第3話・暗い道

 農場を出て、目的地であるロンスタッドへ向かう一行。その年齢も職も顔立ちもばらばらであり、いかにも寄せ集めの集団だ。

 自覚があるかどうかは知らないが選ばれた10名は農場にとってそれほど重要ではない者達ばかりだった。仕事の下手な者や家族親類がいない者を選ぶのは、農場にとって当然の選択だろう。


 ラックはそれを悪いことだとは思っていなかったが、農場主ヤヌックにそうした割り切りができるのを少々意外に思った。



「前の時の話を親父から聞いてるのさ。槍持って馬を待ち構えるだけだって、そうして親父は生き残ったって自慢してたけど、おりゃそんなもん怪しいと思ったね。どうせ、どっかで逃げだしたのさ。じゃなきゃ親父が生き残れるはずねぇ。そこんところ考えたら、俺は違うね。なんてったって俺は仕方無しに行った親父と違って……」

「なげぇんだよ。このカラス野郎」



 長話のソルーンとやぶにらみのカンリグが言い合っているのを後ろで聞きながら、ラックは淡々と歩いていた。ソルーンが話しているのは20年ぐらい前の話で、相手も違った。役に立つかは怪しいが、道中の暇つぶしとしては悪くない。気が滅入るよりはずっとマシだった。



「なぁラックよ。この中で喧嘩が一番つえぇのはお前だろう。俺たち生き残れっかな?」

「それを僕に聞かれても。戦ったことがあるのはゴブリンとかの亜人ぐらいで、人間同士となると喧嘩以外では先生と試合してただけですから」



 カンリグに問われるが、農場で生きてきただけという点ではラックも他の者と変わらない。ソウズ老人が世間でどれほどの腕前なのかもラックにはわからなかった。


 ソルーンが話していた戦争では農場からの徴募兵は半分が生き残った。生き残りは勇者として多大な尊敬を集めたそうだが、逆に言えば半分は死んでいる。

 しかも、そのときの相手は隣国であまり力のないイングルイという国だった。それに対して今回の相手は神聖国家マイカードゥリアンだ。


 マイカードゥリアンの勢いは小さな農場にも届くほどで、ラックでさえ名前を知っているのだから相当だ。国の面積だけ見ても倍の開きがあるという。しかもマイカードゥリアンは5カ国に囲まれて尚、生き残っている国なのだ。

 それが戦争を仕掛けてくるとなると、残りの4カ国を抑えつつ攻め入ってくるということで、それだけ必勝の備えがあるのだろう。

 そんな細かい事情を知らないラックさえ、死ぬだろうなとぼんやり諦観していた。



「……他人事みてぇだな」

「まさか。最悪の事態を考えているだけで、死ぬ趣味はないですよ。ただ、家族がいないというのはそういうことだというだけです。先生の下で剣を学んだのも、生きていくのに必要だと思ったからです」



 生まれもそうだが、事態はいつでも理不尽だ。ラックは両親がなぜ死んだのかも知らないまま、生きてきた。死もまたいずれ訪れる。ならば準備をしておくのも当然だった。それがほんのわずかに確率を上げるだけだとしても……

そこまで考えてラックは気付いた。死ぬだろうなと思いつつ、これまでしてきたことは全てが死にたくないがためのものだった。

 人々の不評を買わないよう、子供らしさを捨てて大人たちに混ざって働いた。農場主の借り部屋で、跡取りと衝突しないようにしていた。そして、暴力に対抗するため剣を習った。

 死ぬ趣味はないどころか大した生き汚さである。まるで自分の人生はこれからというように、最悪へと向かうはずの足取りは軽くなった。

 

ロンスタッドの町はヤヌック農場の人々にとって都会だった。行ける範囲がここで限界というのも大いに関係があったが、戦争という言葉の前では城壁もない町は頼りなく見えた。

 中に入ろうとした10人の田舎者は門前で止められ、少しへこんだ兜の兵士に誰何された。



「お前たち、徴募兵か?」

「へぇ。ヤヌックの農場から参りやした」

「なら、町の中には入れない。他の連中と一緒に外で待て」



 一番年かさの農夫と兵士のやり取りは一方的だった。兵士が示したのは、革でできた屋根があるだけの場所だった。城壁どころか寝床の壁もないという有様だ。



「10人か。農場にしてはよく集めたな。領主様もお喜びになるだろう」

「へへ……」



 どうやら農場主ヤヌックは大したタヌキのようであった。わざと悲観的な様子を見せて、少し多めに人員を送り出したのだ。口減らしと領主の心象を良くするための募兵であったわけだ。

