第21話 真島探偵事務所 その4

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「ふーん。じゃあ、じいさんはその家宝の石ってのがあるかどうかを調べるためだけに高元の屋敷に忍び込んだってわけか」


 回転椅子に座りながら真島が訊いた。

 ソファーに座って湿布を取り替えてもらいながら、川中島はそうじゃと大きくうなずいた。


 突如勃発した琴美と川中島の大乱闘――といっても琴美の一方的な大暴れなのだが――を真島、檜山、深雪の必死の執り成しで収め、一応の平穏を取り戻した真島探偵事務所である。


 琴美の忍び込んだ屋敷で仕事を邪魔したというのが、この川中島だった。

 たまたま忍び込んだところで琴美に出くわすとは、川中島もよくよく運のない男である。


 月のさざなみ――というのが川中島の家宝の石なのだそうだ。正確にいうと川中島家の家宝ではなく、主筋の家の家宝らしい。


 ストレスの張本人である川中島を穴のあくほど踏みつけた琴美は、実にすっきりした顔で治療を受けている老人を見た。その表情に罪悪感はまるでない。


「せっかく忍び込んだのに何も取らずに帰ってくるなんてもったいないわね」


 けろっとした顔でそんなことを言う。


「あのなあ、琴美。自分のレベルでもの考えるなよな。だいたいお前、ただの盗人じゃねえか」


 真島の言葉に琴美がすかさず反撃する。


「失礼ね。あたしはトレジャーハンター! その辺にいるケチな泥棒風情と一緒にしないでよね」

「あのなぁトレジャーハンターってのは、密林とか、地の果てとか、海の底なんてとこに行って、あるのかないのかわかんねえお宝を探すヤツのこと言うんだよ」

「そんなシャワーもないようなところなんか行かないわ。あたしの宝物は金庫の中にあるの」


 そう言って琴美は不敵に笑った。たいしたトレジャーハンターである。


「あの、川中島さん」


 檜山はソファーに座る老人に声をかけた。

 深雪に包帯を巻いてもらっていた災難続きの老人は善次郎でいいよ、と笑った。


「善次郎さん――」


 気になっていたことを訊いてみる。


「その、家宝の石ってあったんですか」

「いやあ、探す前に見つかってしもうてなぁ……」


 川中島がバツの悪そうな顔を浮かべる。

 真島が横から、忍び込み損だったなあ、善さんと声をかけた。なんだかずっと以前から知り合いだったような気軽な調子である。


「ねえ善ちゃん。その石ってなんなの? 宝石?」


 琴美にいたってはちゃん付けで呼んでいる。


「わが主の家に伝わる家宝じゃが……あれは宝石などではないと思うがのォ」

「色は?」

「乳白色に緑が混じってるような感じかの。このぐらいの大きさじゃ」


 川中島は親指と人差し指で円を作った。五百円硬貨よりひとまわりほど大きいらしい。

 話からするとおそらく翡翠ひすいなのだろう。翡翠ならそんなに珍しいという石でもない。

 おそらく琴美も同じ結論にたどりついたのだろう。すっかり興味のなくなった顔で大きく背伸びをした。


「善ちゃんもバカねえ。そんなあるのかないのかわかんないものを探しに、あんな屋敷に忍び込んで、それでケガしてりゃ世話ないわ」

「ケガさせたのはこいつ」

「ま、真島さん!」


 檜山は大いに狼狽する。たしかに檜山が轢いたのは間違いないが、広めてもらうような話ではない。否定できないところがさらにつらい。


「檜山さんがケガさせたんですか?」


 救急箱を片付けながら深雪が訊いた。


「ダメよ、檜山くん。お年寄りは大切にしないきゃ」


 琴美も言った。

 深雪に言われるのは仕方がないが、琴美には言われたくない。


「ところで善さんよォ」


 泣きそうな顔をしていた檜山を助けるためではないのだろうが、真島が話題を変える。


「あの黒マント……あいつもその石がらみなのか?」

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