第3話 ルビー・ブルームという女性

「ルビー....宝石の女王か」

「よろしく、ルビー」


ゆっくりと立ち上がり、そっと左手を彼女に差し出す。

ルビーの表情はすこし穏やかになり、右手を差し出す。

彼女の手を優しく握り、立ち上がらせる。


手は太陽のように温かい。


「冷たい」


私の手を振り切り、こちらを睨む。


「すまん」


今まで人に手を触れて冷たいと言われたことがない。

むしろその真逆であった。少なくともあの頃までは...

いつの間に冷たくなったのだろう。最後に温かいと言われたのはいつだっただろう。

彼女にジャケットを被せ、半ば強引にこちらに引き寄せる。

彼女の肩をつかみ、大使執務室まで戻る。


ライリー捜査官と分隊がこちらの様子を伺っているようである。


「柊 少尉捜査官、私が引き継ぎます」


ライリー捜査官が彼女に近づく。

ルビーは私の裏に隠れ、袖を強くつかむ。


「いや、大丈夫。私が外まで届ける」

「引き続き館内の捜査を進めてくれ」


本部への報告を済ませ、彼女を連れ館内を歩く。

瓦礫で辺りは混沌と化している。歩くたびにススが舞い、辺りがよどむ。

日は昇っているというのに大使館内は不気味なまでに薄暗い。


「君はどうしてあの場所にいたんだ?」


私の後に続くルビーに向かって顔を見ずに問いかける。


「私の....」

「私の居場所だから」


どこか心苦し気な声だった。

それ以上は何も喋らなかった。

私もそれ以上は聞く気になれなかった。


エントランスから黒いスーツを身にまとった数名がこちらに向かってくる。


「こちらで目標を引き継ぐ。ご苦労」


ルビーは私の後ろに隠れ出てこようとしない。体を縮こませて両手で俺のズボンを強く引っ張る。


「失礼だが、所属は?こちらは、WAIA捜査官、柊ツバサ、任務コード:19223を遂行中だ。」


「こちらは特殊作戦軍ブラックネス、司令官命令で任務コード:C2111の遂行中である。」

「柊少尉捜査官、早急に目標を渡してもらう」


男二人が両脇からゆっくりと距離を詰めてくる。


彼女を左腕で庇いつつ、一歩二歩後ろに下がる。

ルビーの胸が背中に触れ、彼女の鼓動が速くなるのを感じる。


「例え司令官命令とはいえ、こちらも任務遂行中だ。彼女を保護するのが重要任務のはずだ」


ライリー捜査官と分隊が騒動に気づき後ろから駆け寄ってくる。

彼女らがカバーポジションにつきライフルを構え、こちらに指示を仰ぐ。

すかさず相手も一斉にホルスターから銃を素早く抜き、銃口を私に向ける。


「血を流す必要はない、ともに国を守る同胞だ。大人しく目標を渡せばいいだけだ」


「あいにく、"の言うことは信じるな"というのが俺の母親の口癖だったんでね」


右腕を構える。人工皮膚が弾け、肉は剥がれ落ち、血が腕を伝って肘に溜まり床へと落ちる。真っ黒な強化金属があらわになる。拳を強く握ると、陽子銃プロトンガンに変形する。紛争時代からの文字どうりである。


