵に回しかねない。


「私の証言では不服ですか? それとも私が本物のシャルロット・アストラである証拠も必要ですか? 共に王城へ行って、お父様――アストラ王に私の真贋を尋ねますか?」


 シャルロットのカリスマ攻撃! ぽんこつ姫とは思えない!


「……いえ、とんでもねえ、です」


「結構。あなたが誰かは問いません。この件に関与していないのであれば口を挟まないように」


 シャルロットがぴしゃりと言うと、青年は少年を見て、


「――ついてねえな、テッド。絡んだ相手が勇者と王女とはよ。悪いが庇いきれねえ」


 そう言って踵を返し、店から出て行く。


「ちょ、おい――」


 テッドと呼ばれた少年盗賊は青年を追いかけようとするが、それはジェイクが許さない。椅子から立ったテッドの背中に声をかける。


「止まれ。止まらないと射る」


「ハッタリだ! そう簡単に人を射れるかよ!」


 そう叫んでテッドは逃げ出した!


 ――ジェイクの早射ち! 放たれた矢はテッドがまさに踏み出そうとした床へ刺さる! 足を取られたテッドは転倒した!


 ジェイクは三度矢をつがえる!


「まじかよ、射ちやがった! 殺される……!」


 テッドは怯んでいる!


「……逃げたら射ると言ったろう。さて、どこに穴をあけられたい?」


「待って待って! ジェイク、ストップ!」


 ジェイクは自分を大きく見せるようなことは言わない――それをよく知るシャルロットは決死の思いでジェイクとテッドの間にその身を投げた!


 彼がビリーに嫌がらせをされても黙って受け入れていたのは、自分の――王女の遊び相手として特別扱いされていた自覚があったから、そしてビリーが好ましくなくとも幼馴染みであることに違いはないからだ。


 対してこの少年盗賊テッドは恨みこそあれど情はない。ジェイクはやるといったらやる。


 目をぐるぐるさせて止めに入ったシャルロットを見て、ジェイクは弓矢を下ろす。


「……別に命までは取らないよ。剣の在処を吐かせられなくなる。手足をちょっと風通しよくしてやるだけだ」


「ぶち切れてる!? ちょっとあんた早く剣の在処を教えなさい! さっきの様子じゃどこかに売ったんでしょ? どこ? どこで売ったの?」


 シャルロットは転んだままのテッドの肩を激しく揺さぶった! シャルロットのあまりの剣幕に、思わずテッドは正直に答えてしまう!


裏通りスラムに、盗品でも買い取ってくれる古物商がいるんだ。そこで」


「すぐに案内しなさい、いいわね!」


 シャルロットの圧力にこくこくと頷くテッド。


「ほら、ジェイク! 剣戻ってくるよ! だからそれしまおう? ね?」


 彼女の説得に、ジェイクは渋々と矢をしまって弓を担ぎ――


「おいガキ、もしもう流れちまってたら覚悟しとけよ?」


「勇者が子供を脅しちゃ駄目!」


「……ちっ」


「舌打ちしない! ――ほら、あんたは剣が売れてしまう前にその店に案内しなさい!!」


「はっ、はい……」


 シャルロットの喝で、テッドは弾かれたように動き出す。


「女将さん。あの子の食事代、後で必ず払いますから今は――」


「はい、いってらっしゃいませ」


 女将の了承を得てテッドを追うシャルロット。それに続くジェイク。


 ――この時、居合わせたものは帰宅して――あるいは翌日、家族に、友人に、異口同音でこう語った! 猛る勇者――そして、盗賊を赦し、勇者を諫める高潔な王女殿下――この二人なら、必ずや魔王軍をアストラ大陸から退けるだろうと!


 怒りに身を任せただけのジェイクと勇者の風評を気にしたシャルロットは、意外な所で株を上げた!



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