 そして、それでいてロンスタッドの町が、中に入れてくれないわけは明白だ。ロンスタッドには集まった徴募兵をいちいち管理する余裕が無いのだ。

 一行の誰も知らなかったが、ロンスタッドの町は人口1000人にも満たない町だ。そこに徴募兵を入れてしまえば、治安を守ることは不可能になる。ロンスタッド側も徴募兵の仕組みについてよくよく理解していて、言ってしまえば来るのは質の悪い人間だとわきまえていた。


 遠くからやりとりをぼんやりと眺めていたラックは不思議な考えに囚われていた。爪弾き者を集めた集団を連れて、領主の兵とともに行く。そして、小さな町の領主の兵もまた合流地点で胡散臭くみられるのだろう。

 眼前の光景が延々と繰り返される気がして、すこしばかり可笑しくおかしく感じたのだ。


 ロンスタッドからさらに北のロウファー領で軍が編成されているらしい。一行はまた歩くのかと、げんなりしながら少しでも良い寝床をめぐって他所の農場の者たちとやりあった。

 なるほど。これは町に入れたくないわけだ。仮にこの集団を入れてしまえば小さな町の治安などわらのように吹き飛んでしまうだろう。



「招かれざる客、招かなければいけない客。見分けられればどんなにいいでしょうね」

「見分ける方法ならあるぞ」

「どんな」

「俺にエールか金貨を握らしてくれるやつがいいやつだ」



 ラックは段々とカンリグという男が好きになってきていた。確かに目つきは悪いが、ユーモアも最低限の常識もある。協調性も農場で考えられていたほど悪くは無いだろう。



「探してきましょうか?」

「そうだな。エールかどうかはともかく、物々交換は悪くねぇ。ところで、お前さんはその錆びた剣を持っていくのか?」

「錆びてボロボロに見えますが、やたらに頑丈なんですよ。それに先生から貰ったものなので、売る気はないですね。売れないでしょうが」



 棍棒の代わりにはなるな、とつぶやいたカンリグと共に他の徴募兵と話をする。これも新鮮な体験だ。ラックは農場の外にいる人間と話したことがなかった。

 驚いたことにヤヌックの農場の外は思ったよりも悲惨なところが多いようだった。ある農場主が心砕いている一つ以外は、ヤヌック農場の方がずんとマシなようだった。



「交換するものなんかねぇ。俺らが知っているのは、樽の蓋が盾になるっていうありがたい助言ぐらいのものさ。うちの農場主は俺らの旅の飯さえ出すのを嫌がったんだ」

「よくここまで来れたな」

「人間ってのは不思議なもんで、死ぬかと思うときほど力がでるもんだ。それに徴募兵になれば、豆のスープが貰えるしな」

「そちらの農場の暮らしは、それほどひどいのですか」

「募兵の時は倍の人数が手を上げたぐらいにはな。俺らの農場は畑も水も、農場主様の持ち物ってことになってるんだから血も涙もない。派遣する兵の人数すら出し渋ってるとは思わなかったがな」



 それが原因で、ヤヌック農場とは違って人数が少ないと門衛に文句を言われたそうだが、どうせ俺たち自身のせいにされるだろうと男は言った。

 ラックはその名前通りに幸運な場所に生まれついたことに気付かされた。もし、自分がそんなところで生まれていたかと想像すると、脳裏に暗雲が浮かび中々消えなかった。



「カンリグさん、我々はどうもいい暮らしをしてたようですね」

「カンリグでいい。農奴が廃止されたのは爺さんの爺さんより古いんだが、一部の場所にはまだその情報は届いてないらしいな。だが、ロウファーまでは飯が出る。出さないと、領主の評判に響くからな」



 やぶにらみのカンリグは意外にも情報の宝庫だった。その目つきで損をしてきた彼は、できるだけ多くのことを耳に入れながら生きてきたのだ。

 そうした事情を知らないラックにとっては世間の師匠のようであった。

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