第31話 新堂敦司の憂鬱 その3

 新技術が次々と開発されている現在、世界の仕組みも大きく変化した。


 オートメーション化の波は一般家庭にまで広がり、情報伝達機能などはすべてのシステムをコンピュータが管理するようになっている。


 中でも進歩の著しいのがロボット産業だ。

 工場などは製造から管理までをほぼロボットがコントロールしているし、大型特殊作業機の分野では局地作業用に開発されたロボットが人間の活動が困難な状況下、たとえば建設作業現場などにおける高所や海底などで特殊作業機はその力を如何なく発揮されている。


 人々の生活をサポートするためのロボットも進展著しい。コミュニケーション用に作られた愛らしいものから、清掃用の自動ロボット、介護用ロボットなど人間のできることを代行してくれる。


 それは戦場でも変わらない。

 かつて戦場で戦うのは生身の人間であった。しかし、AIを搭載した兵器の登場でその状況は一変した。心を持たない兵器に対抗するための兵器として機械化歩兵――通称デフノイドが誕生したことは必然だったと言えよう。


 外見は人間と何ら代わりはない。しかしその能力は一個小隊に匹敵すると言われており、現在先進国のほとんどがこの機械化歩兵を保有している。


 世界の軍事バランスを考えれば、局地的な小競り合いは続いているものの世界を巻き込むような大戦の起こる可能性は極めて少ないと言える。しかし、いくら極めて少ないからといって有事に国を守るべき軍隊を解体するような国はない。


 デフノイドをはじめて導入したのはアメリカだった。

 全兵士の十五パーセントを機械化歩兵にしたのだ。

 大規模な兵力を維持するにはそれなりの資金が必要であり、政府はいつの時代も軍事費の捻出に腐心する。

 当年の軍事費は跳ね上がったが、人間と違い生活面にかかる費用は軽減され、そのうえ機械であるがゆえに休息を取らせる必要もない。当然文句も言わない。軍需産業を中心に、停滞していた景気を上昇させるおまけまでついた。

 翌年からの軍事費は緩やかな減少傾向に移る。


 各国はこれに追随した。

 日本でも自衛隊が機械化を進めている。そのためかどうかは知らないが、近年、生身の自衛官たちは災害救助をする人たちという印象が強くなったのもうなずける話である。


 デフノイドの技術は様々な分野で転用され、とくに医療関係で大きく貢献することとなった。

 事故などで肉体を失い、義手や義足などにせざるを得なくなってしまった人たちの大きな希望となったのだ。

 もちろんこの技術が軍にとっても大きな希望であることに変わりはない。



 すべてが機械であるデフノイドに対し、一部を機械化している人間をデミ・ハーツと呼ぶ。

 直接戦闘には力を発揮するデフノイドだが、索敵行動などのデリケートな作戦行動にはケース・バイ・ケースの判断が求められる。機械の身体を持ち、人間の柔軟な判断力を合わせ持つデミ・ハーツが必要となってくる。


 公表こそされていないが各国にはデミ・ハーツで構成された機械化小隊が存在しているらしい。

 しかし、人間であるがゆえに不安定なこともある。

 戦場で精神を病み、軍から脱走。そのまま裏社会に流れる者も多いと聞く。

 さらにデミ・ハーツの技術は犯罪者にとっても利をもたらすものとなってしまった。武器を仕込んだ義手や義足をつける者が出てきたのだ。ひどいものでは、身体の八割を機械化しているという者もいるという。


 近年、この帝都でもデミ・ハーツの起こす事件が増加傾向にあり、警察の悩みの種になっている。



「やっかいなもン追っかけてますね」


 吉野がサイドボードから、PC端末を取り出した。膝の上に置いてディスプレイを起こす。座席越しに真島がのぞき込む中、カタカタと小気味良い音を立ててキーの上を指が踊り、画面が開いた。手配中のデミ・ハーツが表示される。


「どれですか――ぎゃああ!」


 開いていたディスプレイが勢いよく倒された。両手を挟まれた吉野が悲鳴を上げる。


「警察は情報屋じゃねえんだぞ、吉野。洩らしたら逮捕するからな!」


 新堂がプレスを強めた。吉野はただ叫ぶしかない。見かねた真島が助けに入る。


「堅いこというなって。新堂、お前そんなことだからいつまで経っても理想の上司になれねえんだよ」

「うるせえ!」

「まあ聞けよ。こっちもただで情報くれってわけじゃねえよ。ちゃんとそれなりの情報は出すぜ」


 真島の目がいたずらっぽく光る。真島を知らない人間はみんなこの目に騙されるのだ。しかし新堂は騙されない。無愛想な表情を崩さず真島を睨む。

 真島はニヤリと笑って言った。


「フィフティ・フィフティでいこうや」

「ふん。食えねえ野郎だな」


 新堂のほうもニヤリと笑って応えた。

 やっと両手を取り出した吉野は新堂を横目で睨むと、挟まれていた指をさすりながら、ひとの手だと思って、と泣きそうな顔をしてグチをこぼした。


「あ、そうだ――」


 運転席と助手席の間から顔を出していた真島が思い出したように声をあげる。


「新堂、青山まで行ってくれ」

「バカヤロー、タクシーじゃねえんだぞ!」


 真島がわざとらしく新堂側の耳を塞いで見せる。


「怒鳴るな怒鳴るな。一般市民を送ってくれる親切な警察……イメージアップに一肌脱いでやろーってんじゃない」

「お前に脱がれて嬉しいもんか」

「信号青だぜ」


 真島は早く行けといわんばかりに前方を指差した。


「ヤな野郎だぜ」


 新堂はアクセルを踏みこむ。

 黒いセダンはタイヤに悲鳴を上げさせながら交差点を目差して突っ込んでいった。

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