第1章 旅立ち ②

「……仮に、俺が勇者として魔将軍討伐の為に旅立つとして」


 ジェイクは王様に尋ねた!


「国はどれくらい支援してくれるんですか?」


「おお! 旅立ってくれるか! 魔王を滅するそのために!」


「仮に! かーりーに! まさか着の身着のまま放りだすわけではないですよね?」


「当然である!」


 王様は胸を張った!


「その王家に伝わる秘宝、《運命に抗う盾リジステレ》を授けよう! そして見事魔王を滅したその時は、我が娘シャルロットの婿としてこの国の未来を託そう!」


「あ、それはいらないです」


「なんで!?」


 ジェイクの即答! シャルロットは涙目だ!


「私、美人で評判のお姫様! その上幼馴染みのお姉ちゃんだよ? 気心知れた頼れる可愛いお姉ちゃん! 何が不満なわけ!?」


「シャルロット様――いや、ロッテ。人の目があるけど今はあえて普段通りロッテと呼ぶよ。いいか、ロッテ」


 ジェイクはシャルロットの肩に手を置き、ゆっくりと語りかけた。


「う、うん――」


 表情を引き締めてそう言うジェイクに、シャルロットは頬を赤くする。


 そしてジェイクが言の葉を継いだ。


「俺はお前を手のかかる妹みたいな奴だと思うことはしょっちゅうだが、この十年頼れるお姉ちゃんだと思ったことは一度もない」


「!」


「お前が初めて農作業をしている俺に差し入れてくれたサンドウィッチ……王女様からの差し入れだからと思って全部食べたけど、正直食えたもんじゃなかった。三日下痢が止らなかった」


「!?」


「でもそれはメイドさんの手を借りずに自分で作ったからだよな? その優しい気持ちはすごく嬉しかったよ……まあ、なんだ。あの頃は俺もガキでちゃんと礼を言ってなかったかもな。ありがとう、ロッテ」


「ジェイク……」


 ジェイクの落として上げる天然の口撃! シャルロットは目を潤ませている!


「妹だと思うと料理の失敗もまあ飲み込めるが、姉だと思うともっとしっかりしてくれとしか思えない。ロッテ、俺がいなくなったらしっかりしろな。未来の旦那にはダークマターを食わすなよ」


 ジェイクの追撃! 台無しだ!


「さ、最初の頃はそうだったかも知れないけど……最近はお料理も上手になったでしょ!」


「三回に一回はダークマターだぞ」


「!?」


「失礼しました、王様――で、他には?」


 え? ダークマター? 私そんなの作ってない……はず……と力なく呟くシャルロットを余所に、ジェイクはアストラ王と対話を続けた。


「うむ?」


「や、これ――《運命に抗う盾リジステレ》は必須アイテムですよね? というか俺が勇者の生まれ変わりならむしろ俺のものというか。俺のものを返していただいて――え? あれ? 着の身着のまま?」


「――集合! 大臣集合!」


 王様は号令をかけた! 王様の元に大臣が集まる! 内緒話が始まった!


「ジェイク、ジェイク」


 ダメージから立ち直ったシャルロットがジェイクに耳打ちする。


「……本気? 魔将軍の討伐に行くの?」


「なんだよ、旅立たせる為に俺を連れてきたんじゃないのか」


「私はお父様にジェイクを連れてこいって言われただけで……ジェイクが勇者だなんて聞かされてなかった。こんなことになるなんて……『ジェイク』なんていっぱいいるよ。ルチア様も他の『ジェイク』と間違えたのかも」


「……いや」


 不安げな表情を浮かべるシャルロット。その幼馴染みの少女にジェイクは告げる。


「……俺にもさっきルチア様のお告げが下りたよ。俺が勇者なんだって」


「そんな……」


「俺が行かないと世界が滅びるんだってさ」


 ジェイクは誤魔化した! 幼馴染みとはいえ王女と農民――彼女を好ましく思うジェイクだが、身分の違いは良くわかっていた。自分は彼女に真に相応しい相手ではないと。


 そんなジェイクは「君を守る為に魔将軍討伐の旅に出る」とは言えなかった! ジェイクの意気地なし! 朴念仁!


「!?」


「? どうしたの?」


「……世界に罵られた気がした」


「何を言ってるの?」


「いや――ともかく行くよ。行かないといけないらしい。だけど」


 ジェイクの目に妖しい光が灯った!


「できる限りのことはするぞ、俺は」


「嫌な決意を感じる……」


 小声でひそひそと話す二人。そして同じく内緒話をしていたアストラ王たちの話がまとまった。アストラ王の咳払いに、謁見の間にある種の緊張が走る。


「勇者ジェイクよ!」


「はあ」


「魔将軍の討伐――これはわがアストラ王国国民の悲願でもある!」


「はあ」


「旅には先立つものが必要だろう――アストラ王家はこれに協力を惜しまない。旅の路銀として、一万ゴールドを下賜するものとする!」


「一万ゴールド」


「うむ」


「アストラ王国の値段は一万ゴールドと。なるほど。一万ゴールド」


「うぐっ……」


 ジェイクの嫌味! 王様は顔を歪めた!


「安くはない額だと思うが……」


「そうですね。そのくらいあれば――例えば俺の家なら俺と母さんの二人だ。半年は働かなくても食えますね」


「だ、だろう?」


「王様が俺の母さんだったら。シャルロット様が俺だとしたら。王様はシャルロット様に一万ゴールドを持たせて命を賭けた魔将軍討伐の旅に送り出せますか?」


「無理じゃな」


「王様!」


「国王! そんなことを言っては――」


 アストラ王の言葉に大臣たちが口を挟むが、


「……そうは言ってもな。それにやはり一万では少なかろう」


「一万ゴールドは大金です!」


「であるな。しからば大臣よ。そなたは一万ゴールドと引き換えに魔将軍討伐の旅に出られるか?」


「っ、それは――私は勇者ではありません故」


「ならば控えておけ。この話は儂とジェイクで決める」


 アストラ王の宣言! 王様は意外と物わかりが良かった!


「……さて、勇者ジェイクよ。旅立ちに備え、そなたは何を望む? それでそなたが魔将軍討伐の旅に気持ちよく出られるのであれば、アストラの王としてできる限りのことはしよう」


 王の言葉にジェイクの目が妖しく輝く!


「では王様。五十万ゴールドを用意してください」


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