元西アメリカ軍大佐遠距離射殺事件

第5話 5000m彼方からの殺意

"人殺しを許す慈悲は人殺しを育てるに等しい。-シェイクスピア"


風は南南東に7.1m/s、気温37.3℃、湿度61%、距離は5020.12m、

コリオリ力、高層ビル間での急激なビル風、考えるパラメータはキリがない。

目標は予定通り私宅リビングでランチ中。レティクルを合わせ、息を整える。大きく息と不安を吐き、ゆっくりと息を吸う。安全装置を外し、指の調子を確かめる。溜まったつばを飲み込み、肩の力を抜く。まばたきをし、トリガーにすっと指をかける。


ッヴァァァアアアアン———


私の放った銃弾は音を置き去り、彼の頭をとらえ、銃声は荒野に重く響き渡った。



「柊 少尉捜査官、休暇明け早々お疲れ様です」


「ライリー捜査官、ありがとう」

「そちらこそ、お疲れ」


久しぶりの仕事に腕が鳴り、挨拶にも気持ちが入る。


そのには頭を失った成人男性がダイニングテーブルにかぶさる形で倒れており、辺りに血が飛び散っている。この様子では苦しまず死ねただろう。


「今回の被害者は元西アメリカ軍大佐、オリバー・サウス、75歳、現在はファルコン・セキュリティ社の特別顧問をしていたようです。後頭部から撃たれ即死したようです」


「ここは地上221階、血の飛び散り方して東の窓から後頭部に一発か。弾の種類は?」


窓の穴と被害者の遺体を結ぶ線を伸ばす先に、貫通した弾らしきものが壁に刺さっている。


「スナイパーライフルに用いられる.333 アプティチュード弾ですが、鑑定では指紋は確認できませんでした。製造番号も確認できないのでファクトリー製ではないようです」


「レールガンやプロトンガンでは無く、実弾でしかもお手製か…特定には時間がかかるか」

「狙撃ポイントの割り出しは?」


「それが...計算では、ここから5000m先の人里離れた荒地、と出ています。ですがそれは...」


窓には銃弾で開いたと思われる数センチの穴が空いている。彼の死体から窓の穴の方を見るとはるか先、小さく丘らしきものが見える。


「5000m...となると軍用オートエイムスナイパーライフルか軍用ドロイド、いずれにせよ素人技じゃない腕利きだ」

「まずは衛星映像をあたってみるか」


「西アメリカ地理空間情報局に捜査協力を要請します」


「よろしく頼む」

「そちらの女性は?」


1人の女性が捜査ドロイドの質問に答えている。化粧は涙で落ち、やややつれても見える。動揺が隠せないようで、挙動に落ち着きがない。


「被害者の妻、サラ・サウスさんです。事件発生時オリバーさんとランチをしていたため、目の前で彼が撃たれるのを見ておりかなり動揺しています」


彼女の服には彼のものと思われる血が複数飛び散っており、事件の悲惨さを物語る。目の前で最愛の人を失うのがどれほどの悲しみか....。


「お悔やみ申し上げます、今回の事件の捜査を指揮する柊です」


「早速ですが改めて私から質問させてもらえますか?」


彼女は目を伏せたまま首を縦に振る。


「オリバーさんを恨むような人は誰か浮かびますか?」


「まさか。オリバーは、オリバーは誰かに殺されるような人じゃなかったんです。誰からも愛されていたんです」


彼女の視線の先には彼女がオリバーと楽しそうに踊るホログラムが棚の上で流れていた。


「なにか最近トラブルに巻き込まれたりとかはなかったですか?」


「いえ,,,。いたって普通の日常でした。特別気になるようなことなんてありませんわ」


少なくとも目立つようなトラブルはない、か。データベース上でも気になるような個所はない。



衛星映像解析の間に、射撃ポイントの丘上に移動し、犯人の痕跡を探す。



辺りは一面荒地となっており人気はない。海抜540mほど、一番近い民家でも3kmほど離れており、目撃者はいないだろう。見通しはよく被害者のビルまでは比較的邪魔が少ない。

しかし高層ビル群の合間でビル風の影響を受ける。

目標までの距離が5000mであることを除けば狙撃ポイントに適していると言える。5000m以上の射撃で実弾使用となると、コリオリ力も考慮する必要がある。これらを考慮すると相手はかなりの名手。狙撃手かそれに準ずるものだろう。


「柊 少尉捜査官、衛星映像の解析結果送られてきました」

「ホログラム、出します」


20世紀後半、複数の衛星によるマルチ撮影技術により"空間"そのものを立体的に録画することができるようになった。軍用衛星映像レベルともなると、地上にいる人の瞳に映る景色まで事細かく再現できてしまうほどの解像度である。


