第42話 潜入

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 日が沈み、再び夜がやってきた。


 高元の屋敷。書斎が見える庭の隅に、夜陰にまぎれて忍び込んだ琴美たちがいた。

 時計の針は九時四十分を差している。檜山の話では三十分ぐらいで倉庫に向かうようなことを言っていたが、書斎にいる高元たちはまだ動かない。


 檜山から連絡はない。予定ではもう倉庫に隠れていなければならない時間である。


「……しっかし、いっぱい付けりゃいいってもんじゃないでしょうに」


 ぼやいたのは琴美だ。監視装置のことである。たしかに前回より増えている。

 ゴーグル越しに見る庭の中は、いたるところに赤い糸が張り巡らされていた。赤外線レーザーだ。このレーザーの光を遮ると、屋敷中に侵入者ありという警報が鳴り響く。

 配置されているのは赤外線レーザーだけではない。手前の木立には監視カメラが仕込まれている。


「これじゃあ、わしが引っかかるはずじゃ」

「威張ンないの」


 ばっさり斬り捨てられても川中島はまるでこたえてない。


「檜山殿は大丈夫だろうか……」


 八波がつぶやいたときだった。


「動いた!」


 書斎にいた三、四人の影が立ちあがった。連れ立って書斎をあとにする。


「よおし、あたしたちも」

「行こう!」


 監視網をかいくぐり屋敷の中に侵入する。

 あとは手筈通りに進めるのみ。


 それでは、と言い残し、八波は書斎方向に消えていった。


 琴美と川中島は収蔵室を目指す。

 廊下の角で止まり、様子を見ながら慎重に進む。

 豪快、無警戒が歩いているような二人の性格からして、この慎重さは不自然ですらあった。お互い一人で侵入したのであれば大手を振って歩いているところだが、今回は八波や檜山もいる。大威張りで歩き回るわけにはいかないのだ。


 収蔵室の前の廊下までたどり着く。

 柄にもない慎重さが幸いしたのか、ここまで警備の黒服には遭遇していない。二人はそっと廊下を覗きこんだ。


 驚いたことに収蔵室の前は無人であった。

 てっきり黒服が二人ぐらい張りついていると思っていた二人は顔を見合わせた。

 期せずして同じ言葉が漏れた。


「ラッキー」


 川中島が周囲を警戒し、琴美が扉を調べる。収蔵室の扉には鍵がかかっていた。

 難なく鍵を外した琴美はゆっくりと扉を押し開けた。

 罠が仕掛けられている気配はなさそうだった。



 たしかに二人はラッキーだったのかもしれない。


 収蔵室の前の廊下を二人が来たほうとは反対に進み、突き当たりを曲がったところ。ちょうど収蔵室からは死角にあたる場所に黒いスーツを着た男が仰向けに倒れていた。

 すでに事切れている。その表情からは彼が苦しみもがいて死んだことが容易に想像できた。顔の横に投げ出された両手の指が何かを掴もうとするように曲げられている。

 外傷はない。


 琴美たちはすんなり収蔵庫にたどり着いたわけだが、屋敷内に警備がいなかったわけではなかったのだ。倉庫の警備についた八人以外の黒服は、すでに殺されていたのだ。



 収蔵室にはタカモトコレクションと呼ばれている高元の集めた美術品が納められていた。

 他の待ち主であれば大広間に飾られるであろう絵画がひとまとめにされ、壁際に無造作に立てかけられている。

 高元は美術品自体が好きなわけではない。美術品を収集することが好きなのである。


 琴美は上機嫌だった。鼻歌混じりに物色している。すでにいくつか宝石や古代遺跡から出土した金細工が彼女のポケットの中に放り込まれていた。

 川中島は小物が入っている引き出しを中心に探していた。引き出しもろとも引き抜いて、探し終わったら元通りに直している。律儀なことである。



 そんな二人いる収蔵室に音もなく近づいているものがあった。

 白い人型――四ツ戒堂の式神だ。屋敷内にいた警備の黒服を窒息させ、殺していたのはこの式神だったのだ。


 音もなく歩いてきた式神は、収蔵室の扉の前でその歩みを止めた。

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