第2章 漁村とシーサーペント ④

「キシャアアアアッ!」


 雄叫びと共にシーサーペントはその口から光線状の水を吐き出す。水鉄砲だ!


「ちぃっ!」


 ジェイクはシャルロットを背中に隠し、その水鉄砲を装備した盾――《運命に抗う盾リジステレ》で受けた。水圧に押されかけるが、正面で受けたお陰でなんとか踏みとどまる。しかしまともに喰らえば衝撃で海に弾き飛ばされてしまいそうだ。


「大丈夫!?」


「ああ、なんとか耐えられそうだ。ロッテ、海に落とされないようにちゃんとどこかに掴まっておけよ」


 言いながらジェイクは矢をつがえる。狙いは二発目を撃とうと大口を開けるシーサーペントのその腔内――


 ――ジェイクの狙い撃ち! 矢がシーサーペントの喉奥に突き刺さる!


「ギャアアアアッ!」


 悲鳴を上げて吠えるシーサーペント。顎を閉じて矢柄を噛み砕くが、しかし水鉄砲の第二射は放てない。口を開けて二度、三度と発射しようとするが、それだけだった。


「やった、あいつもう撃てないみたいよ! ジェイク偉い!」


「……多分、撃ち合いしてたほうが楽だったぞ」


 喜ぶシャルロットだったが、ジェイクの方は両目に怒りを滾らせるシーサーペントを警戒していた。遠距離攻撃ができないとあれば、次にくるのは直接攻撃だ。


「キシャアアアアアッ!」


 シーサーペントの突撃! 大口を開け、その牙でジェイクたちを引き裂かんと襲いかかる!


「くっ!」


 迫るシーサーペント――ジェイクはその狙えとばかりに大きく開いた腔内に再び射かける。しかし今度は通じなかった。シーサーペントは待ち構えていたように飛来する矢を噛み砕く。


「しまっ――」


「任せて!」


 焦るジェイクを庇うように、シャルロットが立ち上がった。そして――


「ファイアボルト!」


 シャルロットが突き出した両手――その先から小さな炎が放たれる!


「下がってろ! こんなデカブツに初級の魔法なんて――」


 ジェイクが叫ぶ。同時にシャルロットの魔法が命中! そして――


「グギャアアアアアアアアアッ!」


 サーペントは一際大きい悲鳴を上げた!


「効いてる……?」


 驚くジェイクにシャルロットが片目を閉じて――


「ジェイクが言ったんだよ。普段痛い思いなんてしてないだろうって。海の魔物だもん、熱い思いなんてもっと経験ないんじゃない?」


 シャルロットのドヤ顔が決まった! ジェイクがはっとする。


「そうか――冷たい海の中に棲んでいるから熱に弱いんだ!」


「言った! 今私そう言ったよね!?」


「いいぞロッテ――もっとやれ!」


「無視!?」


「早く!」


「もう――後でお話しだからね! ファイアボルト! ファイアボルト!!」


 シャルロットの連続魔法! シーサーペントは弱っている!


「どう? お姉ちゃん頼りになるでしょ? ファイアボルト!」


 言ってシャルロットは魔法を繰り返す。しかし、最後の一発は放たれなかった。


 ――魔法力が足りない!


「どうした? 早く!」


「……魔法力、尽きちゃった」


「魔女の香水があるだろ!」


 シャルロットが王城の宝物庫から持ち出してきた希少なアイテム、魔女の香水を使えば魔法を使うために必要な魔法力を回復することができる。


 しかし――


「リドルさんちから飛び出してきたんだもん、持ってきてないわよ!」


「財布は落とす、アイテムは置き忘れる――お前って奴は!」


「仕方ないでしょ!!」


「もういい、下がってろ!」


 魔法攻撃が止ったせいで、再びシーサーペントが突撃してくる。狙いはシャルロットだ――その体を頭から丸呑みにしようと顎を開いて襲いかかる。


「させるか!」


 しかしジェイクがそうはさせまいと盾を掲げて立ち塞がった。


「ジェイク!」


 掲げた盾ごとジェイクを丸呑みにしようとするシーサーペント。悲鳴を上げるシャルロット。


 ――その時、《運命に抗う盾リジステレ》が光輝いた! 不思議な力でシーサーペントを押し戻す!