再現映像がホログラムで再生される。


「ちょうどこの時間:12時23分。座標:34°03'59.5"N 118°12'49.3"W....」

「誰もいないな」


人影は一切確認できず、ただの荒野が永遠と映し出されるだけである。


「おかしいですね、時刻、座標に間違いはありません」


「赤外線、X線はどうだ?」


モードが切り替わり、赤外線、X線それぞれのホログラムが再生される。


「ダメですね。全く反応なしです」


「となると、ステルス...か」


「衛星映像を騙すステルス技術ともなれば軍用レベルですね」


「やはり、軍関係者が濃厚だろうな」

「衛星映像があてにならない以上は、現地解析を進めるしかない」


ドローンを展開して、空間を細かく解析する。辺り一帯をスキャンすることによりデータを即座に収集、解析を行う。


「犯人予測、出ました。身長は175-180cm、右利き、銃の大きさは70-80cmと推定されます。また足跡から靴の大きさが28-28.5と出ています、靴跡は現在データベース上で照合中です」

「また足跡から犯人はパサデナ方面からこの丘に入ったようです」


「パサデナか、無法地帯、アメリカ紛争のグラウンド・ゼロか...厄介な事件になるな」


「パサデナ警察に捜査協力要請送ります」


パサデナ、かつては古くからの高級住宅街として有名であったが、今では見る影もない。紛争で穢れ、汚れた街は今なお輝きを忘れ反政府組織、いわくつきのギャング、犯罪者らのたまり場となり果てしまっている。幾度か行政による介入が試みられてはいるがいずれも失敗に終わっている。捜査当局の権威が及ばない、まさに別世界だ。


空車に乗り込み、パサデナに向かう。


「パサデナ、柊 少尉捜査官は行かれたことありますか?」


「まだ子供だった時と紛争時代に何度か。ライナーは初めてか?」


「はい。学校では別世界、終焉の地と習いはしましたが。色々うわさは聞くのですが、実際はどんなところなのでしょう?」


「捜査に協力的でないのは確かだ。犯人が潜伏するには絶好の場所といえる。もう行くことはないと思っていたんだが...」


パサデナ警察に到着した。

警察署と呼ぶにはあまりにも陳腐である。Pasadena City Police Department の文字が薄れておりまるでパサデナでの警察の存在感を体現しているかのようである。入口に立っている警備ドロイドは見たことすらない時代遅れなドロイドである。中に足を踏み入れると人影はなく、灯りが少ないのか、あるいは窓が少ないからか真昼間だというのに薄暗い。左手に受付があり、ドロイドが複数待機しているのみである。


「WAIAの柊とライナーだ。今日ロスエンゼルスで起きた殺人事件でこちらに捜査協力を要請している。担当者につないでくれ」


受付エリアはシンプルで、アルミ合金で統一されており、4つばかりの長イスと案内ホログラム、気持ちばかりの小さな窓、ゴミ箱、ドリンクサーバーのみである。無機質なデザインで冷たく、どこか落ち着けない。これがパサデナ流だろうか。


ドロイドが担当者につなぎ、おそらく4、50代であろう濃い顎ヒゲと右頬のタテに延びた切り傷が特徴的な男性のホログラムがドロイドの投影機から映し出される。


「ピーターだ。先ほど捜査要請をくれた、えーと....」


「柊とライナーです」


「そうだ柊 捜査官と ライナー 捜査官だね。よろしく」

「さっそく捜査の件だが、こちらで現状分かっている情報はそちらに今送ったところだ。監視ホログラムカメラの映像を調べたが今日パサデナに出入りしている人の中に怪しい人物は確認できなかった。ただ犯人が潜伏していた可能性が高いのはパサデナの最東、ヘイスティングス・ランチが有力だろう。まずはここをあたってみるべきだと思う。何かしらは得られるはずだ」


「分かった。助かるよピーター」


「今別件で現場に出ているから、現地で合流でどうかな」


「了解した。よろしく頼む」


「では後ほど」


ホログラム通信を終え、ヘイスティングス・ランチエリアへと向かう。警察署の前に止めておいた空車の前には物珍しいものを見るかのように人々が群がっていた。近づくと我々に一瞥をし、颯爽と裏路地に消えていった。


パサデナの街は子供の時の記憶とは遠く離れ、かつて緑の多い高級住宅地だったあの通りは今ではバーやレストラン、風俗店に変わってしまっている。街には広告ホログラムがあふれ、かつての心地の良い静けさはない。

かつて世界最高峰とされた大学すらも今では当時使われていた数棟が住居として使われているのみである。歩く人々はフードやフェイスマスクを被る人が多くみられる。放置された空車が道を占め、中には紛争時代に使われていた軍用空車まで置かれている。地面にはドリンクビニールや金属片、使い捨てられた注射器などのごみであふれている。清掃ドロイドは久しく動いていないのであろう。壁には銃弾痕や棒などで叩いたようなへこみやキズが複数あり、整備が行き届いていないのが見受けられる。路地を覗くと暗闇にこちらを睨む眼光がちらほらと見える。


ピーターから送られた資料によれば、パサデナ内で容疑者像に適合する人物は衛星映像と監視ホログラムカメラからは今の段階では確認できていない。やはり高性能ステルスを用いており、映像だけでは犯人特定は難しいだろう。

ただ、同じスナイパー用弾薬、.333 アプティチュード弾を使用した事件がパサデナだけで過去7年で2回も起きており、今回の事件と関わりがあるとみている。いずれも未解決のまま捜査は打ち切られている。詳細な調査は行われておらず、犯人推定にすら至っていない。過去の事件も洗ってみる必要がある。


どうやらヘイスティングス・ランチエリアに到着したようである。




























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