第9話 檜山進一郎の憂鬱 その2

  煙草に火をつけながら能天気な声で真島が言った。


「あんな奴らのいうことなんか気にすんなって。ありゃ手柄を取られたからこっちに八つ当たりしてるだけなんだからよォ」

「わかってますよ……」


 檜山たちは今日、賞金首グループを一組捕らえていた。

 何とかという銀行に人質を取って立てこもっていた犯人たちである。だいぶ立てこもっていたようだが、事件はあっさり片付いた。

 相手はシロウト二人組み。こっちはプロの賞金稼ぎバウンティハンターだ。仕事内容は楽勝といっていいものだった。


 そのあと警察署で調書だなんだという書類の作成。

 これが長い。

 共存していると言っても商売敵である。目の前で獲物を取られては警察だって面白いはずがない。早く帰すのがしゃくだからという理由だけでだらだらと待たされるのは茶飯事である。

 だから、檜山はそんなことではへこまない。

 問題はそこではないのだ。


「お前ねえ。ちょっと暗いよ。もうちょっと元気良くいかないとさァ」

「気分だって沈みますよ! なんでいきなり突っ込むんですか!」

「ははははは。おかげで事件は解決だ」

「突っ込まなくたって事件は解決するでしょうが!」


 結果的に解決したからよかったものの、シャッターを突き破って突入するなんてのはとても正気の沙汰ではない。もしシャッターのそばに人質でもいたらこっちが犯罪者になってしまう。


 その辺のことをこの人は考えているのだろうか――?

 いや、間違いなく考えてはいないのだろう。

 そのことは一緒に組んでいる檜山が誰よりもよく知っているではないか。案の定、真島が返したコメントは


「バカだなあ、檜山。それじゃつまんないだろォ」


 だった。檜山の認識は力強く後押しされた形になる。


「せっかくの見せ場なんだ。ここで目立たねえでどこで目立つんだよ」

「別に目立たなくていいです!」

「遠慮は美徳じゃないぜ」


 真島はさらりと言った。煙草の火がぼぉっと赤く光る。

 そういわれればそうかも知れな――いや、ちがう。

 騙されてはいけない。

 これも真島の手なのだ。いつもとぼけたことを言っているくせに、不意に、もっともらしいことを言って相手を煙に巻くのである。


 檜山は気を取り直すように、真島の方に向き直った。


「だいたい突っ込むんなら自分の車で突っ込んでくださいよ。なんで僕の車で突っ込むんですか」

「しょうがないじゃんか。俺の車、先週廃車になっちゃったし」


 あとさき考えずに突っ込むからである。


「だからって僕の車で突っ込むことないじゃないですか!」


 檜山の四輪駆動車4WDもフロントはベコベコにへこんでいた。走っているのが不思議なくらいの傷みようだ。


「お前の車、頑丈そうだからさあ、つい、ね」


 真島はどうやら車は消耗品と思っている節があるようだ。〝つい〟や〝ね〟で廃車にされてはたまらない。

 檜山は意を決したような顔で真島に詰め寄った。


「真島さん、ちょっと降りてください。僕ひとりで帰ります」

「俺はどぉすんだよ」


 慌てる風でもなく真島が訊く。


「知りませんよ。ヒッチハイクでもなんでもして帰ってください」

「冷たいこと言うなよ。あっ――」


 檜山はいきなり助手席から運転中のハンドルに手をかけた。もうこんな人にハンドルを握らしているわけにはいかない。

 途端に四輪駆動車4WDは蛇行運転をはじめた。

 サイドミラーが電柱に引っかかり後方へと消えていく。

 あたりがすっかりもやのような煙に包まれていることなど、激闘を展開している車内の二人が知るよしもない。


「やめろって! 危ねえだろうがよお!」

「僕が運転します!」

「よせって!」


 ――一瞬、笑い声が聞こえたような気がした。


 檜山がハンドルを大きく切ったのはその直後だった。


 ドンッ! という大きな音と鈍い衝撃。

 それを追うようにブレーキの長い悲鳴が尾を引いた。

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