「これは――」


「《運命に抗う盾リジステレ》が光ってる……」


 驚き、呆然と呟く二人――シーサーペントがジェイクを噛み砕こうとするが、しかし不思議な力に阻まれ、叶わない。


「これが《運命に抗う盾リジステレ》――運命に抗う力……」


「――これならやれる!」


 シャルロットの呟きにジェイクは剣を抜いた。シャルロットの魔法で撃たれ爛れたシーサーペントの火傷を狙い、斬りつける。


 経験が乏しく剣の腕は未熟なジェイクだが、その体力、筋力は目を瞠るものがある。素人同然とは言え、同年代の少年が振るう銅の剣の一撃を素手で容易く受け止めるほどだ。


 そしてリドルの船で鍛えられたバランス――今のジェイクにとって斬り合いは難しくとも一撃ならば攻撃を外す不安はなく、またその一撃を渾身のものにするだけの膂力も備えていた。振るった剣がシーサーペントの火傷を捉える。


 ――会心の一撃!


「ギャアアアアアアアッ!」


 もがき苦しむシーサーペント――ジェイクは一旦シーサーペントから離れると、甲板で助走をつけてその頭に向かって大きく跳んだ。狙いは目――そしてその奥にあるだろう、生物なら傷ついたら致命的な部位。


「これで終わりだ!」


 そこに、柄も折れよとばかりに深々と剣を突き刺す。


「グギャァアァアアア――……」


 響く断末魔。そしてシーサーペントの巨体が力をなくし、海面に倒れ込む。


「――ジェイク!」


 シャルロットが船縁から身を乗り出し、シーサーペントと共に海に落ちたジェイクに呼びかける。目を凝らすが、嵐のせいで薄暗く、また海面は波で荒れ、その姿が見えない。


「ジェイク! ねえどこ? 暗くて見えないよ!! 無事なんでしょ? ねえ!」


 必死で呼びかけるシャルロット――軽鎧とは言え鎧や盾を身につけているジェイクは海面に出られず沈んでしまうかもしれない――そう考えたシャルロットがいよいよ自分も海に飛び込もうとしたとき、船の近くの海面がバシャリと鳴った。


「――ジェイク!? 無事なの!?」


「ああ、俺だ。無事だよ――なんとか勝てたな」


「良かったジェイク――ぎゅってしてあげたい!」


「それは断る」


「王女のハグを拒否! なんで!?」


「お前のこと嫌いじゃないけど、ゲロ吐いた直後はちょっと」


「酷い!! ……もしかして魔女の香水があれば匂い誤魔化せた?」


「かもな」


「私もう絶対魔女の香水手放さない!」


「吐くの前提かよ……つうかこんな話してる場合じゃねえよ。この嵐じゃ立ち泳ぎも限界がある。ロッテ、引き上げてくれ」


「私が? 鎧を着てるジェイクを? どうやって?」


 ――二人は言葉を失った! 吹きすさぶ雨風が轟音を奏でる! 波も高い!


「リドルさーん、戻ってきてー! ジェイクが、ジェイクがー!」


「落ち着けロッテ! 網を探せ! 投網で俺を引き上げるんだ!」


「ないよ! 網、ないよ! うわーん、ジェイクが死んじゃう!」


「こんな死に方してたまるか! 漁船だぜ、何かあるはずだ! 探せ!」


「銛があった」


「俺を撃つ気か! 他には?」


「ないよー! 他にはなにもないよー!!」


 シャルロットは混乱して泣き叫んでいる! 役に立ちそうにない!




 ジェイクは、シーサーペントが倒れるのを見たリドルとフォグナーが戻ってくるまで必死で立ち泳ぎを続けたことで事なきを得た!



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