第2話 いよいよ私の高校生活が始まります ー 寺本聖

 西窪川駅の東口を出て商店街に入って行くと三階建の建物があり、その一階に私の両親が営む大衆食堂の寺本食堂があります。一階が店舗、二階は宴会場を兼ねたパーテーションで区切られた個室、そして三階が自宅の家族経営のお店です。

 明るい両親が従業員さんたちと一緒に頑張っていて今では繁盛店と言われるようなお店になりました。

「いらっしゃいませ」

 元気のいい挨拶が飛び交う定食屋です。ありがたいことにお客様がひっきりなしに来店して頂きお店は繁盛しています。

 お店は代々飲食店を営んでいたそうです。

 最近はお客様の数に比較してお店が狭く感じていたようで両親は隣駅前のクボタガーデンホテルの隣接地に建設中の窪川ガーデンタワーにテナントとして新店をオープンすることを決めました。

 新店は窪川ガーデンタワーがグランドオープンする十二月に開店する予定です。


 父と母は高校時代に同じ部に所属していた先輩後輩という関係で、ずっと想いを秘めていた母の奈々美ななみが卒業した直後の父の明生あきおに猛アタックして結ばれたと聞いています。

 卒業した直後にアタックするってどうなんでしょうか?

 もっと早くすれば楽しい高校生活の思い出が一杯だったのに! と思うのですが、母は「色々あったのよ」としか言いません。

 私がまだ子供だから分からないのでしょうか? 高校を卒業しないと分からないのでしょうか? 恋愛経験が少々少な目だから……すみません嘘を言いました。彼氏いない歴イコール年齢の私だから分からないのでしょうか?

 最後のは周りから暗いと言われているモテない女のただの愚痴なので聞き流して下さい。

 公立だった同じ中学から龍星りゅうせい大学窪川くぼかわ高校に入学する同級生は数人しかいません。

 龍星窪川は裕福なご家庭の子息令嬢が多いことで有名です。私も別の学校に進学する予定でしたが同中の人が少ないという理由で中三の秋にこの学校に進学先を変更しました。

 龍星窪川は両親の母校だったこともあり進学先の変更は大きな問題にはなりませんでした。

 ともかく私、寺本聖てらもと せいはこの春、龍星大学窪川高等学校に無事に合格し今日晴れて入学式の日を迎えました。


 真新しい制服を着て鏡の前で入念なチェックをします。

 制服よし! ハンカチよし! 財布よし! 鞄の中身よし! 笑顔、私的にはよし!

「よし、完璧」

 カバンを手に取って部屋を出ます。

 玄関を出て鍵をしっかりとかけて外階段を降りて一階の店の裏口のドアを開けて両親に声を掛けます。

「じゃぁ、行ってくるね」

「気を付けるんだよ。入学式、出れなくてごめんね」

 母が謝ってくれますが、これはお店を営んでいる以上は仕方ないことだし私はもう十分に理解出来る年齢になりました。

「ううん、大丈夫。行ってきまーす」


 父は喜怒哀楽が表に出る人です。すぐ感動します。

 私が保育園に通っている時に見様見真似で覚えた『猫踏んじゃった』をショッピングセンターの楽器屋さんの店頭に置いてあるピアノで弾いただけで父は感動して私にピアノを買ってくれました。

 何も出来ないと思っていた小さな娘がピアノで曲を弾いた! と言うことが嬉しかったんだと後に聞きました。

 私もある日突然、家に大きなピアノが届いてビックリしました。保育園児だった私は「お父さんありがとう!」と言うのが精一杯でしたね。

 いえ、そう言ったのは「ありがとう」と言って父を喜ばせないといけないと思ってしまったんです。子供ながらに。

 後で、コッソリと母から「『猫踏んじゃった』を弾ける子は保育園に何人いるの?」と聞かれて「四人」と答えたところ母からは「じゃぁ、四人の子が『猫踏んじゃった』を弾けることはお父さんには内緒にしておこうか」と言われ「そうする」と言ったことも覚えています。


 両親は学校の行事にはまず出られません。昼間も土日もお店が営業中ですから。

 小学生の頃は家業のことを理解できていなかったので随分と駄々をこねて両親を困らせました。

 それでも小学校の高学年になると徐々に理解が出来るようになり、中学生になると逆に恐縮する両親をケアするようになり、お店の手伝いも言われなくても積極的にするようになりました。

 大人になるってこういうことなのか? と自分なりに納得した記憶があります。


 料理を作ることは私のしょうに合っていたようで、父が料理を作る仕草を陰からコッソリと見たり、余り物を盗み食いしたり、朝早く起き出して一人でこっそり作って食べてみたりして腕を磨きました。

 あれは忘れもしない中学二年生の夏休みのことです。初めて営業中のキッチンに立たせてもらい、父の指導の下でお客様にお出しする料理を作らせてもらいました。

 出来上がった料理を味見した父が「うん」と頷いた笑顔を私は決して忘れないでしょう。


 自転車に乗って入学式のある学校の体育館へと向かいます。

 さあ、いよいよ私の高校生活が始まります。

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