第6話 時代錯誤な名家の子息令嬢たち ー 寺本聖

 お昼のお弁当に手をかけ過ぎました。

 危うく入学二日目にして遅刻する羽目になるところでした。危ない危ない。

 昇降口で上履きに履き替えて教室に向かおうとすると女子生徒の群れが出来ています。

「ちょっと君たち。もう授業が始まるよ」

 群れの中から男の人の声が聞こえてきます。

 果たして女子生徒に囲まれているのは人気者なのか? それともボコられているのか? どちらかですね。

「先輩の気持ちが知りたいです!」

「ちょっと待ってくれよ」

 人気者のかたでした。先輩なんですね。

 こういう男子の先輩に後輩女子が群れるのって少女漫画の中の話だけだと思っていました。高校って二次元のお話を三次元で見られるテーマパークのようなところです。

「ちょっとストップ。一旦離れてくれ」

 女子生徒たちの群れが崩れて囲まれてた男子生徒が見えはじめます。

 ほへ! 凄いイケメンだ。

 こういう王子様みたいな人が現実の学校にいるんですね。少女漫画の中の話だけではなかったんですね。

 とても目の保養になります。いや、私には眩し過ぎます。

 まぁ、実際問題として私には関係ないんですけどね。

 イケメンは見てるだけで癒しの効果のある観葉植物の一種と考えていますので。

 でも、あの凄いイケメン先輩は何年生の方なんでしょうね?


「相変わらず拓真たくまの人気は凄いな。選り取り見取りじゃん」

「拓真ほどじゃないにせよ健斗けんとだって何時も女子に囲まれてるじゃない」

「俺は女には興味ない」


 私から左に二メートルほど離れたところで壁にもたれている先輩方と思われる男女の会話が聞こえてきます。あの王子様は拓真さんっていうんですね。で、隣の男子が健斗さん。


「興味ないって。健斗には一途に思い続けてる子がいるんでしょ? 誰なのよ? 私、健斗と結構長い付き合いだけど全然気付かなかった。ねえ、私だけに誰なのか教えてよ」

「ノーコメント」

 健斗先輩。お隣の女子は健斗先輩にラブ光線を出してますよ。恋愛に疎い私でさえ分かります。

「いいじゃない。幼馴染として色々と協力もするからさ」

 はい、ラブ確定しました。

「お前の方はどうなんだ? 来年の春には解放されるんだろ?」

 解放? 解放って何でしょうか? 囚われの身?

「うん。たぶん葦川よしかわに戻れるとは思う。だけど……」

 葦川に戻る? 戻るって?

「葦川に戻った方がいいと思う自分とこのまま玖保多くぼたに残りたい自分と二人の自分がいるの」

「妾のままでいいってことか?」

 妾? この女子生徒さんはお妾さんなんですか? まだ高校生ですよ。それにいつの時代の話をしているんですか? 今は二十一世紀に入って二十年近く経っているんですよ。


 この学校には地域の裕福なご家庭の子息令嬢が学んでいるとは聞いていました。

 でも、高校生でお妾さんとか、裕福な家庭間で子供をやりとりするとか、全く以て大衆食堂の娘である私の理解の範疇を越えた話が今まさに絶賛開催中です。


「羨ましいも何もお前はもう玖保多真知子くぼた まちこじゃねえか」

 玖保多! 女子の方は玖保多真知子さんと言うんですか。玖保多と言えばこの地域で知らない人はいない名家の中の名家です。キング・オブ・名家。

 そして真知子さんは葦川に戻ると言っていました。葦川家と言えばこれまた裕福なご家庭です。

 つまり真知子さんと言う方は葦川家から玖保多家へお妾さんとして出ているようです。やっぱり大衆食堂の娘の私には理解できません。


 高校生をお妾さんにしてしまう感覚は解せませんし、そもそもそんなの許されるのか? とも思いますが、お金持ち的には普通なことなのでしょうか。

 まっ、私には関係のない話ですけどね。

 でも、さっき女子生徒たちに群がられていた王子様が拓真先輩ということだけはしっかりと憶えておきます。


 さて、教室に向かって歩き出そうしたまさにその瞬間のことです。

「ちょっと、あんた達! 何やってるの!」

 突然、大きな声がした方向を見ると、いかにも面倒臭そうな、否、快活そうな女子生徒が拓真先輩に群がっている女子たちに向かって叫びました。

 群がってた生徒たちが一斉に散り始めます。見事です。あの方はどなたでしょうか?

「拓真、大丈夫?」

「助かったるい。新学期早々酷い目にあった」

 類さん? 類さんって言うんですね。

 お互いに下の名前を呼び捨てだし、とっても親しそうな雰囲気なので拓真先輩の彼女さんでしょうか?

 一瞬、拓真先輩と私の目が合った気がしました。が、私は本能的に目を逸らします。

 男の人と目を合わせるなんて高度な技を私は持ち合わせていません。

「拓真、どうしたの?」

「いや、なんでもない」

 恋人たちの会話を無視して今度こそ私は教室へ向かいました。

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