承 「君を救いたい」

三章 「思い出話でもしない?」

 今日は『おうちデート』当日の土曜日。 

 今は十一時。十二時に彼女が来ることとなっている。

 僕はいつもよりかなり朝早くに目が覚めた。彼女がやってくると思うと、ワクワクして目が覚めた。まるで遠足前の子どもみたいに無性に楽しくなった。

 お昼ごはんはさくっと食べられるものを出前し、夜ごはんは僕の手料理を振る舞う。

 夜の料理はもう前日の夜に作り終えていて、あとは食べる前に電子レンジで温めるだけにしてある。

 お昼ごはんは出前、夜ごはんは僕の手料理というのが僕たちの『おうちデート』の定番だ。

 個人的には昼も夜も僕の手料理でも構わないのだけど、そこは彼女のことを考えてこうした。

 両方僕の手料理だと、優しい彼女は申し訳ないと感じるかと思ったのだ。

 彼女にそのことを確認したことはないけど、きっと嫌だったら何か言葉にするだろう。

 先に料理を作っておくのは、わざわざ僕の家に来てもらっているのに彼女を待たせたくないからだ。

 僕は基本的に何事も時間に余裕をもって取り組まないとできないタイプだけど、これはそんな理由がちゃんとある。

 

「おじゃまします」

「華菜。さあ、早くあがってきてよ」

 十二時になり、彼女がやってきた。

 もっと気軽に家に入ってきたらいいのにいつも思うけど、彼女はいつも礼儀正しく部屋に入ってくる。

 開かれたドアから、春の柔らかい風が入ってきた。

 彼女は、黒の無地のトップスに、白色のロングのフレアスカート姿で、色合いが対照的でかわいらしい。

 そして、今日も彼女は特別何もしていないのに、まぶしさを感じた。

「本当に、いつも部屋をきれいにしてるねー」

 彼女は部屋に入ると、まず僕のことを褒めてくれた。

 これはいつも言ってくれるんだけど、やはり彼女に褒められると僕は嬉しい気持ちになる。

 彼女が話す言葉は、いつも思いやりにあふれている。

 そう言いながら、彼女はさくさくと部屋に入っていく。

「ありがとう。実は今朝慌てて掃除したんだよ」

「えぇー。いつもきれいだよ」

「そうかな」

 僕が後ろで照れていると、彼女は冷蔵庫の前で立ち止まりこちらを振り向き、目をキラキラと輝かせてきた。

「ところで、今日の悠希が作った晩ごはんは何?」

「華菜は、気が早いなあー」

 僕は笑いながらも、冷蔵庫を開けた。

 彼女はいつも僕の料理を楽しみにしてくれている。それが嬉しくて、僕はいつも彼女が喜びそうなメニューを考えて作っている。

 冷蔵庫内は、タッパーに入れて食材や調味料を分けて置いている。今夜のメニューはわかりやすいようにシールを貼ってある。

「これはー、ローストビーフと生ハムのマリネとグラタンかな?」

 彼女はすぐに今日のメニューを見つけたようだ。

「そうだよ。グラタンは、シーフードグラタンだよ」

「私の好きなものばっかりだー」

 彼女は子どものような笑顔を見せた。

「久々の『おうちデート』だからね。全部華菜の大好きなものにしたんだよ」

「いつも言ってるけど、本当に悠希は料理うまいよね。さらに掃除もできて、未来のお嫁さん泣かせだよ」

「いつも華菜に褒められたくてやってるだけだよ。それに華菜も料理はある程度できるじゃないか」

 僕は未来のお嫁さんの顔を見ながら、笑顔を見せた。

 彼女は料理は下手ではなく、普通にほとんどのものは作れる。まあ他の家事は少し苦手のようだけど。

 もし二人で住むことになれば、そこは僕が代わりにすればいいかと考えている。

 家事は女性だけがするものじゃないと僕は思っているから。

「まあそうだけど。悠希には全然及ばないよ」

「まあまあ、とりあえずソファーに座ろうよ」

 冷蔵庫前で、彼女がずっとキラキラした目線を向けてくるので、僕はそう言った。

