第13話 檜山進一郎の受難 その4

 川中島の打ち込んだ正拳を片手で軽々と受け止めた黒衣の男はその端正な顔に残忍な笑みが浮かべた。

 獲物を狩るような赤い眼が怪しく光る。


「落ちたな、川中島」


 バサリとマントをひるがえす。着込んでいる真っ黒い制服は肩や胸に装飾が施されていて昔の軍人が着ていた士官服のようだ。


 漆黒の影が前に出る。

 四ツ戒堂が反撃に転じた。

 暴風のような攻撃が川中島に襲いかかる。スピード、パワー、技量、すべてが四ツ戒堂が上だ。

 川中島は防戦一辺倒に追い込まれている。致命傷こそなんとか避けてはいるものの、この状況で川中島に勝目はない。倒されるのは時間の問題だ。


 強烈な突きをかわした川中島を休む間もなく、右からの蹴りが襲う。

 かろうじて左腕で防御したが、その勢いまでは殺せなかった。

 激しい勢いで自らが飛び越えてきた塀に激突する。

 よろめいて、顔を上げたときにはもう遅かった。


「ぐはぁっ、がっ……」


 喉元に食い込んだ四ツ戒堂の右手がギリギリと締め上げる。

 これまでか……。

 川中島の意識が薄れかけたとき――。


「やめろ! その人を放せ!」


 檜山だ。構えた両手の先には拳銃が握られている。


「早く放すんだ。放さないと撃つ!」


 賞金稼ぎバウンティハンターは仕事柄、凶悪犯と対峙することも多く、銃の携帯が認められている。ただし持っているから人を撃っていいという法はない。むやみに人を撃ち殺せば当然罪に問われるし、刑に服さなければならない。


 ターゲットの生死を問わず――と言う場合ならその責に問われることはないが、そんなケースはろくなもんじゃないし、できれば首を突っ込みたくはない。

 檜山が拳銃を持っているのも護身用だ。

 あまり使いたくはないが……今は必要なのだ。


「聞こえないのか! その人を放せと言っているんだ!」


 川中島の首を締め続ける腕ははなれない。

 銃を突きつけられたぐらいではなすつもりはないようだ。

 四ツ戒堂は目をすうっと細めて唇の端で笑った。


「子供には過ぎたおもちゃだな」

「ぼくはこれでも賞金稼ぎバウンティハンターだ。ケガをしたくなければその人を放すんだ」


 答えるかわりに黒衣の男は右腕に力を入れた。

 がふっ――といういやな音がして川中島の口元が血に染まる。


「このおっ!」


 銃声が闇を切り裂いた。

 次の瞬間、驚き目を剥いたのは檜山の方だった。

 弾は四ツ戒堂の右肩を撃ち抜いた。肩から上がる薄い煙がまちがいなく当たったことを証明している。防弾チョッキを着ているようでもない。


 なのにどうしてこの男は――?


「どうした。この男を取り戻すんじゃなかったのかね」

「こ、このお!」


 続けざまに二発撃ちこむ。

 胴体にふたつの穴が開いたが、四ツ戒堂は平然とした顔でそこに立っていた。

 ぐったりして動かなくなった川中島を投げ捨てた黒衣の男は、檜山のほうを向き直り、愉悦の浮かんだ表情で呆然と立ちすくむガンマンを眺めた。


「フフフ……小僧。お前、さっき賞金稼ぎと言ったな。冥土の土産にひとついいことを教えてやろう。勝負というものは一瞬で勝敗が決まるものだ。その一瞬に何ができたかで勝敗がわかれるのだ。最初にお前はわたしの肩を撃った。本当にわたしを止めたいのならもっと違うところを撃つべきだったのだよ」

「その通りだ」


 直後に銃声が響き、同時に四ツ戒堂の額で血が弾けた。さらにもう一発の銃弾が額を割る。

 たまらずよろけた四ツ戒堂の胴体に間髪を入れず四発の銃弾が叩きこまれた。


「黒マント。あんたなかなかいいこと言うぜ」


 リボルバーの空薬莢を入れ替えながら真島が言った。


「お、お前は……」


 弾を込めながらウインクする。


「本当の賞金稼ぎバウンティハンターさ」


 真島はニヤリと笑うと、構えた銃の引き金を無造作に引いた。

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