第42話 向こうに怪しい格好の男が

 俺が戻ったとき、すでに王都の街中を無数の魔物が、我が物顔で闊歩していた。


 ゴブリンやコボルト、オークなどお馴染みの魔物もいるが、翼の生えた虎や腕が四本ある熊など、初めて見る魔物も多い。

 家の中に避難しているのか、住民はあまり見かけないが、あちこちから悲鳴や怒号が聞こえてきていた。


「グルアアアアアアッ!」

「おらっ!」

「ギャァッ!?」


 躍りかかってきた人面獅子の魔物の脳天を叩き割る。

【女王牛のパンツ】によってさらに筋力が上昇したお陰か、遭遇する魔物をほとんど一撃で片づけながら、俺は街中を駆けていく。


 ……仮面をつけ、パンツ一丁にマントという、めちゃくちゃ恥ずかしい姿だが、気にしている場合ではない。


「こ、こっちに来るな……っ!」

「パパ!」

「お、お前たちは下がっているんだ!」

「ガルルル」

「とおっ!」

「ギャウン!?」


 たまたま通りがかった家の窓から、狼の魔物に襲われている家族を発見したので、救出しておく。


「大丈夫か?」

「ひっ……変態っ……」


 せっかく助けてあげたというのに、俺の姿を見て悲鳴を上げる家族。


「こ、こっちに来るな……っ!」

「パパ!」

「お、お前たちは下がっているんだ!」


 魔物と同じ扱いをされた!?


 くそおっ! 俺だって、好き好んでこんな格好をしてるわけじゃないんだよっ!


 涙ながらに窓から飛び出し、その家を後にする。


 それからも幾度となく魔物から住民たちを救ったのだが、その度にこの姿のせいで変質者を見るような反応をされてしまう。

 命の恩人に対してそれはないだろう。


 街のために戦っているのはもちろん、俺だけではなかった。

 騎士団や冒険者たちもまた、街中に侵入した魔物を必死に撃退している。


 途中、騎士団の部隊と思われる一団とすれ違ったとき、


「隊長! 向こうに怪しい格好の男が!」

「っ! た、確かに怪しい奴……っ! 普段なら問答無用で連行しているところだが……今は捨て置け! 魔物が優先だ!」

「はいっ!」


 普段だったら捕まってるんだ!?

 絶対にこの格好で街を歩くまいと俺は誓った。


 しかしこの様子だと、金ちゃんのことが心配だ。

 リュナさんがいるとはいえ、先ほどは魔物と自ら戦っているようだったし……それに何度かリモート通話を試みているのだが、まったく応答がない。


 たぶん、キンチャン商会にはいるはずだ。

 目につく魔物を倒しつつも、全速力で向かっているときだった。


「「「うわああああああっ!」」」


 ひと際大きな叫び声が聞こえてくる。

 思わずそちらへと足を向けた俺が見たのは、冒険者らしき三人組、それに禍々しい魔力を漂わせる骸骨の魔物だった。


「アンデット系の魔物か」


 冒険者たちは頭を抱えて蹲っている。

 そんな彼らの全身を覆っているのは、怪しげな黒い靄だ。


 その靄は、あの骸骨の魔物が手にする杖から発せられているようだった。


「嫌だ嫌だ死にたくない死にたくない」

「助けてくれ助けてくれ助けてくれ」

「ああああああああああああ」


 冒険者たちは恐怖で顔を引き攣らせながら、ぶつぶつと何かを呟いている。

 恐らく幻覚か何かを見せられているのだろう。


「って、あいつ阿久津じゃないか? それに取り巻きの田中と伊藤も」


 よくよく見てみると、その冒険者たちは俺のクラスメイトだった。

 特に阿久津は不良グループのリーダー格で、俺が最も苦手とする人種の一人だ。


 異世界人らしく、かなり良い職業を貰ったはずだが、冒険者になってたんだな。


「母ちゃん母ちゃん母ちゃん」

「うわーん、ママぁぁぁぁっ!」

「あばばばばばばばばばばば」


 それが幻惑魔法を喰らっているとはいえ、涙ながらに恥ずかしい言葉を口走っているのだ。

 ザマァ見ろとばかりに、ついじっと観賞していると、


「貴様ニモ、良イ夢ヲ見セテヤロウ」


 残念ながらアンデッドに気づかれてしまった。

 俺に向かって幻惑魔法を放ってくる。


「っ!?」

「無駄ダ。我ノ魔法ハ、回避不可能」


 迫ってきた黒い靄を咄嗟に避けるも、軌道を変えて追いかけてきた。

 俺もまたその靄に呑み込まれてしまったのだった。

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