二十八章 「『堕天使』に優しさを」

「華菜の心に棲みついている『堕天使』の話だけど」

 僕はこの話もしっかり二人で話し合い、お互いの考え方を知りたいと思っている。

 相手の考え方がわかっていないと、困っているときに求められている行動をすぐにとれないから。

 彼女は、僕の言葉を聞いて、ビクッと体を震わせた。

 僕は、彼女が何に怯えたか予想がついた。

 彼女はきっと僕と同じようなことを思っている。

「大丈夫だよ。華菜が今想像したような話じゃないから」

「えっ!?」

「華菜は心に棲みついている『堕天使』を追い出すことを躊躇っているよね? 大丈夫。僕は追い出そうと言わないから」

「どうして私の気持ちがわかって、さらに悠希もその考えを受け入れてくれるの?」

 彼女はいつものように不思議そうな顔をしていた。

 その顔を見ながら、僕はハッとした。彼女は不思議そうな顔がさまになるのではなく、不思議そうにしている仕草や表情が素敵に見えるのだ。それは『堕天使』が心に棲みついているからだけではないだろう。『不思議』が似合う人はきっと多くはいない。それも彼女の魅力の一つだろう。

 そのことをまた彼女に話そうと思うと、胸がワクワクしてきた。

「それは、華菜はどんなに辛い話を僕にしている時でも、一度も『堕天使』のことを悪く言う言葉を言っていなかったから。原因は『堕天使』にあるだろうに、僕はそこになんだか違和感を感じた。確かに追い出す方法は現時点ではわかっていないけど、積極的に追い出す方法を探している感じも見られない。そこまではわかったけど、その理由までは僕にはわからなかった。華菜が追い出すことを躊躇っている理由を教えてくれないかな?」

「悠希の考え通りで、私は『堕天使』を心から追い出したくないと思っている。その理由は、追い出した後のことを考えるからだよ。私は、『堕天使』、いやこの子の存在を消されたくない」

「それは、どういうこと??」

 僕は『堕天使』を彼女の心から追い出せば、彼女も苦しまなくていいと思っていた。『堕天使』のその後のことまでは考えたことはなかった。

「確かにこの子はたまたま私の心に棲みついただけだよ。でも、もし私が追い出してしまえば、神様はきっと弱っているこの子を必死に探し、完全に殺すと思う。『堕天使』は一般的には『悪』と勝手に決めつけられ、いてはいけない存在とされている。でも、たったそれだけの理由で殺されるなんておかしくない?? この子はそれほどまでのことを本当にしたのかな。それにどんな存在でも、少数派だからといって話も聞かず、認められないのはかわいそうだよ」

「確かにそれはそうだね。僕たちも向き合うことで、華菜が無理と思っていたことを成し遂げられたもんね」

 僕は彼女の優しさに感動した。

 自分を苦しめているものにまで優しくするなんて普通の人はとてもできないから。

「それに、一緒にいてわかったことがある。どうしてこの子が『天使』から『堕天使』になったかわからないけど、『堕天使』になってからこの子はずっと一人ぼっちで寂しかったみたい。意味はわからないけど、心に棲みついてきた時からずっと私に何かを語りかけているから。私は今まで寂しい思いをたくさんしてきたからなんとなくそういう雰囲気がわかるのよ。私と同じ思いをこの子にはしてほしくない。たとえ言葉を理解できなくても、私が現実的にこの子を元気にすることができなくても、私はできる限りの時間をこの子のそばにいたいと思う」

「うん。もし華菜が苦しくなれば、僕が守ればいいだけだから」

 彼女の辛い過去と今を知っているからこそ、僕には彼女の言葉が心の奥底まで響き渡った。

 そして、彼女の強さに僕は尊敬した。

「そう言ってくれてありがとう。今まで不幸になってきた原因とされる『堕天使』と共存するなんておかしな考えを、いくら優しい悠希でも受け入れてくれるかはさすがに自信がなかった」

「僕は、どんな華菜も否定しないと言ったじゃないか」

 彼女はホッとした顔をしていた。

 僕は、彼女の頭を何度もなでた。

「今後のことはわからないけど、私はこの子を受け入れてみたいと思う。一人ぼっちだった私を悠希が救ってくれたように、この子を私が救えるかもしれないから」

「そうだね。でも、どうして華菜は『神様』の存在を信じているの? 別に信仰が深いわけではないよね」

「うん。何かの宗教を信仰してるわけではないよ。私が『神様』の存在を信じるのは、多く人があまりにも都合よく『神様』を利用するからだよ」

「『神様』が利用されているから、華菜は信じるの?」

 僕は、彼女に質問した。

 わからないことはしっかり「わからない」と言わないと、今どう思っているか相手は超能力をもっていないしわからないのだから。

「そう。何か困ったことがあれば、人はすぐ神頼みをし何とかしてもらおうとする。『神様』に救いを求める。でも、その困ったことが解決すると『神様』に感謝する人は多くはいないと思う。さらに幸せな時は、『神様』のことなんてほとんど考えていない。そんなのは救いを求めているなんて到底言えない。救ってもらう側も全力でなきゃ、相手に失礼だよ。そんな扱いをされている『神様』がかわいそうだと私には思えた。だから、私は『神様』はいると心から思うようにしたのよ。『神様』を大切にしない人の分まで、私は『神様』の存在を信じ、救ってくれた時もそうでない時も、めいっぱい愛を込めて感謝したい。私、変かな?」 

「なるほど。確かに華菜の言う通りだと、話を聞いて僕も今思ったよ。そういう意味では、僕も神様を今まで利用していたことになる。そして、華菜は変な人じゃないよ。すごく優しくて、考えの深い人だよ」

 僕は彼女を探している時などに神様に祈っていたことを思い出した。

「そうかな。でも、やっぱり『堕天使』と今後も共存すると、悠希が不幸になるかもしれないよね」

 彼女は心配そうな顔をしながら、そう言った。

 僕は「大丈夫だよ」と笑ったのだった。

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