「物騒なもの持ってますな、捜査官。私たちは同胞でしょう?」


自分の鼓動も速くなるのが分かる。一方で頭は恐ろしいほどに冴える。距離が一番近く最も被弾リスクの高い真ん中の大男をまず殺すか。

僅かに右腕が震える。額に汗がにじみ出ている一番左の若い奴か、それとも――


「全員、今すぐ銃をしまってもらおうか!!!!」

「いますぐだ」


アダムス少佐が我々とブラックネスとの間に入り込み、私を強く睨む。

彼の専属分隊が双方に銃を向け、一瞬で場を抑える。


「これはこれはアダムス少佐、我々の任務は伝達済みですが?」


アダムス少佐が裏を向いて言葉を返す。


「確かに伝達はきた。ついさっき数十秒前だ」

「だが。ちょいと、強引すぎないか。一息ついてからでも遅くないだろう?」


「おわかりでしょう。司令官直々の命令です。こちらも仕事ですので」


彼は口を閉ざし、こちらに視線を戻す。


「柊、をしまえ」

「君たちもだ」

「これは上官命令だ」


腕を下げ、視線をルビーに向ける。

彼女はズボンを両手で固く掴んで離そうとしない。頭をかがめて動かない。


「そちらも下ろしてくれないか、だろ?」


彼らも銃をホルスターにしまう。


アダムス少佐が続ける


「彼女は、特殊作戦軍ブラックネスに引き渡す」


「待ってくだ―」


「上官命令だ、2度言わせるな。柊 少尉捜査官!!!」


彼らがルビーに近づき、彼女を無理やり私から引き離す。

彼女の両腕がこちらに伸びる。

彼女の目は淡く赤く光り輝き、悲鳴を上げる。


思わず彼女の方に足が動いてしまう。


彼らの手がホルスターに触れ、辺りに冷たい空気が広がる。


「柊 少尉捜査官!」


ライリー捜査官が私の右肩に手をかけて引き留める。

まっすぐ私の目を見ながら首を横に振る。彼の手の力が強まる。


彼らが大使館から引き揚げていき、外に止まる漆黒色のオーディンに乗り込んでいく。彼女を奥へと押し込み、ガタンと重い扉が閉まる。


「なお、以降の大使館内の捜査も我々ブラックネスが引き継ぐ」

「悪く思わないでくれ、アダムス少佐殿、ではこれにて」


オーディンが浮上し、空の向こうへ消えていくのをただ黙って見送ることしかできなかった。


「本捜査は以上をもって打ち切り、撤収作業に入る。ご苦労」

「柊 少尉捜査官、君には帰宅命令を下す。今回の処分は追って連絡する」

「ライリー上級捜査官、至急捜査データをこちらに全部送ってくれ」


言われるがまま、スカイに乗り大使館を後にした。

何もできない自分にひどく絶望することしかできなかった。


家に着くとソファに横になる。どうしても彼女のあの赤い目が忘れられないのである。私への助けを求める目、脳裏から離れない。苦い記憶と重なる。

喪失感と自分の非力さに襲われ、テーブルの上に置いたコップを思わずはらいのける。コップは床に落ち、跳ねて奥へと緩やかにカーブを描いて転がってゆく。


コロンが近づき、身体スキャン、精神スキャンを進める。


「右腕の人工肌と人工右腕用偽装組織の破損を確認、治療します」

「また、精神状態の不安定化を確認、治療も併せて行います」


数時間が立ったか、盛られたせい鎮痛剤で身体がひどく重い。

太陽の光が西側の窓から入り込みかけている。本当にいい天気だ。


ドアのベルが鳴る。

コロンが玄関で対応するのが見える。意識が朦朧としてはっきりと見えない。


「柊 起きてるか? 柊 !」


意識がはっきりと戻り、視界が開ける。なぜお前がここにいる。


「アダムス少佐...なぜこちらへ?」


慌てて起き上がり、身なりを大雑把に整える。


「レオでいい、仕事外だ」


「レオ、なぜ彼女を奴らブラックネスどもに渡した?」


語気が強まってしまう。


「さっきも言った通り、司令官命令だ。俺も上にはさすがに逆らえない」

「それに、止めなかったらやばかっただろあれは」


「俺なら―」


「お前なら殺してただろうな、全員、死体すら残らずにな」

「お前とアメリカ紛争地獄を生き抜いた仲だ、分かる」


レオは真っ直ぐこちらを見つめながら会話を進める。


「さすがに奴らを殺したら俺もお前を庇えない。分かってくれ。これでも最大限助けてる」


向かいのソファに腰を掛け、レイクに手を触れてホログラムを映し始める。


「これはさっきの大使館内の捜査報告だ。現在は機密扱いで少佐の俺ですらコネを使ってギリギリ入手できた代物、バレたらお前も俺も豚箱送りさ」


情報によれば、監視カメラに写っていた数名は全員、あの爆破で消滅しており、爆破はテロではなく大使館内のシステムログから自爆プログラムによるものであることが分かる。連中は未だ身元不明であり捜査中である。


「爆破テロではなかったと...?」


「恐らくだが緊急通知の段階で上からの司令官による情報操作がされている」


「新東アジア解放軍の宣戦布告自体も嘘であるということか?」


「俺はそう見ている」

西アメリカ情報捜査局West America Inteligence Agency(WAIA) 上層部の知り合いによれば、新東アジア解放軍の動きにこれといった変化はない」

「そもそもこの数年彼らは大人しいしな。オラクルズによる徹底的な管理で規模も大幅に縮小しているというのを聞いている」

「また在西アメリカ グラント大使の護衛も奴らブラックネスに取って代わられた」


悉くことごとく奴らのいいなりというわけか」


「悲しいことに」


あのレオ・アダムスでさえあの司令官には逆らえない。

この国で暗躍している連中がいるのではという疑念が頭をよぎる。


「彼女、ルビー...ルビー・ブルームとは何者なんだ?何かわかっているのか?」


「彼女の資料は最重要機密指定Ⅰを受けている。詳細は不明のままだ」

「だが―」


彼が立ち上がり、窓に近づき遠くを眺める。


「恐らく彼女はだろうな」


「なぜそうだと思う?」


「彼女がいた大使執務室の奥の隠し部屋、何が置いてあったか覚えてるか?」


「薬品、注射、何らかの治療機械....」


「そう、その中に見知らぬ薬品、PRAISEDが置いてあった」

「彼女はこのPRAISEDを定期的に注入されていた」

「科学班の調査によれば遺伝子情報の抑制効果があるようだ」


「遺伝子情報、オラクルズの超能力の効果を抑え込む薬だと?」


「なぜそれをオラクルズ達は彼女に注入しているんだ?」


「さあな。あくまで全部俺の勝手な予想に過ぎない。聞き流してくれていい」

「ルビー ブルーム、彼女はお前と何を話した?」


「特に何も....。ただ俺の手を冷たいとだけ」


彼はこちらに視線を戻し、白い歯を見せた。


「お前、そりゃお前の冷たさを見透かされてるな」

「要は下心持って触んなってことだ」


「うるせえ、お前とは違うんだよお前とは」


そう2年前―レオと再会したあのアメリカ紛争終結5周年パーティ、お前は煌びやかな美女を両手に楽しんでいた。華やかな衣装も豪華な食事も、年代物の酒も、胸を躍らせ揺らしながら近寄ってくる美女尻軽女も俺にとってはただの苦痛でしかなかった。お前はどうしてそんな笑顔でいられるんだ....どうして楽しんでいられるのだ。どうしても、何をしてても世界は血の色に染まって見えるのに。


レオが何かを思い出したかのように、会話を変える。

ソファに腰掛け、足を組み真っ直ぐこちらを見つめる。


「そうだ、言わなきゃいけないことがもう一つ」


咳払いをしてから続ける


「本日付けで正式に君たち西アメリカ軍捜査局 West America Military Investigations Bureauの局長に就任した」

「ボルツマン前局長からのご推薦でね」

「また併せて今回の事件大使館テロ事件で中佐に昇格だ」




































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