 その目線はもちろん嬉しいけど、僕の心臓がもたないから。

 僕の部屋は、1LDKだ。会社は都内にあり、そこまでは一時間と通勤時間は結構かかる。でも、これぐらいの広さの部屋に住みたかった。

 社会人になったから、少し無理をしても学生の頃住んでいた部屋よりいい部屋に住みたかったのだ。

 それに、キッチンは広い方が使い勝手がいいし、食事するところもゆったりと広い方が落ち着けるかなという考えからこの部屋を選んだ。

 ソファーの置いてある部屋はフローリングで、色は全体的に茶色系。そこに大きめの真っ青なソファーをおいてアクセントにしている。壁にはレプリカだけど黒い額縁に入った絵画を一つ飾ってある。

 僕たちがソファーで話し始めて少しすると、出前が届いた。

「そういえば、前に『おうちデート』した時のこと覚えてる?」

 彼女は届いたポテトをつまみながら、そう話してきた。

「もちろん、覚えてるよ。結構前のことだよね。確か、三ヶ月前ぐらいだったよね?」

「えー、そんな前になるの? なんだか少し前のことな感じがするよ」

「その日は、冬で特に寒かったんだよ」

 僕は前の『おうちデート』の話を、詳しく話した。

 その日こたつに入りながら、彼女が「手がずっと冷たいよ」と言うから、僕が両手で手を包み温めた。

 なかなか手が温まらなくて、「何でだろうね?」と二人で笑い合った。

 僕たちはその後で、こたつで温かいココアを飲みながらたわいない話をした。

「そうそう! 悠希がココアをだしてくれたよね。あのココア、本当に美味しかった」

「まあ僕は、お湯を沸かしただけなんだけどね」

「そうだけど、そうじゃないのよ。寒がってる私に温かいココアをくれた悠希の優しさが心を温めてくれた。あの日も、悠希との大切な思い出の日だよ」

 『思い出』という言葉を聞き、僕は嬉しくなると同時に、今が行動に出る機会だと感じた。

 僕が今回『おうちデート』をしようと言った本当の目的は、彼女に思い出話をさせることだからだ。それを聞くことで、前に見た彼女の涙の手がかりを探そうと、僕は数日前に閃いたのだ。

「そういえば、数日前に学生の頃の卒業アルバムが見つかったよ。見る?」

「えっ、見たい見たい!」

 僕たちは大学で出会ったから、小中高と同じ学校ではなかった。大学は色々な県の人が集まるから、それは別に珍しいことではないと思う。

 それでも、学生時代はどんなことをしてたかとかどんな感じだったかという話は、ある程度前に話したことがあってすでに知っている。

 わざわざ改めて今回話に出すのは、僕は今日もっと深い部分の話を聞きたいからだ。

「そう言うと思って、先に用意しといたよ」

 僕は卒業アルバムをさっと目の前に出した。

「さすが、悠希。仕事ができるね」

「ありがとう」

 褒め言葉とは、彼女が使うためにあるのではないかとさえ思えるほど、彼女が言うといつもさまになる。

 彼女は本当にいつも僕を褒めてくれる。

 僕なんかをこんなにも褒めてくれる人は、今までにいなかった。そんな彼女を大切にするといつも思っている。

 彼女は卒業アルバムをゆっくりとめくっていき、たくさん質問をしてきた。

 僕はその質問一つ一つにしっかりと答えた。

 そして、ある程度時間が経った頃に、こう言った。

「今日は、お互いに子どもの頃の思い出話をしない??」

「えっ、いいけど。前にも話したことあるけどいいの?」

 彼女はすぐにそう答えた。

「そうだけど、まだ知らないことがあるかもしれないし。華菜のこともっと知りたいなあと思ったんだ」

「うん、いいよ」


 この時、僕は彼女の表情をじっくりと見ていなかった。

 この時変化に気づいていれば、あんなことにはならなかったのにと後悔している。

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